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 ひとしきり休憩したところで本題に入る。

「仕事に移るよ。ルナ、船内データを与えるから操舵席の前にきて。船の損害箇所の確認とアドバイスがほしい」

「カシコマリマシタ」

 コルトはルナのボディの正面を開けると、有線コードでメモリに接続する。

 センサーを閉じて「アップデート中」と呟くルナだが、更新は間もなく終わった。速い。AIの処理速度もそうだが、記憶領域に入れる時間も短い。


「損害箇所、重大。旧型AIリバーシスハ制御系不具合ニヨリ死亡。替エノパーツガ必要デス。エンジン部ト指示部二電気ガ入ラズ、出力不良。エンジン部ニモ損傷アリ――」

「報告はあとで。この状況でどこまで直せる?」

「廃品ヲカキ集メレバ、動力ノ復旧ハ可能。オート操作トAI認識ハ別ナノデ、端末ノ指示デアレバオート操作デキマス。外装ノ被害ハ甚大デスガ補強デキマス。但シ、外装部ノ認識プログラムヲデリートスル必要ガアリマス」

「それをするとどうなるの?」

「モニター上デノ目視確認ノミトナリマス」

 背に腹は代えられない、か。


「わかった。ルナはプログラムの更新を頼む。俺は外装とエンジンを修理する」

「オ言葉デスガ、コルト様」ルナがわずかに動く首を振った。「ソノ骨董品エンジンデ進ムノハ無謀デス」

「失礼なやつだな!」

「スミマセン。デスガ、私ノボディト同ジクポンコツデス」

 な。ショックのあまりに声を失う。


「有限燃料デハ、微塵モ光ノ速度二到達デキマセン。ココマデ来レタダケデ奇跡デス」

 話を聞いていたミィミィが、えっへんと腰に手を当てた。コルトはそれを一瞥して、

「転移だよ。いくつか条件はあるけど。そっちの星では流体テレポーテーションはないの?」

「認識不明。ワームホールデハナカッタノデスカ??」

「なんだそれ。俺のほうが知りたいよ」

 ルナは少し沈黙して「説明ニハ、リバーシス内時計換算デ二時間ハ有シマス」と告げ、コルトは暇なときにきくと返した。

「トニカク、デキルナラ替エノエンジンヲ推奨シマス。核融合炉エンジンガイイデス。制御ガ可能ナラバ、無限ニエネルギーヲ生成デキマス」

「ルナたちの宇宙で使っている技術? それはスパゲティ化で使えなくなったでしょ」

「ソノトオリデス」

 惜しいものだ。コルトの宇宙国家では核融合炉は実験段階ときく。実物が手に入れば、宇宙開拓が格段に速くなるだろう。できることなら太陽光とガスから脱却したい。

「でも、さすがM87だなぁ。直径一二万光年のブラックホールなら、ほかの宙域で異なる科学力が生まれるのか」

「ソンナニ大キイノデスカ。ドウヤラ私ノ認識ガ誤ッテイタミタイデス」

 事故でメモリが故障したのだろうか。だが、それをいうとルナが怒りそうだ。

「さて、作業にとりかかろう。ミィミィはルナの邪魔しないでよ」

「ボクは籠って修行するもん! そっちこそアイスを食べるとき以外に呼ばないでよね」

 ムキになって言い返すミィミィに、コルトは苦笑してリバーシスを出た。



 操縦席の巨大モニターに、分厚い装甲と山のように積んだ廃材が映った。

 エンジンを回しても警告や異音はなく、緩やかな振動が床から伝わってくる。

 随分と時間をかけたとコルトはおもう。

 太陽の回転がなく計器も狂ったこの土地で、正確に時間を測ることは不可能だった。修理しては一息つき、疲れては眠り、起きてから修理をひたすら繰り返し、ようやくリバーシスは息を吹き返した。

「これでよし」

 最後の動作確認を終えて出発しようとした矢先、

「終わったあ~?」

 ミィミィはどこで拾ってきたのか、艦内に不釣り合いな豪華な椅子に腰かけて、足台をつかって膝を伸ばしていた。片手には半分まで減った氷菓系のアイスをくわえている。

 まだ食い終わってなかったのか……。

「不服デス……酷イデス……」

 ミィミィの足の下にいたルナが、顔を横に向けてコルトを見た。

 人間の命令に反発できないせいか、泣く泣く家具と化していた。

「コルト様、助ケテクダサイ……」

「えーいいじゃん、ボクの役にたっているんだから。素晴らしいことだよ」

 コルトはあからさまに嘆息すると、

「そろそろ出発したいんだけど、早く食べてくれない」

「うー。そんなこといったってこれ食べてると頭がキーンってするだもん」

「だったら違うの選べよ! わざわざかき氷系を選ばなくてもいいじゃん!」

「だって口の中さっぱりしたいからミルクはやだったんだもん」

 もんじゃないでしょ! 成人越えてる癖に!!

「オ願イシマス、見捨テナイデ!」

 こっちはこっちで騒がしいし!

 額に手を当てた後、ミィミィの足をどけてルナを引っ張った。船内の人口重力のせいか、この旧型タイプが重かった。

「む~まだ食べ終わってないよ」

「わかったから早くして!」

 緊張感が台無しだ。いままでどおりの航行は無理だというのに。


 リバーシスに備わったAIは使用不能、船の損傷を告げるアラームも切れた。すべて目視と聴力で判断しなければいけない。ルナとCPUとの接続は、船が動いていない状態に限られる。もし、接続中に衝撃などで切断されたら、ルナのAIが落ちる可能性があるからだ。

 正直、特異点を離れる未練はあった。だが、しがみ付いても意味はない。この先にいる父さんたちに会いにいかなければ。

 食べ終わったアイスの棒を握りながら、ミィミィは瞼を閉じた。

「うぅ。頭がキーンとする」

「いいから行くよ」

「コルト様、次ハ見捨テナイデ下サイ」

 あぁ、もう!

 緊張感をもてないまま、スイッチを押す。液体燃料が通路を抜けて点火装置に流れる。エネルギーを得た炎は爆発を起こし、逃げ場となった発射口にすべての勢いをまき散らす。

「これより特異点の出口に突入する」

 低重力の空間から船が勢いよく地上を抜けて、オレンジの光の壁に入っていった。

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