未来

 コルトは生まれ変わったコンティクスを見つめた。

 ここに来る前の自分を思い出す。

 生まれた家の仕事に疑問をもち、亡くなった父に多少の恨みをもった。世界は変わる。時代は移る。自分の家業に疑問をもち、辞めようと揺らいだ。

 でも、いまは違う。

 偉大な父と、その父が背負ったマクスタント家の想いを、今度こそ受け継ぐのだ。そして後世に語り継げよう。自分の父親は命に替え、宇宙で誰よりも崇高な任務を行ったと。


「あとはボクたちだけだね」

 寂しくなった特異点の空を眺めながらミィミィがいう。

「うん……。残るは出口までの旅か。いくらマウさんが調整して重力からは抗えても、逆流して昇ることはできない。ミィミィが頼りだよ」

「任せて! ボクを誰だと思っているのさ」

 帽子を上げてウィンクするミィミィ。さすが宇宙一のテレポーターだ。

 そういえば……。

「最初は二人だったんだよね。懐かしいなぁ。ブラックホールに入るとき、手をつないだっけ」

「あ、あれは、手を繋がなくてもできるし!」

「そうだね」

 妙に赤くなって戸惑うミィミィが可愛らしい。

「っていうか、訊きそびれたんだけど。コルトは女の子と手を繋いだの? っていうか好きな人っていたの?」

 えー! このタイミングでいうの!?

「せっかくだし教えてよ」


 コルトは小さくため息をつくと、

「昔いたけどフラれたよ。マクスタント家とは付き合えないってさ、そういう因果だからね」

 半泣きになるコルトだが、ミィミィはにやけた。

「ボ、ボクなら理解あるけどな。お母さんの一件が終わった後、コルトの仕事を手伝いたいし。こんなことがあった後に、リリ星でじっと巫女の仕事を続けるられないから」

 視線を外しながら早口に説明するミィミィ。

「あー退屈だなぁ。ボクはやっぱり曽じーちゃんの血を引いているなぁ」

 コルトは小さく微笑むとミィミィの帽子の上から頭を撫でた。

「もう! また子ども扱いして!」

「ごめん、でも助かるよ。俺もミィミィとすぐに離れるのは嫌だしさ」

 吊り橋効果だろうとなんでもいい。ミィミィとは特別な因果にあるとおもっている。

 少しの沈黙が続くと光の入口から幽霊船が現れた。魚のレリーフ。M87銀河行きだ。

「あ、来た来た!」

 ミィミィが嬉しそうに跳ね上がる。コルトも急いで新しい船に乗り込む。

 幽霊船はいくつもの精霊流しを纏いながらゆっくりと進んでいく。

 あの祭りに従っていけば、生者の世界にたどり着ける。

 行きも帰りも、ブラックパレードが自分たちを誘っているようにおもえた。

 

多彩な電子音がメロディとなって鳴り響く。

 その後ろに、宇宙を駆け巡る科学の音が木霊した。

 再三確認した計器は、時の刻みが乱れることなく均一に流れている。到着時刻は、俺たちがブラックホールに入った半年後。あの船の墓場には、もうルナがいるだろうか。

「あ!」

 大事なことを思い出した。

 コンティクスをオート制御で動かしている間、居住スペースに走って戻った。

たしかこのあたりのはずだ。作業デスクの上には埃をかぶった宇宙国家で普及している小型端末を手にする。幼い頃に使っていたものがいまだにあるとは。

 一体だれがこんな手の込んだものをしたのか。

 いや……俺か? ややこしいな。タイムパラドクスが生じるじゃないか。

コードを繋いで端末を充電しながら確かめる。スイッチを入れると馴染みの宇宙国家のシンボルマークが現れる。ファイル名を新しく作り文字を打ち込んだ。



『コルトへ。

 君がこのメッセージを読んでいるということは、私が無事である証拠だ。

 我らマクスタント家の祖先は偉大ですべて正しかった。

 これから多くの困難が待っていよう。だが、任務は必ず全うできる。

 我々は亡くなったものの意思を紡いでいく。これまでも、この先も。

 みんなをよろしく頼んだよ』



 未来はずっと前から決まっていたんだな。

 端末を脇に抱えてブリッジに戻ると、手を伸ばしているミィミィがいた。

「遅いよ、コルト。早くしないと特異点の入口に着いちゃう」

「ごめん、船の墓場についたらすぐにやらなきゃいけないことあってさ」

 ミィミィは首を傾げた後、

「昔の自分にメッセージかぁ。コルトも面倒なことするね」

「わかってるよ。でもさ、元気づけてあげたいんだ」

「そういえば、ルナと別れてから元気だね。もう歌は歌わなくていいの?」

「まぁね。俺には才能がないし、それに――」

 コルトはその小さい手をそっと握りしめる。

「理解してくれるパートナーを見つけたから」

 二人を乗せた船が光の渦に入る。

 全身が溶けてゆく感覚のなか、手のぬくもりだけが確かに残った。

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