筆頭聖女の力
アロンソの部屋に、ヘルトルーディスをはじめとする一団がぞろぞろと入ってくる。
ルードはそれを部屋のすみっこでぼんやりと見ていた。
──病人の部屋に、こんな大勢で来るやつがいるか?
ルードは加護の力で姿を消している。
だからこそ、筆頭聖女の機嫌を損ねるのではないかとドキドキしている聖女のお供や、この屋敷の使用人たちを冷静に観察できた。
「アロンソ、伝えていたとおり聖女がお前に会いにこられた」
エリヒオはアロンソに声をかける。アロンソは体がダルいのか、ゆるく頷いただけだった。
「これで治ってる?まだまだ死にぞこないじゃない!見にきて損した」
ヘルトルーディスは心底がっかりした。
「死の淵をさまよっていた頃よりだいぶ回復しました」
エリヒオが事務的に答える。
「それよりも、コレは何?」
ヘルトルーディスは、アロンソの寝室にぶら下がっている点滴瓶を見つけた。
「これでアロンソの体に、薄い塩水を入れているのです。これを行ってからアロンソは劇的に回復しました」
エリヒオはとても自慢げに答えた。その表情は誇らしげで、さっきの事務的な態度とえらい違いだ。
「はっ?こんなガラクタで?お前本当にそう信じているの?」
「はい。私が助けを
「こんなものを信じるなんてお前はバカね。魔女に払ったお金で、教会に寄付をしたら良かったのに」
「あいにく、魔物討伐で回復の加護を持つものをこちらに回せないと伝えられました」
エリヒオはしょんぼりとした顔で、遠回しに批判する。
「あら、そうなの?まったく……。わたくし以外の加護持ちは使えないわね。
それにお前が魔女に騙されているのも哀れだわ。わたくしの力を見なさい」
そういってヘルトルーディスはアロンソに手をかざした。
白い紋様が寝ているアロンソの体の上に浮かびあがる。そのまま白い光がアロンソを繭のように包んだ。
──俺の加護と動きが似てるな。
ルードはヘルトルーディスの力を見ながらそんなことを考えていた。
──普通に加護を使っているようだ。もしアロンソに危害を加えるなら、軽く反撃する予定だったが……。いやこいつが帰るまで警戒しといたほうがいいな。
ルードが考えている間に、アロンソは包まれていた光から現れた。刺してあった点滴の針は外れている。
「聖女さま?」
アロンソにさっきまでのダルそうな面影はなく、スッキリした顔でヘルトルーディスを見つめている。
「ご加減はどう?」
ヘルトルーディスはにっこりと微笑んだ。知らないものが見れば、まさに聖女の笑みだと思うだろう。
「はい、熱でぼんやりしていたのがなくなりました。それに体が軽い。今まで寝たきりだったのが嘘のようです」
アロンソは感激したようにヘルトルーディスに、感謝を伝えた。
「うふふ。これがわたくしの加護の力よ」
「なんてお礼を申し上げたら良いのか……」
「お礼なんていらないわ。それよりお前の父親が魔女に騙されていたほうが問題ね」
ヘルトルーディスはエリヒオを見た。エリヒオはまたも事務的に礼を述べる。
「聖女よ。息子を治していただき、ありがとうございます」
ヘルトルーディスは気分良さそうにアロンソを見た。
「お前、元気になったのなら騎士団に戻るでしょう?」
「もちろんです!」
アロンソは元気よく答える。
「いいことを思いついた!お前、わたくしの護衛騎士になりなさい」
「な!」
ヘルトルーディスの言葉にエリヒオは声を失った。
「あら?お前の息子は腕が立つと聞いてるわ。わたくしの護衛なんて、騎士の誉れでしょう?」
「そ、そうですが。まだ、病み上がりで……」
「大丈夫よ。わたくしが回復したもの」
良いことを思いついたと言わんばかりのヘルトルーディスに、エリヒオは悪い予感しかしなかった。
姿を消しているルードも頭を抱える。
──まさか取り込むとは思わなかった。エリヒオに対する人質か?
「聖女よ。このご恩は忘れません。訓練で勘を取り戻してから、あなたのご恩に報いる所存です」
「そう。では会える日を楽しみにしているわ。帰るわよ」
そういってヘルトルーディスは、エリヒオの屋敷を後にした。
「アロンソ、お前は本当にそれでいいのか?護衛騎士になると魔物討伐にいけなくなるぞ?」
聖女の一団が帰ったアロンソの部屋で、エリヒオはアロンソに問いかけた。
「父様。俺は今回のことが身に耐えました。それに、ここまで回復させてくれた聖女に報いたいのです」
アロンソはエリヒオの隣に立って、そう答えた。今まで寝たきりだった息子が、支えもなく立ち上がっている。
父親として喜ぶべきところだが、エリヒオは素直に喜べない。
「……そうか……。お前の人生だ。お前の思う通りにやるといい」
「ありがとう。父さん」
「いいところを
執務室へ戻り、ため息を吐くエリヒオにルードは話しかけた。
「まさか回復させるとは思いませんでした。そして護衛騎士になるだなんて」
「この家の情報を得たいのか、あの治療の情報を得たいのか……。なんらかの裏がありそうだ」
「私も同感です。しかし、ヘレン様が昼夜を問わず世話をして、ようやく少しずつ良くなっていたのに……。加護と言うものは残酷だ」
「だから加護って言うんだろ。今後はアロンソがどう感じているのか探ってからだな」
「そこは私の息子です」
「信じてるからこそ、つけこまれるんだよ。俺がやる。お前は日常に戻っていろ」
「まったく、王族はみんな私を名前でお呼びにならない」
エリヒオの言葉に、ルードは気まずい顔をした。
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