31. 超電磁砲

 へ?


 一万倍の飛行魔法は、まるで砲弾のようにベンの身体を吹っ飛ばした。


 ベンの身体はあっという間に音速を超え、ドン! という衝撃波を渋谷の街に放ち、さらに加速しながら一直線にヒュドラを目指す。


 え?


 何が起こったのか分からないベン。目の前では渋谷のビル街が目にもとまらぬ速さで飛びさり、あっという間に醜悪なヒュドラの首たちが目の前に迫った。


 ひっ! ひぃぃぃ!


 ベンは真っ青となり、ギュッと目をつぶった直後、ズン! という衝撃音を放ちながらベンの身体はヒュドラの本体深く突き刺さった。極超音速で突っこんだベンのエネルギーはすさまじく、ヒュドラの身体は大爆発を起こしながら大きな首をボトボトと渋谷の街に振りまいていく。


 それはまるでレールガンだった。極超音速で吹っ飛んでいったベンは一万倍の攻撃力をいかんなく発揮し、ヒュドラの鉄壁な鱗をいとも簡単に突き破って一瞬で勝負をつけたのだった。


「命中! きゃははは!」


 シアンは嬉しそうに腹を抱えて笑い、ベネデッタは唖然としてただ渋谷の街に振りまかれていくヒュドラの肉片の雨を眺めていた。



        ◇



「ま、まさか……、そんな……」


 爆散していくヒュドラを見ながら、中年男は口をポカンと開けて力なくつぶやいた。


 ヒュドラは男の自信作だった。九つの首から放つ毒霧やファイヤーブレスの攻撃力は何万人も簡単に殺せるはずだったし、圧倒的な防御力を誇る完璧な鱗は自衛隊の砲弾にすら余裕で耐えられる性能だった。それは芸術品とも呼べる出来栄えなのだ。それが何もできずに瞬殺されるなどまさに想定外。男はガックリしながら飛び散っていく肉片をただ茫然と眺めていた。


「チクショウ!」


 男はそう叫ぶと画面をパシパシ叩き、ベン達の行動をリプレイさせる。そして、血走った目でベンが怪しい動きをしたのを見つける。


「この金属ベルトのガジェット……、これは」


 ベンの異常なパワーがガジェットにあることに気が付いた男は、ガジェットのデータを特殊なツールで解析し、指先でアゴを撫でながら画面を食い入るように見つめた。


 そしてニヤリと笑うと、


「これならコピーできるぞ。魔王め、変なガジェット作りやがって! 目にもの見せてくれるわ!」


 そう言って、ガジェットの大量生産を部下に指示したのだった。



        ◇



「ちょっと、いい加減にしてくださいよ!」


 恵比寿の焼き肉屋で、シアンを前にベンは青筋たてて怒っていた。


 シアンは耳に指を差し込み、おどけた表情で聞こえないふりをしている。参加している日本のスタッフたちもシアンのいたずらには慣れっこなのだろうか、誰も気にも留めず、別の話題で盛り上がっている。


「まぁまぁ、百億円もらえるんだろ? いい話じゃないか」


 魔王はベンの肩をポンポンと叩き、苦笑いしながらなだめた。


「人のこと砲弾にしてるんですよこの人! 人権蹂躙ですよ!」


 憤懣ふんまんやるかたないベンは叫んだ。


「大体ですよ、僕の名前が『ベン』って何ですか? 誰ですかこれつけたの? 悪意を感じますよ」


 ベンはバンバン! とテーブルを叩いて抗議した。


「名前は……、シアン様が……」


 魔王は渋い顔して、そう言いながらシアンを見た。


「やっぱりあんたか! 女神なんだからもっと慈愛をこめたネーミングにすべきじゃないんですか? 何ですか『ベン』って『便』じゃないですか!」


 ベンは真っ赤になりながらシアンを指さして、日ごろのうっ憤をぶつけるように怒った。


 だが、シアンは口に手を当て、嬉しそうにくすくすと笑うばかりである。ベンは奥歯をギリギリと鳴らした。


「失礼しまーす! 松坂牛のトモサンカク、二十人前お持ちしましたー!」


 店員がガラガラっと個室のドアを開けて叫び、たっぷりとサシの入った霜降り肉が山盛りの大皿をドン! と、置いた。


「キタ――――!」


 絶叫するシアン。


「あ、ちょ、ちょっと、まだ話し終わってないですよ!」


 ベンは抗議するが、みんなもう肉のとりこになって一斉に取り合いが始まってしまう。


「ちょっと! 取りすぎですよ!」「そうですよ一人二枚ですからね!」「こんなのは早い者勝ちなのだ! ウシシシ」「ダメ――――!」


 もはや誰もベンの言うことなど聞いていない。ベンは大きく息をつくと、肩をすくめ、首を振った。


「ベン君、取っておきましたわよ」


 ベネデッタはニコッと笑ってベンを見る。


 ベンは苦笑いをするとトモサンカクを金網に並べ、ため息をついた。


 まるで幼稚園児のようなシアンの奔放ぶりには、ホトホトうんざりさせられる。ベネデッタのこの優しい笑顔が無ければ、暴れてもおかしくなかった。


 ジューっといい音を立て、茶色に変わっていくトモサンカク。


 ベンはまだレアなピンクの残る肉をタレにつけ、一気にほお張る。


 うほぉ……。


 甘く芳醇な肉汁が口の中にジュワッと広がり、舌の上で柔らかな肉が溶けていく。


 くはぁ……。


 ベンは久しぶりに口にした和牛の甘味に脳髄がしびれていくのを感じた。


 これだよ、これ……。


 しばらくベンは目をつぶって余韻を楽しむ。


 百億円あったらこれが好きなだけ食べられる。なんという夢の暮らしだろうか。シアンには怒りしかないが、それでも百億円と天秤にかけたら安いものかもしれない。 


 ベンは気を取り直して二枚目に手を伸ばした。



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