怪獣に関する資料 グレイプニル機関内部文書②

『対怪獣特殊兵士グレイプニルの開発経緯』


 グレイプニルとは、本来脳の神経伝達を阻害する、脳神経ブロック手法の俗称であった。

 根源素子発見以降、素子感応症という特殊な体質をもつ子供が現れる。胎児から乳幼児期にかけて、根源素子の濃度が高い環境下で影響を受けると、脳の一部が発達し共感因子を獲得することが判明している。共感因子は脳内のイメージを体外の根源素子へと伝達する、特殊なパターンのインパルスを発する器官である。人間の思考と根源素子を繋ぐ、ハブの役割を果たしている。共感因子をもつ子供は、自らの思考で根源素子を変質させ、現実空間に新たに物体を顕現させることができる。物質顕現の過程は、怪獣出現の過程と同様のものである。ただし、怪獣は人間の集合無意識からの受動的な接続であるのに対し、共感因子による接続は個人の意思による能動的な接続である。

 共感因子を獲得した個体による、個人の意識と根源素子の接続は際限なく拡大していく可能性があり、それを抑制するために編み出されたのがグレイプニルである。

 共感因子から根源素子へのインパルス接続を阻害することは困難であった。そのため脳内の神経伝達を阻害し、共感因子への伝達を切断。共感因子のみを脳内で孤立させることで、脳機能を損なうことなく根源素子への接続を遮断することに成功する。これは共感因子獲得の初期段階から、素子感応症患者の観察が行われてきた功績である。

 ASLAでは国内症例007号を用いた研究が、初期の2092年より行われていた。ASLAの研究は根源素子が人体に及ぼす“進化”を究明、千変万化の万能元素である根源素子をコントロール下におくことを最終目標とした。


<オリジン計画>

 オリジン計画とは、ASLAの確保した素子感応症の患者を用いた実験・研究の名称である。

 発足当初は主に根源素子との関係性の究明、共感因子の分析が主たる目的であった。素子感応症患者が根源素子に影響を与えることが判明すると、その影響力を拡大すべく、共感因子の能力開発へと目的が変化していった。

 結論から述べると、オリジン計画は失敗に終わり、研究計画は次へと移り、オリジン計画は凍結処分とされた。

 失敗の原因は共感因子の獲得過程とその期間にあった。人間において共感因子が発達するのは胎児期から乳幼児期(0~3歳)までの期間に限定されていた。つまり、後天的な共感因子の開発は不可能であり、すでに発達期を過ぎていた研究対象を用いての開発研究は徒労に終わった。

 加えて、周囲に根源素子の濃度分布が高い状態でないと、共感因子が発達しない。90年代初頭は根源素子を人為的に集めることはできず、また観測の精度も低かったために、より発達した共感因子をもつ素子感応症患者をみつけることが困難であった。

 状況が変化したのは、94年に素子感応症患者が爆発的に増えた現象。メディアでは大気汚染の悪化による喘息と報道されたが、地球に降り注ぐ根源素子の量が激増したことが挙げられる。それにより発達期間の特定と、根源素子濃度の影響という環境要因が明らかになり、研究は次の段階へと進むことになった。


<複製体レプリカ計画>

 国内症例007号、鞍馬祥子のクローンによる人工的な素子感応症患者の生成実験。素子感応症の原因が明らかになったため、胎児を量産し、より発達した共感因子をもつ個体の生成が可能となった。共感因子の開発という段階を経て、根源素子の利用へ乗り出すことが到達目標とされた。

 当初、慢性的な資源不足に陥っていた国の状況を改善する手段として想定されていたが、怪獣の出現、現代兵器の敗北に伴って、特殊兵士としての運用を想定した研究へと目的が切り替わる。

 怪獣は根源素子が集合的無意識の影響で変質した存在である。火器での攻撃に対して、顕現した実体を破壊することは可能であるが、ほとんど無限といえるリソースから欠損を即時に補われてしまう。共感因子をもつ特殊兵士に期待されるのは、集合的無意識から根源素子への接続に干渉して、その影響を打ち消すこと。怪獣の再生能力が失われたところを、火器での攻勢に出るというプランで、特殊兵士が戦場に出て直接戦闘を行うことは想定されていなかった。あくまで妨害装置としての役割のみで、求められるのは共感因子の干渉能力であった。

 三度、状況が変化したのは拒絶ヴォイド現象が確認されて後のことであった。

 拒絶現象とは、素子感応症患者の激しい感情の変化によって引き起こされる、広範囲の消失現象である。怪獣もろとも巻き込み、膨大な量の根源素子を、一時的ではあるが消失させることのできる拒絶は、対怪獣への有効手段と認められた。

 複製体は拒絶を以て怪獣を殲滅させる、いわば自爆兵士としての運用が主目的となっていった。


<汎用体ナンバーズ計画>

 国内の素子感染症の孤児を教育し、対怪獣特殊兵士とするための計画。

 AMO、ASLAの組織再編後、より軍事的な性格へと組織が転換。組織の名称が『グレイプニル機関』へと改名され、やがて対怪獣特殊兵士の複製体、汎用体をまとめて『グレイプニル』と呼ばれるようになる。

 複製体の製造・育成のコストカット、怪獣出現増加に伴い、より多くの共感因子を備えた特殊兵士が必要とされた。その増員を補うために、孤児を登用することが決定した。根源素子の濃度は年々増加の一途であり、機関の調整・管理を行わずとも強力な干渉力をもつ個体が自然と生まれるようになった。

 汎用体にはグレイプニル方式の神経ブロック装置が埋められており、複製体に比べ管理体制が強化されている。管理官の指示によってのみ解除され、共感因子を用いた干渉の状況を限定。拒絶による突発的な事故を防止している。

 2110年に入ると根源素子から物体を創成する、強力な共感因子の持ち主が現出、拒絶を用いない怪獣撃退方法が模索される。対怪獣特殊兵士の最大の課題は兵士の損耗であり、新たな対怪獣戦術の研究は急務であった。

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