1-19 実力


 旧校舎の屋上から周囲を観測していた氷川椿姫は微かな通信魔法の魔力反応を第一校舎の屋上から感知する。

 二階建ての旧校舎に対して、それを見下ろすように聳える5階建ての第一校舎の屋上に魔銃を構えてこちらの様子を観測している狙撃手を発見した。


「こちらカメリア。第一校舎の屋上に狙撃手を確認しました」


「こちらカサブランカ。可能なら狙撃して無力化してください」


「了解。狙撃します」


 アリスから狙撃の指示が入る。椿姫は屋上の貯水タンクの裏から姿を現し、朱色の梓弓を左手に出現させた。


「神器召喚───生弓矢いくゆみや


『生弓矢』───氷川家に伝わる神器の一つであり、古き神が日の本を統べる際に用いた神の武具である。


 旧校舎の屋上は結界で守られており、外側からの観測も攻撃もある程度阻める。それでも、狙撃手に狙われているかもしれない状況で、遮蔽から出るのは怖い。椿姫が相手の隠蔽魔法を見抜けるように、相手だってこっちの結界を見破り、撃ち抜けるかもしれないからだ。


「……大丈夫、大丈夫。お天道様が見ていてくれる」


 椿姫は母から教わったおまじないを唱えて自分を鼓舞する。

 杞憂だったようで、堂々と武器を持って表に出た椿姫に対して相手は何の反応も見せない。こちらを視認、感知できていない。通信魔法で校庭の指令部と話しているようだ。その隙を突くことにした。


 ゆっくりと、手早く、冷静に、右手に錬成した魔力矢を左手の弓へと番える。魔力で編まれた弦を音もなく引く。魔眼が狙撃手へと標準を合わせる。弦と矢が共鳴する様に発光し、魔力を増幅させていく。椿姫は自分に言い聞かせるように、溢れた独り言のような小さな呟きで魔弓の呪文を唱えた。


「───天雲薙岩弓アメノクモナギノイワユミ


 微かな火音と共に、光を纏った矢が天へと放たれる。第一校舎屋上に潜む狙撃手を一瞬で撃ち抜き、光矢は雲を破って上空に消えていった。それはまるで一条の流星が宇宙ソラへと堕ちていくようであった。


 狙撃手は矢が帯びた気絶魔法の作用で気を失い沈黙した。魔力で構築された矢で、目的が気絶のため相手を傷つける魔法ではないが、椿の魔力のコントロールが未熟なためか出力が大きくなりすぎて、狙撃というには派手すぎた。


「こちらカメリア。第一校舎屋上の狙撃手の沈黙を確認。狙撃に成功しました」


 小さく安堵の息を吐く。まだ心臓が大きく鼓動していた。椿姫は自分の未熟さを痛感する。

 とはいえ以前に比べれば大きく成長していた。つい先日まではまともな戦闘魔法を使えなかったというのに、今回は自分でも驚くほどの威力の魔法を使えた。


「やるのう、お主。いい眼をしている」


 椿姫に声をかけたのは、空中にふわふわ浮いている男だった。二十代半ばから三十代前半くらいの男で、ボサボサの長い白髪と鋭い目をしている。胡座を組んで気怠そうに瓢箪に入った酒を飲んでいた。


「ありがとうございます。祇園様のご指導の賜物です」


 この男は優子の契約する神霊の一柱。日本の古い神ということで、椿姫にアドバイスをするため優子が屋上に霊体で召喚した。

 この神のアドバイスで椿姫は強力な戦闘魔法を身につけた。


「気にするな。お主は姉上のお気に入りだから媚を売っただけよ。優子と違ってお主には才能がある。お主の眼なら、優子の正体に気がついておるのだろう?」


「…………」


 返答に困る。椿姫から見て優子は特異な存在だった。この学園の人とはまるで違う。でも椿姫はそれを個性の一つだと思った。自分の眼に映る世界が他人と違うように、人は皆違う。


 ◇


 旧校舎内の戦闘も開始から30分ほど経ち、大詰めを迎えていた。退学同盟側は気絶者数名に対して、機動隊はほぼ壊滅状態。数名の機動隊が校舎内に隠れているようだが、監視符で位置もバレバレのためすぐに敵は全滅するだろう。

 気絶した敵は旧校舎の地下シェルターで拘束している。


「アリス様、敵の増援です。校庭で待機していた残りの約100名を投入してくるようです」


 オペレーターのシオンが冷静に告げる。

 退学同盟の戦力はほぼ万全に近いが、初めての戦闘で魔力と体力だけでなく精神的にも消耗している生徒は多いし、人形や式神といった兵器は確実に数が減っている。先ほど同様に機動隊が物量で攻めてくるなら押し負ける可能性があった。アリスはここでエースとジョーカーを切ることにする。


「アキラちゃんは昇降口に向かってください。昇降口の班は二つ目のバリケードで待機してください。再び敵を迎え撃ちます」


「やっと出番か、待ちくたびれたよ!」


 アキラは張り切って昇降口にスタンバイする。昇降口には他のメンバーはおらず、アキラ一人だ。


「優ちゃんは他三方向全てを面倒みてください」


「了解」


 無理難題を叩きつけられるがやるしかない。勝たないと退学になる。

 ひとまず優子は入り口の大きい渡り廊下の出入り口の班と合流しスタンバイする。



 程なくして再び結界が破られて、機動隊が突入してくる。敵に情報は伝わっていないため、先と同じく、結界で出入り口を封鎖し催眠ガスを使って倒す方針は変わらない。


 昇降口から突入した機動隊員たちを待ち受けていたのはたった一人の少女だった。隊員たちは先に突入した仲間の姿がないことと、目の前に一人だけしかいない敵の姿に困惑する。


「おっほー! すごい、本物だ! 映画みたい!」


「抵抗を止めて投降しなさい!」


 機動隊を見て喜ぶアキラに、隊員は冷静に投降を促す。


「カモン! マイ幻装ファンタギア!」


 アキラの右手に、時計の針を模した透明な硝子の剣が出現した。光の反射で、わずかにその輪郭が認識できる。


 相手が高校生といえど武器を出したため、機動隊は射撃を開始する。それでも相手が子供とあってか射撃は一人が行った。

 

 魔銃から発射された魔酔弾はアキラに命中する寸前に空中で停止して、力なく床に落下した。アキラは落ちた弾丸を機動隊に向けて蹴り返す。

 その弾丸が機動隊の盾にコツンと当たる頃、アキラは既に機動隊の目の前にいた。少女に先ほどまでの陽気な雰囲気はなく、その瞳は限りなく冷静だった。


 自分達が油断していたことを実感した機動隊は即座に思考を本気に切り替えてアキラへと発砲する。しかし弾は当たらない。

 それならばと警棒を取り出して振るうが、身体強化魔法が使えず、少女の剣に容易く弾かれてしまう。

 機動隊のど真ん中に飛び込んだアキラが盾や隊員の体を足場にして縦横無尽に暴れ回る。

 彼女が触れた隊員は魔法を使えなくなり、ただの木偶の坊と化し、天井から吹き出す催眠ガスで眠っていく。

 身に纏った装備がまるで紙切れのように硝子の剣によって切り刻まれて破壊される。ものの1分で20人以上いた機動隊員たちは全員眠りについた。


「こちらグレイゴースト。昇降口の機動隊を無力化しました!」


 冷静な表情のまま明るい声で報告する。圧倒的な力を持っているが、彼女に油断の一切はない。


「お見事です。倒れた機動隊を回収しに救護班を送るのでアキラさんはそのまま昇降口で待機してください」


「おっけー! あれ、他のとこに加勢しに行かなくてもいいの?」


「大丈夫です。他三方向の戦闘も終わりました」


「ひゅー!」


 アキラはヘタクソな口笛を吹いて驚く。消耗しているのにも関わらず1回目よりも早い。優子の活躍だろうと察する。


「バケモンかよ」


 化物じみた力を持つ少女が小さく笑った。

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