1-18 籠城戦


 しかし実際は機動隊は退学同盟によって、罠へと誘導されていたのだ。退学同盟は追い込まれるフリをしていた。


 昇降口から突入した機動隊が下駄箱のバリケードを越えた時だった。先程突破した昇降口の結界が修復されて外へ出られなくなった。

 かと思えば、突如天井のスプリンクラーから白い煙が噴出し視界を遮り始める。


「煙幕!?」


「これは……毒ガスだ!」


「対毒装備を使え!」


 機動隊たちは即座にガスマスク型の対魔法毒装備を使用する。


「毒を防げません!」


 しかし毒ガスは装備の魔法防御をすり抜けて機動隊員たちを襲う。

 その様子を校内に設置した目のお札から確認したアリスは口を手で隠しながらお淑やかに笑った。閉じた瞼の隙間からほんの少しだけ青い瞳が覗いている。

 この毒ガスは降神アリスによって調合された魔法薬だ。彼女は治療魔法以外にも魔法薬の調合に長けており、毒薬も作成できる。スパイの海道から機動隊の用いる装備の情報を聞いたアリスは装備が非対応の毒ガスを作成したのだ。


「装備ではなく自分の防御魔法で毒を防げ!」


 機動隊もエリートとあって即座に対応するが数名の隊員が毒ガスを吸い込み倒れた。この毒ガスは催眠毒なので人を殺すことはないが、対応した解毒薬を投与しない限り明日までぐっすりだ。

 そして、退学同盟のメンバーは事前にアリスから対毒薬を盛られており、この毒ガス地獄の中でも行動できる。再び退学同盟の魔力弾射撃が開始され、逆に機動隊は劣勢になる。

 

 機動隊はガスの届かない場所を求めて移動し始める。結界の出入り口は閉じ、他の隊や外との連絡も妨害されており、完全に孤立状態だ。相手が高校生だからと侮っていたツケを、駒に徹した魔法騎士たちが払うことになった。


「前方、何か接近してきます!」


 対煙幕装備も通用しない視界不良のガスの中、廊下の奥から人の形をしたものが何の躊躇いもなく機動隊に向かってぶつかってきた。


自動人形オートマタだ! 魔弾に切り替えて撃て!」


 魔法防御を破壊することだけを目的とした自動人形の群れが機動隊を襲う。カサノヴァに提供された人形で、その容貌は大きなデッサン人形だが、力が強く俊敏で頑丈だ。この人形に優子の持つ式神を憑依させて、自動で動かしている。

 射撃をある程度受けると人形は破壊されるが、その数は多く、波のように押し寄せ、機動隊を木製の手で殴打していく。


 更に優子の式神札が飛来し天井付近から魔力弾を放って攻撃してくる。威力は低いものの、人形の対応に必死な機動隊は回避できず、身を守っていた防御魔法が次々に砕けた。この瞬間を退学同盟は狙っていた。


「撃ち方始め!!」


 リーダーであるにも関わらず前線に身を置く天空院玲華の号令で、機動隊に気絶魔力弾の掃射が撃ち込まれる。堪らず多くの隊員が気を失ったり、深い眠りに落ちていく。


 この戦術は他三箇所でも同様に行われ、機動隊員たちは続々と戦闘不能になっていった。


 ◇


 旧校舎校庭


 突入から15分ほど経過した。旧校舎前の校庭に設置された機動隊の指令部では、綾小路が内部の機動隊に指示を送っていた。


「そのまま追いつめていけ。相手は所詮子供だ」


「戦況はどうだね、綾小路くん」


「順調ですよ理事長。聞いていた通り劣等生で大したことありません」


 0組を侮り、余裕こく二人。


「ん? 変だな、通信が切れたぞ」


 その時、旧校舎内の機動隊との通信が途絶する。先程まで開いていた旧校舎の出入り口の結界も閉じていた。


「応答したまえ。何があった!?」


 虚しくも返答はない。慢心していた綾小路の頭に良くないことが過ぎる。油断はしているものの彼もエリートで優秀な魔法騎士だ。結界から漏れ出る何かを不気味な魔力を感じ取った。


「どうしたんだね、綾小路くん?」


「どうやら劣等生の中にバケモノが紛れ込んでいたようです」


 相手を舐めてかかったため状況が芳しくないということはわかっていた。だが、中が見えないため次の手を決めかねている。無闇に残りの戦力を投入するわけにはいかない。


「こちら指令部。そちらから旧校舎内の状況は確認できるか?」


 旧校舎の隣にある5階建ての第一校舎の屋上にいる狙撃手に確認を取る。


「結界の影響で確認できません」


 旧校舎には外部から内部の視認を妨げる結界も張られているようだ。高校生の仕業とは思えない用意周到ぶり。彼らは今日退学を知ったのだから朝から昼までの短期間でこれを仕掛けたのだ。それはもう異常の領域だ。


「そのまま続けて屋上から旧校舎を観測しろ」


「了解───なにっ!!?」


 狙撃手との通信も突如途絶えてしまう。旧校舎の屋上から先程まで狙撃手のいた位置を経由して青空に向けて一条の光線が伸びていた。その光線はグングンと伸びていき、遥か上空に浮かぶ魔法学園都市を覆う巨大な結界の半透明な魔法陣に衝突してから消滅した。狙撃手が狙撃されたのだ。


「……通信で居場所を特定されたのか? ありえん」


 隠蔽魔法で姿を消していた魔法騎士団の狙撃手を見つけ出して狙撃するなど最高性能の魔眼を持っていないとできない技術だ。それができる高校生を劣等生とは言わない。


「理事長、彼らは本当に0組なのですか?」


「そうだ、成績の悪いドロップアウトに過ぎん!」


 綾小路は自分の中で納得した。魔法の成績と魔法の強さは別だ。成績の悪い不良ほど喧嘩は強い傾向にあるが、そもそも彼らは劣等生ではない。魔法能力を持つ時点で優れた存在なのだ。彼らはただ大人の定めた都合のいい判定に収まらなかっただけだ。

 そんな、輝きを見つけられずに埋もれ続けるはずだった原石たちを、誰かが砕いて中身を暴いてしまった。

 出てきたのは宝石ではない。化石だ。現代の学校や会社の基準では役に立たないが、原初の世界でこそ輝く『力』だった。

 理事長は能力の低い0組を切り捨てようとした結果、彼らの能力を引き出してしまったのだ。現代では必要とされない、しかし最も価値と意味のある『戦いの魔法』の才能を。

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