ルードがアロンソの本心を聞いて、筆頭聖女と王の会話を盗み聞きする回

 病人のアロンソは突然押しかけてきた筆頭聖女に回復の加護で完治した。

 アロンソを治した聖女は、なんと自分の護衛騎士にアロンソをスカウトしたのだった。


「本当に元気になったんだな」


 ルードは一日置いてアロンソを訪問した。

 アロンソは外で剣の素振りをしていた。


 ──本当にすっかり良くなったな。さすが筆頭聖女。


「あなたは?」

「俺はルード、平民だ。エリヒオ様に頼まれてヘレンを斡旋あっせんしたのです」


 初対面のていで、ルードはアロンソに話しかける。


「ああ、あの女性か。教会に見放された俺を助けてくれた……。お礼も言えなかったな」


 アロンソは心から感謝をしているようだった。


 ──貴族は簡単に嘘をつくから信用できないな。


「お礼は後ほど俺が渡します。エリヒオさんとも話し合っているので」

「そうか、お父様が。ヘレン様にも、使用人たちにも感謝している。聖女様がこられるまで、命が持てたのはみんなのおかげだ」


 ルードは静かにアロンソを観察した。ルードの影がわずかに揺らめく。


 そんなルードを気にせず、アロンソは感慨深げに己の手を見つめた。


「また剣を握れるなんて思っていなかった。これからは教会のために力を尽くす」


 ──嘘をついていない。こいつ、本心で言っているな。


 ルードは加護に嘘を探らせたのだ。


「アロンソ様、あなたはまっすぐな方ですね」


 ルードは皮肉げにアロンソをみた。


「いえ、目で見たものしか信じられないんだ。少しは疑えと上司によく叱られるよ」


 ──そりゃそうだ。こいつ、ただのお坊っちゃんかよ。こっちは収穫なしだな。


「そうですか。ヘレンにはアロンソ様が感謝されていたと伝えます。それでは」

「あぁ、よろしく頼む。もしヘレン様に危険が迫れば、このアロンソすぐに駆けつけると伝えてくれ」


 帰り際のアロンソの言葉にルードは吹き出した。


「ははは、聖女様の護衛騎士が職務放棄ですか!」

「うむむ……。ま、まあ気にかけているということだ!ルードさん、任せた」


 ──純粋過ぎる。いいカモだ。


 ルードは屋敷を出ると、教会へ転移した。

 ルードが転移した部屋では、筆頭聖女であるヘルトルーディスがソファに腰掛けている。

 テーブルには様々なお菓子と紅茶。どうやらおやつの時間のようだ。


「やっぱりここのケーキは最高だわ!」


 いつものように誰にも気づかれないルードは、大胆にも筆頭聖女が座る椅子に座った。


 ──座り心地最高だな!この部屋は筆頭聖女専用のサロンか。


 ヘルトルーディスは大きなケーキのピースを幸せそうに食べている。

 壁には使用人と数人の聖女、護衛が並んでいた。


「ああ、こんな幸せがあるなんて!最高に気分がいいわ!」

「ヘルトルーディスや。ここにいたのか」


 ヘルトルーディスの言葉も待たずに、男が部屋に入ってきた。

 ルードは長椅子から降りて、部屋のすみに移動した。


「あらお父様。ノックぐらいして頂けませんと」


 王は少しガッシリとした体格の男だった。頭にはきらびやかな帽子を被っている。


 ──やっぱり王か。ここにくるは予想外だ。


 ヘルトルーディスはぷくりと頬を膨らませた。そうしていると10代後半の可愛らしい女の子に見える。


「お前の父なんだ。下々しもじものように振るまう必要はないだろう?

 しかしヘルトルーディス、とても機嫌がいいな。そうしていると愛しい我が子なのに、美の女神のようだよ」


 ──まあ侍女の顔面を蹴り続ける女だがな。


 王の賛美に、ふふんと鼻を鳴らすヘルトルーディス。


「だっていいコマが手に入ったんですもの。お父様が手を焼いていたエリヒオ・カルレオンの息子、アロンソ・カルレオンよ」

「お前、アロンソを治療したのか!?」


 ──王の驚きかたをみると、ヘルトルーディスの独断だったのか。


「だって魔女にインチキな治療を教えて貰っていたんですもの。あんなので治されたら、教会の面目が丸潰れですわ」

「そうか……ふむ。しかしお前は何でも知っているな」

「うふふ、この教会の聖女や神官は、すべてわたくしの配下ですもの。加護を使わせれば覗き見も、心を操ることも簡単ですわ」


 ヘルトルーディスはそういって上品に紅茶を飲んだ。


「ほう。エリヒオの屋敷を覗いたのか」

「あんなジジイを覗くわけないですわ!わたしくしは調理場を覗きましたの。

 あの屋敷の料理人は、甘いものを作るのが得意なのです」


 ルードはすこし、いや結構あきれた。


 ──は?こいつ甘い物のために覗いて勘づいたのか!?


「お前は甘い物に目がないなぁ」


 王もすこしあきれていた。


「うふふ。でも、今回覗こうと思ったのは気まぐれですわ。わたくし、勘がいいみたい」


 その瞬間のヘルトルーディスの目に、ルードは悪寒おかんがした。

 まったく感情のこもらない、冷徹な目だったからだ。


 ──こいつ、危険だ。調理場では湯沸かししかしていないはず。布も沸騰させていたか?

 それだけでアロンソのことにたどり着くとは……。頭も切れるな。


「おかげでアロンソを手に入れました。お父様が扱いに困っていたエリヒオも、これからは強く出れないのではなくて?」

「ああ、そうだな。あいつはスラムだの地方だのうるさくて構わない。

 加護を使えば一瞬ですべてが解決するのに……」

「その加護を使わないのはお父様ですわ。あまり出し惜しみされては、民の反発を招きますわよ」


 ケーキを食べ終えたヘルトルーディスが言う。


「たまには使っている。しかし、その後がめんどうだからな」


 王はヘルトルーディスの小言に顔をしかめた。


「そうですわね。……そうだ!お父様、今夜どの聖女がよろしいですか?」

「部屋を出て最初に出会った娘に決まっている」


 王は会話が終わるとさっさと部屋を出ていった。


「ふふふ、単純なお父様」


 ヘルトルーディスはクスクスと笑うと、新しいお菓子に手を伸ばした。

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