皇帝

5

 胸に手を置いて膝を折ると、玉座に座る精悍な男性が首を振った。固い挨拶はよせ、という合図だ。

 自分を呼び出した人物――宇宙国家の元首ユユリタ三世だ。

 コルトは頷くと、両手を後ろに組んで無抵抗なのを衛兵に見せた。

 衛兵の無言の合図に、皇帝は口を開く。

「彼女が君に用があってね。私の名前を使えば来てくれると思ったのだよ」

 皇帝の視線の先――玉座の下の段差にキャップを被った人物がいた。ロングシャツにジーンズをはいたラフな格好。細い首元にはネックレスのような紐が見えるが、衣服に隠れてデザインは見えない。

 横に長い耳と、一四〇センチ程の小さな背丈はリリ星人の特徴だ。

 自分を探していたのは彼女か。

 キャップに隠れて見えないが、少女のリリ星人とはこれまで面識がない。帽子の下がどんな顔か気になった。

「それで、その女の子はどんな用事で私を呼んだのです?」

「君の父親のことだ」

 一瞬、コルトは身構えた。

 なぜ失踪した父のことを皇帝が知っているのだ。

 疑問を切り出す前に皇帝が先に発した。

「単刀直入に言おう。君の父ジギル・マクスタント氏は、二年前M87ブラックホールの中へ向かった」


「はあ?」

 皇帝を前にしても、唖然とせずにはいられない。あまりに突拍子もなさすぎた。

 ユユリタ三世は、コルトの反応を想像通りとおもったのか声を殺して笑った。

「呆れるのも無理はない。だが、彼女の話を聞いて納得し、私も失踪する前にジギル氏と面会もした。最後の記録データも調べたから間違いない」

 頭の整理がつかなかった。

 ブラックホール? 何かの冗談でしょ。まるで意味がわからない。

 コルトは真顔に戻ると屈んでじっと見つめた。

「お言葉ですが陛下。すべてが無茶苦茶です。父の動機以前に、物理的に行ける距離ではありません。仮に行くことが可能でも、マクスタント家のしきたりでは――」

 ユユリタ三世はクスリと笑って片手を見せた。

 みなまでいうな。すべてわかっている。そう言いたげだ。


「一つずつ整理しよう。君が呆れた理由は大きく分けて三つある。

 一つ目。どのような方法でM87ブラックホールへ行ったか。

 二つ目。ブラックホールの中に入っても死ぬだけではないのか。

 三つ目。どんな動機でブラックホールへ入ろうとしたのか」

 いわれるままコルトは頷いた。


「ではそれぞれ説明していこう」

 ユユリタ三世がおもむろに右手を上げた。

 衛兵がすぐさま返事をすると、横の空間に光の文字が浮かぶ。

 1.方法 2.問題点 3、動機

 あらかじめ作っておいたのだろう。コルトは感心して顎に手を置いた。

「まずはブラックホールへ向かう方法だ。

知ってのとおり、我々が統治する宇宙の領域は三〇パーセクがせいぜいだ。三万パーセクも離れているM87までいくには、個人の寿命では到底たどり着けない。我々は光の速度すら達していないからな。通常の航行では不可能だ」

 同意するように激しくうなずいた。

「ところでコルトくん。君は初代皇帝ユユリタ一世を知っているかな?」

 現在の消費税は何パーセントだというようなものだ。

 中等部で扱う歴史教科書の冒頭を思い出しながら、コルトは勉強した記憶をなぞった。


 ユユリタ一世はリリ星出身の異端者だった。実名はセイ。母星の恩恵を享受するより、宇宙を夢見ており、シーズ人がきたことを契機に宇宙へ旅立った。そして、後の功績をたたえて、母星から最高栄誉の四字の名を与えられた(リリ星人の文化では、名は力を表すため、異なる文字が多いほど偉大とされる)。

 ユユリタが突出していたのは流体テレポーテーションだった。

 そもそも流体テレポーテーションは、惑星コアのエネルギーに触れることで、自身やその周囲を流体化――さらに原子レベルまで分解し、リリ星の上を自由に復活できる能力だった。ユユリタはこれを宇宙でできないかを考えていた。

 だが、常時惑星コアに触れているリリ星内ならともかく、宇宙はエネルギーが皆無。移動前のA地点から、移動後のB地点まで、転移に可能な媒体もなかった。

 そこでユユリタは、いくつもの星にエネルギーを送っている太陽光に着目する。光は放射状に流し続けているため、これを転移の媒介にできないかを考えた。

 惑星の意思を汲み同化を得意としたユユリタは、太陽と交信を試み、その性質を理解。流体化の際、太陽光と自我の意識が溶け合うことで、光が届く範囲であれば自我を消失・再現することを可能とした。

 残す問題は、転移の復元に必要なエネルギーだ。これはリリ星と似た強い惑星コアのエネルギーがあれば、その星の上で再生できた。


 母星のシーズ星から何十年とかかった移動時間が、ユユリタの転移能力により大幅に短縮――それに伴い捜索範囲も拡大した。彼なくして宇宙の旅は不可能といえるほどだ。

 その後、ユユリタは流体中の意識化でコアの大きい惑星にエネルギーの塊をぶつけ楔とした。この楔を打ち付けたことにより、転移能力をもたないシーズ人なども無意識化で転移に成功する。

 ユユリタ一世がいなければ、宇宙開拓は五〇〇年遅れたといわれている。

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