もう一つの宇宙

1

 目が覚めた瞬間、独特な違和感があった。

 意識が戻ったのは、クルー全員がほぼ同時。マウとルナはすぐさまモニターを開いて周囲を調べた。

 操縦桿を握るコルトも改めてわかる。

「ルナ、マウさん、重力が小さくなっていない?」

 全天モニターには宇宙空間のような無数の小さな光が広がっている。そうかとおもえば、近くで青白い発光が起き、遠方にはぎらついた白い光が見える。

「確認中――推力抵抗小。引ッ張ラレテイル様子ハアリマセン」

「あぁ、まるで宇宙に戻ったみたいだ」

 コルトは目を閉じてスロウストの知覚を試みる。

 ブラックホール内の、濁流に流された感覚はない。かといって、宇宙空間のように、うっすらしているわけでもなかった。

「ミィミィ。そっちは何かわかる?」

 ミィミィもまた帽子を外して立ったまま目を閉じていた。

「……エネルギーが満ちている。でも、遠くからすごく強烈なものも感じる。コルト、ここは宇宙じゃないよ」

 わからん。コルトは小さく頭をかいた。

 あちこちに光源はあっても、周囲は暗黒の世界だ。計測器は壊れて現在の速度も不明。

「遠方ヨリ熱感知! 繰リ返エシマス強烈ナ熱反応アリ――」

「コルト、やばいよ! 何か来る!」

「俺も感じた!!」

 モニターに映らないほどの遠方だ。だが、これまでスロウストがほとんどなかった宙域に、一部高濃度のものを感じた。それも物質として形になった強固なものだ。

 その強固なスロウストが一爆発して一機に向かっている。

「マウさん! シールドの出力最大!!」

 叫びながら、コルトはすぐさま船体の頭部を爆発方向へ向ける。


(3,2、1……くる!!)


 覚悟した瞬間、いきなり船が揺れた。

 前方には核融合炉の無限エネルギーがつくった熱の障壁。それに接触しながら船に衝撃を与えていた。

「ルナ! 状況は」

「外壁ニ損傷ナシ。デスガ、エネルギーハ不明デス。イクツカ監視ヲシマシタガ熱ノ反応ガアリマセンデシタ」

「流体でもないみたい」

「ということは、風、みたいなものかい?」

 マウは指で瞼の奥を押さえながらいう。

 宇宙で風は道理に合わない。何かの粒子が当たったようだが、次元の異なるものかもしれなかった。

 わからなければ対処もできない。

「エネルギー源まで接近します。みんな用意を」

 強固なスロウストが消失した場所まで、エンジンを吹かして加速する。

 前方の衝撃を警戒しながら、コルトはエンジンの強さに身体が震えた。計器では読み取れないが、流れる視界と第六感でわかる。惑星の重力を使用したスイングバイの加速を、数回行って重ねても到達できない速度だ。重力の抵抗がある中、このエネルギーを無尽蔵で生成しているのか。怖い技術だと今更おもう。


 リバーシスが加速し続けると、爆発した先に光が見えた。ぎらついた白い光は、周囲に稲光のような柱をたてながら、その光量を次第に弱まる。

「嘘でしょ……」

 コルトは我が目を疑い、マウは訝しげにその対象を睨む。ミィミィがぽかんと口を開け、ルナが「メモリ登録中」と読み込む。

 光源の正体は丸い惑星だ。灰色の表面にいくつもの輝いた粒子が星に集まっている。

「ブラックホールのなかに惑星があるの??」

 宇宙の知識に疎いミィミィが疑問を口にした。

「あの完成された球形……外の宇宙から吸い取ったわけではなさそうだな」

「先程ノ爆発カラ察スルニ、超新星爆発ガ起キタ可能性ガアリマス」

「ブラックホールの中でか? 冗談だろ」

 マウは整えた前髪を触りながら、

「いくつもの特異点を抜ければ、時空が異なる場所に来てもおかしくはない。いや、我々は常識の外にきているかもしれないな」

「私ノ推測デスガ、ココハ特異点ノ中ノ、更ナル特異点。ブラックホール内ノ発光現象ハ、中ノ特異点ガ発光シ、外二漏レタト考エラレマス」

「超新星爆発の余波の可能性もあるわけか。あれだけ頻度が高ければ、エネルギーは外へ外へと押し出されるからな」

 コルトは額に手をあてた。


「ブラックパレードに遭遇しているくらいだから、なんでもありかもないけど――脳の処理が追い付かない……」

 あまりに現実から離れすぎて自分が生きているかどうかも怪しくなった。まだ夢オチだったというほうが納得できる。

「警告!警告! 隕石群ガ来マス!」

「コルト君、すぐさま反転だ!! 惑星の引力が残っているせいで周囲の物資が集まってくるぞ」

 コルトは操縦桿を握って横に倒す。シールドを前方にしか張れないため、被害を最小限にするには、超新星爆発が宿す重力の真逆を進むしかない。

隕石群の前触れとして、胴体にいくつもの小石が降り注ぐ。船の先端部は分厚い装甲で覆われているが、関節部は以前の装甲のままだ。カタタタと礫が降り注ぐ音が聞こえる。

「シールド最大! このまま直進します。みんな衝撃に気を付けて!」

「コルト君! 正面に巨大隕石があっても気にするな! そのシールドは星を貫けるエネルギーを持っている!」

 聞いているそばから、モニターに巨大な岩石が接近する。

 かわそうとしても甲板にくくりつけた探査機にダメージが及ぶ。新装備に賭けるしかない。

(何かを守りながら進むなんて、こんなに難しいことなのか!)

 父さんは自分たちの技術だけで進んだのか。

(見守ってくれ!)


 リバーシスの正面に放出していたシールドが、強固な岩石に接触する。エネルギーの塊は岩そのものを切り抜き、貫通しながら前に進む。

「回避成功」

「よしいいぞ! このまま隕石群を突っ切る!」

 マウの声が荒ぶる。何度も修羅場を潜り抜けてきたのか人間味がでてきている。

 リバーシスは重力を振り切りながら迫る岩の雨に穴をあけて宙域を離れる。

 周囲に隕石が消えて無数の光が広がると、コルトは加速を止めた。

 ひとまず危機は去った。

 だが、来た道はおろか目的地もわからなくなる。

 父の船があった特異点の出入口も見えない。周囲にある目印は光源しかなく、このままでは漂流する。

「マウさん、どうしましょうか。いつものように流されながら進むことを想定していたのに、これではブラックホールの中を彷徨うだけです」

「わかっている。だが、すべてを飲み込むブラックホールなら、まだ引力は中心に向かうはずだ。ルナくん、測定できたかい?」

「データ検出中。運航時ニ抵抗値ガアラワレタノデ、引力ハアリマス。ココハ完全ナ宇宙デハアリマセン」

「では船の出力を弱めて重力が流れる方向に進めれば、目的の場所にたどり着くかもしれない」

「ですが、流されるだけなら信憑性に欠けます。惑星の引力が働いているかもしれませんし、その逆に星の爆発で流されていることもありえる」

「ソノトオリデス」

 ルナが首をカクカク動かした。

「面倒臭いからぴょんといこうよ、ぴょーんと」

 ミィミィが両手をのばして鳥のように腕をパタパタさせた。

「それが危険なんだよ、ミィミィ。さっきからあたりを見ているが、光源が消えたり現れたりしている。通常の宇宙ではありえない現象だ。ブラックホールの中は外宇宙と時間の流れが異なるから、星の寿命が瞬く間に過ぎるんだよ」

 隣で聞いていたマウも頷く。

「我々の見ている星の光は、その惑星から放たれた光が長い距離を旅して、たどり着いたものを目にしている。だから、距離が遠いほど、その星にたどり着いたとき光がなくなっていることもある」

「ミィミィが飛んだ先で超新星爆発が起きるかもしれないんだ」

「ほえー」

 感心したように頷くミィミィ。

「でもさ、自力で進んでもめちゃくちゃ遅くなるんじゃない? これまではすごい重力に乗っかって流されてたんでしょ。それがなくなったらホワイトホールまで一生たどりつかないんじゃない?」

 ミィミィがまた腕をばたつかせた。

 参ったなぁ、詰んでるんじゃないか……。


「コルト様、危険ヲ承知デ提案シマスガ、シバラクノ間、観測シテミテハ。マウ様ノ船ノCPUヲ移植シタコトニヨリ、コノ船ハ一パーセクマデ外部情報ヲ得ルコトガデキマス」

 コルトは一瞬おののいた。あくまでルナの互換性のためだと思っていたが、そんなことまで可能なのか。

「悪くない意見だと私もおもう。あちこちの光源の記録をまとめれば、星の寿命の平均値もわかるはずだ。そこから距離を概算し目的の光源まで転移すればリスクは少ない」

 コルトは腕を組んでうーんと唸る。

 現実的な意見だが、最大の問題はミィミィだ。

 スロウストを察知したコルトだが、この宙域は不安定すぎる。ミィミィの意思で左右する転移では、自分たちの狙った場所に行けるかもわからない。

 本人のツッコミがないことは図星なのか。

「うぅ……コルトの思ったとおりだよ。転移中に超新星爆発が起きたら、転移が解除されるかもしれないし、ブラックホール内だと何を媒介にしたらいいかわからない。でも、やれといえばやる。それがお母さんに託された想いだから」

 コルトは胸が熱くなってミィミィの帽子に手を置いた。

「じゃあやろう。もし転移できなくても目的の場所さえ分かればなんとかなるはず」

「カシコマリマシタ。デハ外部ノ観測ヲ開始シマス」

 ルナが船と接続をして各種レーダーを操作していく。

「私たちも手伝おうか」

 マウの言葉にコルトもこたえる。

「ええーボクはぁ?」

「ミィミィ君は、それまでアイスを食べて英気を養ってくれ」

「わかったー!」

 ミィミィは両手をパタパタ動かしながらブリッジから消えた。

 ――お父さんみたいだな、この人。

「ん、なんか言ったかい?」

 マウは笑顔で尋ねると、コルトはブルブルと首を振ってモニターを見つめた。

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