怪獣信仰の聞き取り調査資料 レコーダー文字起こし

 2107年の第二次怪獣侵攻以降、疎開せずに旧都心部に残留した人々を中心に、怪獣を崇める新しい信仰が形成されている。次の記録は、その信者の一人に聞き取り調査した際のボイスメモを文字起こし、文書化したものである。


<旧東京 吉祥寺 2112/09/20 記:ヤマウラユキト>


※観察メモ

 第一次、第二次侵攻で甚大な被害を受けた旧東京都心。巨大な足跡はクレーターとなり23区域を水没させ、奥東京湾を形成していた。

 東京には侵攻前に仕事で訪れたきりであったが、あまりの変貌ぶりに言葉を失う。廃材を利用したバラック街、森林公園の樹木や街路樹で作った差しかけ小屋。倒壊した家屋を再建する余力はなく、人々は廃墟を漁ることでなんとか命を繋いでいた。関西でもっとも大きな被害を受けた旧大阪も似たようなものだが、東京の被害は特別大きいものだった。海中に沈んだ高層ビル群は、文字通り、凄惨な爪痕を樹脂で固めたジオラマにみえた。


 集住地となっていた井之頭公園まで撮影しながら歩く。井之頭公園跡の荒涼とした光景に怪獣災害の余波を思い知る。桜の樹々は小屋の骨組みには適さないため、残らず燃料として燃やし尽くされていた。そこで少なくない人数の怪獣信仰者たちをみつける。彼らは最低限の漁、食事、睡眠のほかは、奥東京湾の方角へ祈りを捧げていた。

 今回はその中の、思想的指導者らしき人物と接触。話を聞くことができた。しかし、彼女自身は宗教や指導者といった立場を否定した。あくまで自分の解釈を他人に話しているにすぎず、集まった人々は彼女に共感しただけだという。

 彼女は30~40代の女性で、布舟ほしゅう彩と名乗った。黒衣を纏った、占い師然とした雰囲気を醸していた。ほとんど野宿であるせいか、ひどく肌は荒れ、皮の張り付いた手先からは暮らしの厳しさがうかがえる。


<以下、音声>


山浦:あなた方は怪獣の出現を待ち望んでいるのですか?


布舟:もちろん。そのような人々は少なくないと認識しております。旧東京のバラックだけでなく、遍く都市の、主に下層階級の人々がそうでしょうね。我々は組織や団体ではありませんから、直接の交流、集団としての活動、教義……あらゆるものを持ちません。ただひとつの願いを通じて、共感し合っているだけの“お仲間”に過ぎませんわ。共助の姿勢は単なるご近所づきあい。そこには我々とは異なる願いや考えをもつ人々も含まれます。我々はそういう方々を排除しませんし、願いの強要もしません。我々はただ待つのみ、ですわ。


山浦:あなた方にとって、怪獣とは救世主のようなものだと考えてよろしいのでしょうか?


布舟:怪獣が我々に救いをもたらすように見えまして? だとすれば、我々よりも、よほど狂っていらっしゃいますわ。怪獣が人間に与えるのは破壊のみ。文明を踏み均し、一切を焼き尽くす。そこには慈悲も救いもありはしません。死こそが救済などという酔狂な方々にとっては、救世主たりえるでしょうけれど。


山浦:では、怪獣になにを期待しておられるのです? 彼らは壊すだけです。人類にとって理不尽な天災そのものだ。


布舟:そう……破壊、ですわ。我々が願うもの。


(そこで布舟は崩壊した街を指さした。)


布舟:あれは怪獣ではなく、米軍の護衛艦から発射された巡航ミサイルの当たったところ。街中に核弾頭が落ちてこなくて、本当に良かった。


山浦:確か、米軍との共同作戦が行われたのは、第一次侵攻の時でしたか。第一次侵攻の被害はほとんどが日本に集中していましたから。


布舟:今でもはっきりと覚えていますわ。私は怪獣出現時、運よく埼玉方面に抜けていて、さらに運の良いことに市街地無差別砲撃に巻き込まれませんでした。戦闘機から発射されたミサイルが直撃しても、物ともしない怪獣たち。自動車大のでさえも爆撃に耐えて……いえ、まるで歯が立ちませんでした。衝撃や爆風で動かすことはできても、傷付けることができない。砲弾も、ミサイルも、レーザーも。現代兵器では怪獣を倒すことができなかった。


山浦:それは……私も大阪で目にしました。現れた時と同じように、忽然と消えてくれたから助かりましたが、あのまま怪獣が暴れていたらと思うと。日本はあの日のうちに消滅していた。


布舟:十中八九そうなっていたでしょうね。人間の兵器は人間にしか効かない。この事実が大いに我々を刺激したのです。


山浦:と、いいますと?


布舟:銃口は常に我々の方を向いているということです。愚かだったのですわ。今迄もずっとそうだったのに。特に銃の所持を禁止している日本では顕著です。国家権力による暴力の独占と支配の構造……怪獣に対し、まったく対抗手段がないうちはまだよかった。対怪獣都市が建設され、グレイプニルなんていう対抗手段が現れてしまったせいで、再び時代が逆行してしまった。


山浦:行政が機能を取り戻して、復興が進んでいる現状は望ましくないということですか。混乱を望むと。


布舟:復興は進んでいると仰いますが、局所的な見方に過ぎません。大部分の一般庶民は疎開することでもできずに見捨てられています。ここにいる大多数の人が、自国内で難民と化しているのです。人口集中が怪獣発生の原因であるとされて、日本各地に分散するように疎開指示が出ました。しかし、どうでしょう。人口制限、食料の供給設備の確保、怪獣に破壊されていない土地。条件を満たす場所がいくつあるでしょうか。徒歩で向かった居住区の入り口で、銃口を突きつけられて追い返される気分は最悪なものです。行政が息を吹き返し、まずなにをしたと思いますか? 警察機構、軍隊の再建です。武力の整備です。怪獣には少しも有効でないというのに。


山浦:秩序を回復するためだ。怪獣災害のあとは、物資難で略奪が横行していたのも事実です。


布舟:秩序は腐り落ちました。元より人の支配は生もので腐りやすい。今や人のもつ暴力は、一部の特権階級や権力者を守るためにしか存在しません。回復された秩序のうちに、我々庶民は含まれません。


山浦:ある程度は仕方のないことです。すべてのひとに、平等に分配できるほど資源は溢れていないのですから。それは怪獣出現以前と変わらないことです。いずれ人類が怪獣を克服して、豊かさを取り戻していけば、富も資源も再分配されていきます。全体が豊かになって行くはずです。


布舟:希望論ですわね。有史以来、どれほど豊かな国でも貧富の差がなくなったことはありません。その理念を掲げていた国でさえ。私が思いますに、幸せには限りがあるのですわ。人間の幸福の価値観は、物質的に依存する側面が大きく、地球上の資源は有限です。対して、人間の欲望には限りがありませんし、なにより地上に人間が増えすぎました。限りのある資源を平等に分け合ったとして、幸せだといえるレベルの量が手元に残るでしょうか。答えは否ですわ。ある人間が幸福であるためには、必ず他人を蹴落とす必要があります。私はそのこと自体には否定的ではありません。至極、当然のことですから。


山浦:では、何故怪獣を望むのです。何故破壊を待つのです。


布舟:平等を。我々は平等を望んでいるのですわ。


山浦:先ほど、ご自分で否定されたばかりではありませんか?


布舟:平等な幸福はありえません。しかし、平等に不幸にすることはできますわ。


山浦:皆が不幸せになる、と。人類全体が飢えて死ねばいいとおっしゃるのですか?


布舟:誤解しないでいただきたいのは、私は人類が滅べばいいと思っているわけではありませんの。平等に不幸といいますのは、地位や権力の失墜と言い換えてもよろしいですわ。あるいは社会機構の解体とも。銃すら持たない我々と、言うことを聞く軍隊をもつ彼らでは平等とはいえないでしょう? ならば、国家など失くしてしまえばいい。権力など維持できない程の破壊を。怪獣の行進によって、すべての人間を地平に叩き落としてしまえばいい。怪獣の通り過ぎたあとに文明は崩れ、人間は原始に戻る。


山浦:あなたたちは……。


布舟:人の時代が終わり、怪獣が通り過ぎて、獣の時代がやってくる。平等な不幸と破壊を。原始の地平に立ち戻って、今一度、石と棍棒を手に食糧を巡って争い合おうではありませんか。我々は待ち望んでいるのです。獣の時代の始まりを。

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