3

 コルトは自身が光の渦のなかにいるような錯覚に陥った。

 死んだという実感がない。ギリギリのところで流体テレポーテーションが起きたのか。

 朦朧とする中、帽子を取ったミィミィと彼女の頭一つ大きい女性が向かい合っている。

 幽霊だろうか。

 そうおもったが、女性の身体からおぼろげに光を拡散させている。


『あなたは私より凄い巫女になる。

私にはできなかったけど、おじいちゃんからの遺言を伝えるわ。流体テレポーテーションは、物質そのものを流体化して復元するだけじゃない。一部を取り除いたり、本来ある形に戻すことも可能なの。使いこなしなさい、星の想いを受け継ぐのよ』

 女性は告げると細かな光の粒子となって消えた。

ミィミィが気づいてこちらを見る。

「これは、ボクが母さんと別れた最後の記憶。ようやく会いにきた意味がわかったの――」

 ミィミィは帽子を被るなりペンダントを強く握った。

「ここからは私の出番――」

 コンマ一秒にも満たない世界で、コルトは流体が変わっていく姿を目の当たりにした。

 ミィミィの前に、これまで類を見ない巨大な船が現れる。その船はあちこちが朧げで、そのくせ背部からは爆発するほどのエネルギーに満ちていた。

 このまま現実に戻れば、エネルギーが決壊し爆発するのは明白だ。

 ミィミィは巨船を構築する光に触れるとそれに同化していく。光と一体化した彼女は、船の端が光に溶けだし、削れてなくなっていく。白色に輝く船の内部で、金色に動いているのが彼女だとコルトはおもう。

 金色の光は、船の後部に近づくと細長い手のようなものを出して、強い光を外へ逃がす。

 コルトは次第に意識が遠のく。薄らぐ意識の中で、ミィミィが船の砲門に手をかけたところで意識が途絶えた。


 コルトが目覚めた途端、すぐにミィミィの姿を探した。

 彼女はルナを抱いたまま静かに息をしている。

 無事か――安否を確認した後、すぐに周囲を捉えた。前方に三つの巨大なブラックホールの出口を捉える。捻じるように進まなければ、船の装甲が接触し吹っ飛ばされる。

「後方ヨリ謎ノ爆発アリ。シールド展開ニヨリ損傷軽微。外装修復済ミ、エンジンノ出力安定。砲門40パーセント消失。一体何ガ起キタノデスカ?」

「ルナ、説明は後だ。マウさんもう一度出力を最高に!」

「今度こそもってくれ、ダガーヘッド!」

 コルトの画面に、謎の言語で記されたゲージが上昇していく。

速度が上がるのを肌で感じつつ、ハンドルと上下のレバーを握り、硬いボディを横にずらしていく。

 視える!

 船の腹が高濃度のスロウスト粒子を紙一重でかわすのがわかる。

 船はほぼ真横に胴体を向けながら、前方の球体から側面を削るようにかわす。

砲門の一つが、ブラックホールの出口にこすれるのがわかる。振動はほぼない。

 軌道を戻し、船体を直進にするが、次の瞬間、コルトは絶望する。

 出口の間を縫う隙間がない。

 今度こそダメか!

 コルトが諦めかけたとき、ブリッジの下部にいたミィミィから熱量を感じ取る。

 一瞬だけ、彼女の心のうちがわかる。


 任せて!

 でも、さっき力を使ったろ!

 ボクは宇宙一のテレポーターだよ!


 巨大な船が細い道の中をねじこもうとする。上下左右から激しい音と振動が走り、船が崩壊していく。

 ブラックホールの出口がエンジン部に触れようとする。

 コルトの前身に寒気がした瞬間――意識が途絶えた。



 そして意識を取り戻す。

 ルナが即座に状況を報告する。

「削レタ外装ハ修復。大気流出ナシ。モニター不良。砲門95パーセント消失。信ジラレマセン。コノ艦ハ魚ノ骨デス」

「奇跡だ。この状態でエンジンが生きているとは」

 喜ぶのは早い。コルトは頭が沸騰しながらも、周囲を探る。まだまだブラックホールの出口は多いのだ。

 だが、無駄な外装が外れた分かわすのは容易い。船の全長は長いものの、幅が短ければ細長い針と同じにすぎない。

 いつの間にかミィミィが横に倒れている。

 彼女の援護は十分だ。否、彼女なしに進めなかった。

 俺も倒れるまで操縦する――軽くなった操縦桿から、外の世界と繋がった。


 どれほどの距離をながれたのか。

 目の前の壁ばかり集中したコルトだが、進むに連れて、謎の発光の頻度が強まる。無数にあったブラックホールの出口も減り、かれこれ体感で三〇分は現れない。

「前方二巨大ナ光ノ塊ガアリマス」

 ルナが報告し、映像をモニターに映す。

「あれは?」

 不思議そうにいうマウに、コルトは肩の力を抜いて答える。

「特異点の境界線です」

 マウはくたびれた髪を下に揺らした。

「ようやく道駅ステーションか。ここまで生きた心地はしなかったよ。ブラックホールは来る場所じゃないね」


 果たして、この困難はどれくらい続くのだろうか。マウと合流しなければ、ここまでたどり着けなかった。

 落ち着いて会話をする二人のそばで、横になって目を閉じていたミィミィは、そっと胸のペンダントを握った。

(お母さん……)

 再会の刻が近いことを、身体の内側の原子から感じていた。

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