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 そのユユリタ一世の跡を継いだ三世が告げる。

「ここからオフの話だ。

 ユユリタ一世はブラックホールとも繋がっていたといわれている。宇宙開拓時代では、M87まで転移できるか試みたそうだ。だがその頃は宇宙国家の元首でね、亡くなっては大ごとだと必死に説得されて諦めたんだ。祖父は大変悔しがっていたがね。

 だが、祖父の話を踏まえれば、特別なテレポーターであれば、ブラックホールへいくことは可能なのだ」

 一応の納得はするコルトだが、疑念はぬぐい切れない。

「お言葉ですが陛下。流体テレポーテーションは、転移の入口と出口に惑星コアのエネルギーが近くになければ不可能ではありませんか? ブラックホール周辺には星がありません。それに、普段私たちが使っている転移の媒体である太陽光も必要です。どうやって行き来するのです?」

「よく勉強しているね。行きの消失はこの付近の惑星でも可能だろう。もう一つ問題の出現だが――安心していい。転移中でも、原子から物質を再現できるエネルギーを手にしていれば出現も難しくはない、というのが祖父の持論だ」

「そんな物があるのですか?」

「ああ。だが国家機密でね、易々と教えるわけにはいかない。それと、地点間を行き来する媒介なら、この銀河を動かしているブラックホールのエネルギーがある。優れたテレポーターはそれが可能だ。生憎私はハーフで祖父のような力は持ち合わせていないがね」

 あくまで仮説なのが引っかかる。だが、誰もM87まで行って帰ってきたことがないのが事実だ。行き来だけなら可能かもしれないと、コルトは胸中で納得する。


 ユユリタ三世が察したのか人差し指を立てた。衛兵が返事をすると、光の文字の「1.方法」に赤丸がついた。

「話を続けよう。二つ目の『問題点』。コルトくん、ブラックホールの中に入ればどうなるとおもう?」

 また教科書に載っている事項だ。

「光をも吸い込むブラックホールは、物質がすべて間延びするスパゲティ現象が起きます。ブラックホールに向かうのは自殺行為でしかありません」

 ユユリタ三世が頬を緩める。

「じつに模範的な意見だ。だが、最近の調査では、ブラックホールのサイズが大きければ大きいほど、事象の地平面の引力は緩くなる。M87ほどのブラックホールならスパゲティ化は避けられるはずだ。ただし、経験しなければわからないがね」

「そのとおりです。ならない保証もありません」

 これでは問題解決に至らない。運をあてにするのは自殺行為だ。


「だが、この件に関しても、わが祖父ユユリタ一世はある可能性をもっていた」

 話を聞いたコルトは唖然としてしまう。

 ユユリタ一世はほんとに何者なんだ。

「あの方は本気でブラックホールに入ろうと考えていた。そして、スパゲティ化を防ぐ方法も流体化だった。事象の地平面に入るその瞬間、流体テレポーテーションを行うことで、自身や宇宙船を原子まで分解し、スパゲティ化を回避しようと考えた」

 寝耳に水だ。

 到底無理だと思い込んでいた。テレポーテーションを、移動手段ではなく、その場で消えた後再生するだけに使うのか。

「これも物理的にも可能だ。ただし、あくまでブラックホール内に突入するときに限るがね。中は相変わらず重力が続くし、仮にスパゲティ化を逃れても、ブラックホールに入ったら我々の技術では抜け出すことはできない。生きて戻れるかは怪しい問題だ」

 ユユリタ三世は手を上げると、宙に浮かぶ「2.問題点」の文字に△マークが重なった。

 可能性がゼロでない分、コルトは否定できなかった。


「ブラックホールへ行く方法と、その問題点はわかりました。ですが動機は? 父は厳粛なマクスタント家の人間です。無謀なことはしません」

 コルトは家の生業も父の性格もよく知っている。

 仮に誰かの遺体がブラックホールにあったとしても、仕事で父はいくだろうか。

 答えはノーだ。

 遺体の運搬を生業とする一族だが、必死とわかる場所は近寄らない。遺体搬送屋が自ら遺体となっては、マクスタント家の誇りを失うからだ。厳粛な父はこの家訓を守っていたし、幼い自分にもそう言い聞かせてきた。

「私もマクスタント家の歴史を知っている。だからジギル氏に相談されたときは耳を疑ったよ。だが、君の父上に動機を訊いたときこういった。

『呼ばれている』と。

 誰に、いや、何に呼ばれているかは口を噤んだがね。運命かもしれないし、ブラックホールという重力そのものかもしれない。選ばれる人間というのは、何かしらの使命がある。無理に追及できなかったよ」

「だから止めなかったんですか!? 仮に生きて帰れたとしても、父さんは俺より若くなっているかもしれないし、先に俺が死んでいるかもしれない! ブラックホール内は時間の進み方が遅くなるんです!」

 いまだ納得できない。優しく厳格だった父親が、家族や自分を捨てでまで使命感に駆られていくのか。ほかに理由があるんじゃないのか。

 コルトはじっとユユリタ三世のつま先を眺めた。

「君が納得できないのはわかる。だが、彼の揺るぎない意思に心を打たれた。それゆえに彼女の母親を紹介したのだよ。……そうだろう? ミィミィ・トリー・サリア」

 ユユリタ三世は、段差の下にいるキャップ帽を見下ろした。

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