2話 動いていく

「クソが、いい加減にしやがれ! 今回もアテが外れやがったじゃねえか!」



 テュリス地方の、人気のない平野の一本道を彷徨うように歩く、二人の影がある。


 片方の大柄な男は何やら不満を吐き出しており、道端の石ころや砂利を八つ当たりかのするように蹴り飛ばしながら歩いている。

 対してもう片方の仮面を付けた細身の男は、そんな大男を諫めるように語っている。


「仕方がありません。あのテクノロジーの厳密な構造を、我々はまだ明確に分析・理解できていないのですから。それらしき代物ならば、たとえ噂話であろうと片っ端から食らって漁るのみです」


「テメェの案に従っては骨折り損で終わる度に、そういう御託みてぇな言い訳を何度も聞かされるこっちの気も考えやがれ。ジェイン、結局これで幾つだ? はよぉ」


「ふむ、今回でちょうど四つほどでしょうか」


 ジェインと呼ばれる細身の仮面男は、そう言われると手のひらにホログラフィーで書かれた小さな資料を出して見せた。


「しかしダロス殿よ、これほどこのテュリス地方にアテが集中しているという事は、確実にこの辺りに絞り込めている、という証拠ではありませんか。以前までのように、なんの手掛かりも無く空を飛び回るだけの大捜索に比べれば、なんとも大きな進捗ではありませんか」


「俺が欲しいのは"進捗"じゃなくて"成果"だ。過程がどうあろうと俺にはどうでも良いんだよ。それを手に入れれば、もっと強え奴らと張り合えんだろ? その為ならどんな事だろうと俺はやるぜ」


 ダロスと呼ばれる大柄の男はそう言って、自分の両拳をぶつけるようにしてジェインに自身の気合を見せる。



「やれやれ、貴方のその脳筋かつ傍若無人さには感服しますよ、本当…………ん?」


「どうした?」


「……このプレッシャー、感じませんか?」



 ジェインが視線をやった方向には、奇怪な形状の岩山が連なっている事でそこそこ知名度のある、テュリス地方北端の小さな村がある。


 ジェインの感知したそのプレッシャーは、次第にダロスの闘争心にも浸透していった。



「……おいおい、マジか。悪戯にも程があるだろ神様よぉ」


 苛立ちと疲労に項垂れた様子のダロスが、再起すると共に不敵に微笑む。


「どうするよ、俺はそろそろ暇潰しのオモチャが欲しい頃合いだぜ? 寄り道だが、良い土産になりそうだ」


「……いえ、ここで急いで寄り道にしてしまうよりも、真っ当かつ確実な正規ルートへと整えましょう。タルタロス・ベースに一度戻り、準備と観察を行います」


「いつにも増して随分と計画的じゃねえか。本当にあそこにアテもあると思うのか?」


「探るならば、これより用意はより周到に。それに、貴方も興味がおありでしょう?」


「ヘッヘッヘ、まあな」



 そういって、二人は姿


 まるで、最初からそこには誰も居なかったかのように。

 今や何も無いその空間を、静かにそよ風が吹き抜けていった。






 ◇ ◆ ◇






 気がつくと私は、部屋のベッドで寝そべっていた。

 窓から仰向けの顔面に差し込む鬱陶しい日差しを避けるように上体を起こす。

 どうやら朝のようだ。


 朧な意識で部屋を見渡すと、ここが自分の部屋ではなく、クリ爺の家の一室だとすぐさま理解した。


 様々な物がきちんと片付けられていて、開放感が保たれている内装だ。

 少なくとも私の部屋じゃない。

 私の部屋はもっと荒れているからだ。


 私自身、物事を途中放棄したりと結構適当なタチであるため、床には広げられた巻物とか倒れた器具が散乱している状態だろう。



 一度、深呼吸をする。

 段々と冴えていく頭で、私はう〜ん、と唸り声を洩らしながら考え込む。


 何故、私はこの部屋で寝ているのだろう。

 昨夜のことを思い返す。


 母さんと初の口喧嘩をして、この家に逃げ込んだ後。

 クリ爺に道中で拾った珍しい石を見せ、その見立てに私は興奮して家を飛び出し、夜な夜な空に向かって夢を叫んだ。


 問題はその後だ。


「……ダメ、なんも思い出せない」


 その後に自分が何をしていたのかが、皆目わからない。


 あの後に天体観測を行い、いつも通り地べたに寝転がって、そのまま寝てしまったのだろうか?

 仮にそうなら、私がたった今まで見ていた"夢"も、その時から続いていた代物だと仮定できる。



 …………いや。

 あれは、本当に夢だったのだろうか。


 あの広大な暗闇がもたらした、感動と躍動感。

 同時に襲ってきた、途方もない寂しさのようなもの。

 あれが夢だったと言うには、あまりにも現実味が強かったというか、この鮮明に焼き付いた感覚がむしろ不思議なようにも感じる。



 なんであれ。

 外に出たところから、幾分か記憶が飛んでいて、今この部屋に至った、とするならば。

 クリ爺が私をここまで運んでくれた、と考えるのが妥当だろう。


「お礼言わなきゃなぁ」


 あの後に天体観測して(覚えてないが)、そのまま外で寝落ちしたところを運んでくれたとも考えられる。

 というか、それが一番考えやすいパターンか。

 ……あんな風でも歳は食ってるし、少々申し訳なく思えて来た。


 私は詫びとお礼を兼ねて、久々にクリ爺に朝食を用意してあげようと考えた。


 居間の奥にある貯蔵庫にあったはずの、確か残り一本だった陶製壺と、一昨日私がここに来だ時に置いていったパンを取りに行くことにした。






 * * *






 その貯蔵庫の扉を開いて、私は茫然とした。


 何故かって?

 そこに美青ね……不審者がいたからです。



「……………………」


「あ、おはよう。調子はどう?」


 見知らぬ美青ね……ゲフンゲフン不審者が、齧りかけのリンゴを片手にそこに居て。

 恐らくポカンとしている私に、何食わぬ顔でそう尋ねてきた。


「いや、えっと……どちらさまで?」


「?」と不思議そうな表情で、青年が自分の背後に振り返る。

 貴方以外に誰がいるというの、と私が彼を直接指差すと、青年も自分を指さして首を傾げた。



「ボクが、誰かって?」


「そ、そうです。えっと、クリ……ヘラクリタス爺さんのお知り合い、とか?」


「分からない」


「えぇ……」


「遥か遠くに、どうしようもないほどの輝きが見えたから、思わず手を伸ばしたんだ。そしたらいつの間にか、ここにいた」


「……えっと、それで、この貯蔵庫に?」


「チョゾウコ?」


 うん、こりゃ駄目だ。

 どうやらまともな会話は難しい系のようだ。


 既に貯蔵庫の中はある程度荒らされた状態で、ヘタと少量の実が残った果実の残骸などが散らばっている。

 森の猿か。


 折角今日は果物も添えようかと思ったが、これは駄目そうだ。

 いつも通りパンと壺だけ持って行こうかと思って見る。


 まあ、なんてことでしょう。ものの見事にパンも餌食となっていました☆

 このッ、このイケメンがァ!

 面良けりゃ何しでかしても許されると思ってんじゃないよ、この不審者が!


 私は勇気を振り絞って、一言物申した。


「……あのっ、これはちょっと、いや、かなり困るんですけど!」


「なにが?」


「見て、周り!

 貴方の、食べかす、だらけ!

 きったない!」


「いやそれ以前に食べてること自体に突っ込んでくれい」


「うわっ、クリ爺?!」


 クリ爺が急に音もなく現れたかと思いきや、すかさず「バカもぉん!」と不審者にヨボヨボな拳骨を一発かました。


「おのれぇ、いけしゃあしゃあと何をしでかしとんじゃ?! いくら昨夜の借りがあるとはいえ、人様の家の貯蔵庫を無断で漁る不届きは許さんぞぉ!」


「そ、そうよ! とにかく失礼!」


 あまりの勢いに私も便乗して続く。

 まあ正直、これだけ興奮してるクリ爺も珍しいもので、ちょっと面白くて乗っかった節はある。


 が。


「そっか、ごめん」


「イイヨ♪」


 と、呆気なくこの謎のシュールな緊迫感は晴れていった。


「いや軽っ、怖……」


 私は二人の不規則なリズムについていけなかった。

 情緒が心配になるくらい急に哄笑し始めたクリ爺と、相変わらずなんか食ってる不審者に、ただドン引きするしかなかった。






 * * *






「な、成る程。じゃあ一応、恩人? なんだね」


 三人とも一度座って落ち着いて、朝食を摂りながら私はことの経緯を聞いた。


 成る程と、ようやく飲み込んだ。

 つまり昨夜の記憶が無い私は、どうやら予想通り夜空の下で気を失っていたらしい。

 そんな私を見つけたこの青年が、私を抱きかかえてこの家の部屋にまで運んでくれたのだという。

 やだ、イケメン。


「うむ。こんなんじゃが、一応礼はしておけい」


「そうだね。えっと、ありがとうございます」


「いいよ、ボクはエレノアの声に答えただけだから」


「えっ、貴方、私の名前知ってるの? ……ああそっか、クリ爺が教えたんだね」


「いや、儂は何も言っとらんぞ。むしろ、儂はお前さんの友人かと思っておったわい」


「えっ」


 じゃあなんで、この人私の名前を知ってるんだろう。

 こんな人と知り合いになった覚えは無いし、村でも見たことのない顔なため、(絶対とは言えないが)恐らく住民でもないと思うが。



 というかこの人、私の声に答えた、とか言った?

 気を失っていた間の私、なんか寝言でも言ったのだろうか。


「私なんか言ったっけ。ごめんなさい、多分寝言とかうるさかったのかな」



「いつか天人になって、楽園にいる誰かに逢いに行く、って」




 私はさらに驚いた。

 驚かずにはいられなかった。


「…………えっ」


 なんでこの人が、私の夢を知っているのだろうか。

 というかそれって、昨夜私の記憶の最後に残ってる叫んだ時のヤツじゃ……。


 傍らで話を静聴していたクリ爺も、いつになく険しい表情を浮かべて青年を見つめている。



「どうして、それを?」


「ボクが初めて聞いたのがそれだったんだ。ボクが光に手を伸ばしてそれを掴んだ時、キミが空に向かって夢を叫ぶ声が、聞こえたんだ」


「その、さっきも話してたけれど、光ってのは、なんなの? 

 貴方、一体何処から来たの? 何者?」


「………………」


 つい質問が連続してしまう。

 しかしそのどれにも、青年は一言も答えてくれない。


 コチラが聞きたい情報を何一つ提供してくれないため、いつまで経っても話が先に進まない。

 はぁ、と私が思わずため息を洩らした時、私の横に座っていたクリ爺が立ち上がった。


「では、儂からも質問しよう」と。



「単刀直入に聞こう、少年よ。

 ?」



「……………………へっ?」


 クリ爺の急な言葉に、私は再び仰天した。


「多分、そう、だと思う」


「えっ?!」


 そして青年もまた、呆気なくそれを認めたのだ。

 嘘でしょ……。


「不時着した天人にはよくある傾向での、恐らくこの者、記憶が無いんじゃろう」


「記憶……というか、えっ! 天人?!」


「ボクが……?」


「ハッハッハ、エレノアよ。これも運命というものじゃろうかのぉ」


「えぇ〜っ!?」


 いや、笑い事じゃない。

 この人が天人……やっぱり、実在してたんだ!


「ていうか、あれ? クリ爺、なんで天人の事そんなに知ってるの?」


 これまで、クリ爺が天人について語った事なんて一度も無かった。

 語るのはむしろ私の方で、物語とかの枠を無視して、自分の観測した天体とかと結びつけて色んなお話を勝手に作ったりしていた。


「…………エレノアよ、お前さんの祖父……いや、デモリスから、死に際にお前さんへの伝言を預かっていての」


「おじいちゃんが……クリ爺の親友!?」


「黙っていてすまんの。ヤツが死んだら、きっとお前さんは寄る辺を無くしてしまうだろうと思っての。ヤツとの約束を果たす為にも、お前さんの母と一緒に面倒を見てやっていたのだ。

 ……まあ、お前さんの母が知っとるわけではないがの」


「そ、そうだったんだ」


「そんな事より、エレノアよ。お前さんに見せたいものがある。少年も、儂について来るがいい」


 そういってクリ爺が部屋を出でいったため、私は青年と一度顔を見合ってから、クリ爺の後を追った。



 そこからは小さな冒険のようだった。


 クリ爺の家の廊下にある、一つの扉。

 前々から、開けても何も無い、とクリ爺から言われ続けていた扉を開けると、なんと地下に続く下り階段があったのだ。


 先は暗闇に包まれているが、クリ爺は灯りを用意することもなく、そのまま進んでいく。


 私がその先を震えながら進もうとすると、後ろにいた青年が私の肩を優しく叩いてくれた。

 びっくりしたけれど、少し落ち着く。


 降っていくと、クリ爺が灯りを用意しない理由が分かった。

 やがて洞窟のような、岩の中を削るように掘った通路に繋がり、その中を規則的に配置された松明の数々が、不気味に照らしていたのだ。


 緩やかな登り下りを繰り返し、私が「まだ着かないのぉ」と溢すと、クリ爺が「ここじゃ」と立ち止まった。


 その空間だけが極めて広く、扉も大きい。

 大人数人で押してやっと開きそうなほどの大きな扉だが、クリ爺が片手で押しただけで簡単に開いてしまった。



 中に、入る。

 その景色に、私は夢の時と同じくらい心を奪われた。


 松明が照らす広々とした空間には、無数のの巻物とその全てを収納した棚の数々。

 どういう原理なのか、幾らかの巻物は空中を漂っていて、不思議な空気感を醸し出す。

 なにより、星空が貼り付けられたような天井の真ん中にある、巨大な渾天儀。

 その存在感は、まさに神秘的なものを前にしたような感覚を覚える。


まるで、物語の中の魔法の世界のような部屋だった。




「エレノアよ、ここには"世界の真理"、その一端がある」


 今までにないほどの真剣な声音で、ヘラクリタスが私に告げた。



「それを、お前さんに渡そう」

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