第2話 二人の幼馴染

「これは一大事ですぞ!」


ブルーノ大臣がテーブルに乗り出す勢いで言った。


「人族が、アミュラスの勇者と奇跡サザーニアの聖女を同時に失うとは!」




セレスとフランは、わたされた遺品をかかえ、

うながされるままミリア達と共に謁見えっけんの間へともどってきていた。


フランはまだメソメソしている。


会議が始まるというので、二人は帰されるものだと思っていたのだが、

ミリアから、


「君達はこれからディクシフ侯爵こうしゃくという爵位しゃくいを背負って立つ人間なんだ。

 参加したまえ。」


と耳打ちされて座らされたのだ。




「大臣のおっしゃる通りです。」


ミリアがうなずき、


魔族まぞくに対する切り札とも言うべき、

 アミュラス奇跡サザーニア特異技能者ギフテッドが不在となれば、

 残りの人族だけで全ての魔族まぞく対抗たいこうするというのは難しいでしょう。」


と言う。


魔族まぞくにとってのアミュラス奇跡サザーニアは、天敵に他ならない。


特にアミュラスだ。




魔族まぞくは、太陽の下では倦怠けんたい感と頭痛にみまわれる。


それは、アミュラス特異技能ギフト影響えいきょうを受けた魔族まぞくも同様であり、

より強いアミュラス特異技能ギフトを受けた魔族まぞくは肉体がちてしまう

とされている。




セレスは、子供のころにした


「父さんのけんられた魔族まぞくはどうなるのー?」


という質問に、


「…灰になるんだ。」


と静かに答えた父の言葉を思い出していた。




魔王まおうと呼ばれる立場の者がいなくなって久しいとはいえ、

 悪事を働く魔族まぞくどもは星の数ほどおります!

 アミュラスの勇者と奇跡サザーニアの聖女の存在は、

 そんな魔族まぞくどもに対する強大な抑止力よくしりょくであったというのに!」


ブルーノが苦々しげに言う。




世の母親が子供をしかるときに使う、

「悪いことする子は、魔王まおうに連れて行かれるよ!」

というやつの魔族版まぞくばんというわけだ。




「しかし、」


ミリアが言い、


「勇者と聖女が死亡したというのに、

 ナルグーシス、ルヴィア、トルネオに目立った動きはありません。」


と付け加えた。


「確かにな。」


ラズリー国王がうなずく。


「ナルグーシスで起こった軍事クーデターは、

 周辺国からの軍事介入かいにゅうをもってしても続いているが、

 ルヴィアとトルネオもそこに参加している。

 少なくとも、

 魔族まぞくが団結して人族の国にめ入ろうという様子ではないようだ。」


「つまり今回の事件は、

 『三国政府の預り知らないところで起こったのでは?』

 と考えられます。」


ミリアが言うと、


賢者殿けんじゃどのは、魔族まぞくどもによる犯行ではないとお考えで?」


ブルーノがたずねた。




「いいえ。」


ミリアはさらりと言った。




「私は、ナルグーシスのクーデターが、

 勇者をおびき寄せるためのエサだったのではないか、

 と考えています。」




「なっ…。」


全員があっけに取られる。


「『ナルグーシスのクーデターがあっさりと成功してしまえば、

  その勢いがルヴィアやトルネオにまで広がり、

  いずれ人族の国まで侵攻しんこうの対象になるのではないか?』

 そう心配した我々は、用心のために

 アミュラスの勇者と奇跡サザーニアの聖女、

 それに近衛兵長である自由スロイダルグのベリエッタを加えた三名に、

 オルトエストの水の賢者けんじゃイガラシにも協力を要請ようせいして、

 ナルグーシスに向かわせようとしていたわけですが、」


ミリアが言うと、


「『その動きが読まれていたのではないか?』

 というわけか…。」


ラズリーが続ける。


ミリアはコクリとうなずいた。


「だとすれば、この事件の主犯は、

 ナルグーシスでクーデターを起こした軍部関係者にしぼられることになる…。」


ラズリーがアゴひげをなでながら呟くように言う。


「三国政府が素知らぬフリをしている可能性は!?」


ブルーノがミリアに食ってかかった。


「大戦後、三百年も続いている人族と魔族まぞくの交流によって、

 人族と魔族まぞくの境界線は、もはや曖昧あいまいです。

 オルトエスト国をはじめ、人界の各国に住んでいる魔族まぞくがいますし、

 逆に魔界まかいの三国に住んでいる人族もいます。

 その状況じょうきょうで三国政府が勇者と聖女不在の好機と聞き、

 かれらが人界へ侵略しんりゃくするような動きを見せていれば、

 当然お二人の耳にも届いていることでしょう。」


ミリアはラズリーとブルーノの顔を交互こうごに見た。


「あるいは、こちらの次の動きを見定めているのではありませんか!?」


ブルーノがこしかせ、なおもみついてくる。


魔界まかいの三国が協力してし寄せたら、ひとたまりもありませんぞ!」


「先ほども申し上げた通り、人族と魔族まぞくの境界線はもはや曖昧あいまいです。

 魔族まぞくが一枚岩という時代ではありません。

 人族と戦争したいという魔族まぞくばかりではないでしょう。」


ミリアは、やれやれといった感じで首を横にる。


賢者殿けんじゃどのは、魔族まぞくどもがたった三百年の上っ面の和平で

 きばかれたとお考えか!?」


ブルーノが顔を真っ赤にして食い下がる。


「そうは言っていません。」


ミリアは、すかさず否定した。


「現に軍事クーデターを、力づくで権力をうばおうという者達がいるわけですし、

 今回の事件の犯人がそちらとは別の魔族まぞくの可能性も大いに有り得る。

 大臣のご心配ももっともです。」


ミリアの言葉に

『そういうことならば。』

と満足したのか、ブルーノは我に返ったように席に座り直す。




それを見届けたミリアが続ける。




「ですから、私が責任を持って

 ナルグーシスの軍部関係者をめ上げに行ってきます。」




「えっ!?」


ミリアの言葉に全員が目を丸くした。


「元より、勇者と聖女の派遣はけんに賛成した以上、

 何かしらの責任は取るつもりでしたし。」


と、さらにミリアは続けた。


「馬鹿な!?

 勇者と聖女でさえナルグーシスに着く前に襲撃しゅうげきされたんですぞ!?」


ブルーノが、今度は青くなった。


「それに、勇者と聖女、近衛兵長に加えて、

 火の賢者けんじゃである貴女にまで出て行かれたら、

 この国の防衛は紙切れ同然になる!」


ブルーノは、今にも泣きそうだ。


「それだけ強い私が行くからこそ意味があるのです。」


ミリアはニコリとしながら言う。


「幸いなことに、勇者と聖女の死はまだ内密にされたままです。

 クーデターを止める任務は極秘でしたからね。」


ミリアがラズリーのほうを見ながら言うと、


「ああ。

 オルトエスト国の上層部と、遺体を発見したビウィス侯爵こうしゃく領の住民には、

 このことはせておくように伝えている。」


ラズリーが答えた。


「そこで私がナルグーシスに向かうという情報を流せば、

 犯人達が、きっと私をねらってくる。」


ミリアは自信たっぷりに言う。


「しかし…。」


ブルーノが何か言いたげだったが、

ミリアは構わず、


「ご安心ください。

 『勇者と聖女の仇討かたきうちにまんまとやってきたな。』

 なーんて待ち構えている魔族まぞくなんぞ、

 軽くひとひねりにしてやりますから。

 口を割らせるぐらい造作もありませんよ。」


と人差し指をピンッとはじきながら言った。




「それから…、」


とミリアはさらに続ける。


「これは私の直感なのですが…。」


と前置きし、セレスとフランのほうに顔を向けて、優しく微笑ほほえんだ。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







一週間後。


日も暮れかけたソリアード国立エステバン高等学院。


その東棟ひがしとうの一画にある実習場。


セレスとフランを交えた十数人の一団が、

補習という名目のミリアの厳しいしごきを受けていた。


と言ってもミリアは正式な教員ではない。


あくまで臨時講師という立場だ。




「もう日が暮れるな…。

 セレスティアーノ・ブランパーダ!妹と一緒いっしょに帰っていいぞ!」


ミリアがさけんだ。


さすがに学院内では、愛称あいしょうで呼ぶことはない。


「他の者も今日はこの辺にしておいてやる!」


しごかれていた全員が、ブハァーッ!と息をき出して脱力だつりょくした。


ほとんどの者はそのままたおむ。




謁見えっけんの間での会議の翌日には、

内々で小規模にではあるが、ブランパーダ家の葬儀そうぎが行われた。


さらにその翌日には、ナルグーシス周辺の国々によって、

ナルグーシスのクーデターに対する軍事介入かいにゅうを増強することが決定された。


つまり、クーデターを止めるために、

兵士をさらにナルグーシスに送りむことになったのだ。


主導したのはルヴィアとトルネオである。


図らずも、


「人族と戦争したいという魔族まぞくばかりではないでしょう。」


というミリアの主張が裏付けられた形だ。




ミリアは、


『この状況じょうきょうならば急ぐ必要もない。』


と判断したらしく、


「私が国を出て行くことの交換こうかん条件として、

 十日間ほどエステバン高等学院の生徒達へ、

 私が持つ特異技能ギフトに関する英知というものを教育いたしましょう。」


とラズリーとブルーノに進言したのだった。


「若者達への優れた教育こそが、将来の国防の増強に不可欠ですからね。

 なあに、私にかかれば十日間でも、即戦力そくせんりょくにまで育て上げるのに十分ですよ。」


とも言っていた。




「こんなんでも内申にひびくっていうんだから、たまんないわよねぇ。」


口をとがらせながら、その少女、ロベルティナ・ジューヴェルデが、

ゼェゼェ言っているセレスに声をかけてきた。


亜麻あま色のサラサラツヤツヤしたロングヘアをなびかせる、

やや褐色かっしょくはだ、美しいまゆかみと同じ色の大きな目、高い鼻が特徴とくちょうの美少女であり、

学院での成績は常に上位である。


彼女かのじょあせを吸いんだ運動着が、その身体をかすようにり付いていて、

セレスは目のやり場に困りながら、


「付き合わせてすまないと思っているよ。ティナ。」


し目がちに言った。




「ティナさん。着替きがえに行きましょ。」


フランがさり気なくセレスとティナの間に割って入る。


「だらしないお腹がけてるよ。」


「あー!言ったわねぇ!」


ティナがふざけ半分でおこり、追いかけっこが始まった。




三人は幼なじみだった。


ジューヴェルデ家も、

ソリアード国ではフォロイル侯爵こうしゃくという爵位しゃくいと領地をあたえられている。




「補習の後だというのに元気だな。」


別の方向から声がした。


レイナルド・ゴルディネロだった。


ゴルディネロ家も、

ソリアード国ではハイルペラ侯爵こうしゃくという爵位しゃくいと領地をあたえられていて、

おまけにかれの父親は近衛副兵長だ。


しかし、それを鼻にかける様子は全く無い好感の持てる人物であり、

セレス、フラン、ティナとも幼なじみである。


身長はミリアと同じくらいであるが、

サラリとしたブロンドのショートヘアに切れ長の青い目、高い鼻。


成績もティナと同様に優秀ゆうしゅうときている。


「レイも全然元気そうじゃないか。」


ようやく息を整えたセレスが言う。


ミリアのしごきにしっかり付いて行けていたのは、

セレス、ティナ、レイぐらいのものだった。




ぼくなんかまだまだだよ。

 あこがれの賢者けんじゃ様と一緒いっしょの空間にいるだけでおそれ多いのに。」


レイが手と首を横にりながら言う。


「そうだ!

 ぼく特異技能ギフトの応用方法について、ぜひ賢者けんじゃ様にご指導いただこう!」


元気いっぱいにミリアのところへ行ってしまった。


「(ミリアのファンなのかな?)」


フランとティナを見やると、せっかく良い雰囲気ふんいきで話していた、

生徒会長のロメリオ・ウェスカーと

副生徒会長のジュリア・サリニャーナの周りをグルグルしている。




セレスは、まだげ回っているフランに向かって


「フラン!今日も先に鳥車に向かっているから!」


さけぶと、だれよりも早くその場を後にして、実習場と隣接りんせつする浴室に向かった。


フランの入浴と着替きがえを待っている間に、

静かな鳥車の中で本の一冊でも読んでいたい。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







学院の南棟みなみとうに位置するロッカールームとエントランスは、

下校時刻をとうに過ぎたせいもあって静まり返っていた。


制服に着替きがえ終わったセレスは、

ロッカールームには目もくれず、エントランスまでっ切る。


教科書類はきちんと持って帰って、自宅で復習と予習をやるためだ。


「(今は少しでも多く知識と技術を身に着けなければ…。)」




と、

エントランスのとびらにはまったガラスの向こうに一人の少女が立っている。




セレスは、ドキっとして立ち止まった。




少女がり返る。




ティナだった。




「…待ってたのよ。セレス。」


ティナはとびらからおずおずと出てきたセレスに声をかけてくる。


「ティナ…?ぼくよりあとから東棟ひがしとうを出たんじゃ…?」


セレスはドキドキしながら言った。




「…いやね。…私の特異技能ギフトを使えば追いくなんて簡単じゃない。」


ティナは、ニコっとしながら言う。


「…なるほど。」


セレスはうなずいた。


ティナにうながされるように二人で並んで歩き出す。




ティナは慈悲デュージア特異技能者ギフテッドで、その能力は風を操ることだ。


風のやいば攻撃こうげきすることもできれば、

風圧で物理的な動きを制限したり、

逆に動きを向上させたりといったことも出来る。




「それにしても…、あっ。入浴をしなかったとか?」


セレスは、それでも納得なっとくいかないといった感じで

ティナの服をじろじろ見ながら言った。


簡単に着替きがえられるであろう制服ではなく、

どう着るのかよく分からない

肩口かたぐちから胸元まで大きく開いた不思議なデザインのドレスを着ているうえに、

普段ふだんは付けていないティアラや腕輪うでわなんてはめて、

ハデな色のタイツまでいているのだ。


「(これからどこかのパーティにでも行く気だろうか…?)」


セレスが実習場を出てからここまでは、

入浴も簡単に済ませたし、最短距離きょりを通ってきたというのもあって、

二十分かかったかどうかというところだった。


仮に実習場から空を飛ぶように移動したとしても、

着替きがえる時間を考えれば、かなりの速度が必要な計算になるのである。




「…やだ。私もしかして、…汗臭あせくさい?」


ティナが言いながら、クンクンと自分のうでにおいをぐ仕草をする。


「いや、大丈夫だいじょうぶだと思うよ。」


セレスは即座そくざに言った。




「…そう?」


ティナはそう言うと、急に改まったような態度で、


「実は二人っきりで話したいことがあって…。」


と言いながら目をせた。




セレスは再びドキっとした。




二人っきり。




確かに、エントランスにほど近い鳥車止めまでの短い道のりとはいえ、

この状況じょうきょうは二人っきりだ。


ゆらゆらとらめくたいまつの外灯に照らされた石畳いしだたみの道には、

人っ子一人いない。




「…私、セレスのこと、好きよ。」


ティナが唐突とうとつに立ち止まって言った。




「えっ?」


セレスも立ち止まる。




そして、




「…君は、レイが好きなのだと思っていた。」


と言った。




セレスは本気でレイのことを買っていた。


顔もいいし。


性格もいいし。


成績もいいし。


家柄いえがらもいいし。


おまけにジューヴェルデ家とゴルディネロ家は親同士の仲もいい。


実際、学院内では


「美男美女のお似合いカップルだ。」


とウワサされている。




「…ちがうわ。私はセレスが好きなの。」


言いながら近づいてきたティナは、

そのまま目を閉じて、顔をき出すような仕草をしてくる。




セレスは彼女かのじょの意図を察して、

言った。




「お前はだれだ?」




ティナが目を見開く。




「学院内での無用な特異技能ギフトの使用禁止というルールを、

 簡単に破るようなほど、ティナは無作法な女性ではない。

 まして、かいたあせを流していないなんて状態でキスをせまるほど、

 デリカシーの無い女性でもない。」


セレスは静かにいかりながら言った。




本当は最初から分かっていたのかもしれない。




セレスの直感がずっと危険信号を鳴らしていたのだ。




と、

ティナの姿をしただれかは、うなだれるようにして地面に両手をついた。




岩の障壁ストーンシェルター




突然とつぜん、路面の石畳いしだたみに使われている岩々が次々にめくれ上がったかと思うと、

セレスに向かって殺到さっとうした。


「うぐっ!?」


セレスは、とっさに両腕りょううでで頭をガードする。


セレスの全身が岩々におおわれ、何も見えない暗闇くらやみになった。


まるで雪だるまにされたようだ。


「これで外灯の光も届かないわ。」


ティナの姿をしただれかが、砂をペッペッとき出して言った。


もはやティナの声ではない。


「あんたが次のアミュラスの勇者だったとしても、

 私の岩の障壁ストーンシェルターは、もう破られない。」


サラサラとティナの姿がくずれ落ちた。


がされた石畳いしだたみあとに砂の山が出来上がる。


中から現れた人物は、


「『お前はだれだ?』ってたずねたわよね?

 私は、疑心ヌロプスのマーシャ。

 あんた達、人族をきらっている魔族まぞくよ。」


と答えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る