第2話

濡れた埃の匂い。

傘を持つ指先を濡らす水滴。

どこもかしこも同じ音を鳴らす雨。

その中を白い息吐いて歩く制服姿の少女。


これが、少女にとっての日常であった。




·····

ぱたっ


琴はメモ帳を閉じた。


あの日から希咲は学校へは来ていない。


噂によれば、希咲はあれ以前にも小芝から嫌がらせを受けていたようだ。


琴の胸には後悔という名の糸が縫い付けられようとしていた。


どうして気が付かなかったのか。

この小説は、希咲自身について書かれているのではないか。


あの後、希咲は担任を通して琴にメモ帳を渡してきた。


「おこと、私はいるからね、読み終わったら家に来てください。歓迎します。希咲」


という付箋が貼られていた。


メモ帳·····


いや、白い革手帳と言うべきか。


希咲はその小さな冊子に1日1ページ書き綴り、琴はそれを1日1ページ読んで行った。


希咲の家に行っても、合わせてはくれなかった。


希咲の姉の瑞季が「今日もありがとう、おことちゃん」


と言って白い革手帳を渡すだけだった。


これに一体なんの意味があるのか。


琴には到底理解できなかった。


しかし、クヨクヨしていても、仕方がない。


いや、本当は仕方があるのかもしれないが、琴にはそう思う勇気がなかった。


だが、琴にはある使命があると思った。






·····

少女は図書館に向かっていた。

少女は勉強は得意では無いが、読書は好きだった。

また、雨の空気も好み、愛していた。

そのため、少女は雨の日に図書館へ来ることを日常にしていた。

こつこつこつ

ローファーでなる足音に少女は満足しているようだった。

図書館は大きかった。

古い棟と新しい棟があった。

古い棟にはほとんど人はいなかった。


美しく、若い女性の司書と、図書館の端に座っている、同じく綺麗な、若い男子がいた。

少女はこの男子に恋していた。

だが、口にすることは到底できなかった。

少女は司書にも、男子にも近い席に座った。

司書がこちらを向き、会釈した。

男子とは何もしなかった。

少女は図書館の2階を見上げた。

この図書館は外から見ると円柱に見える。

中は、吹き抜けの3階建てだ。

少女は普段1階で勉強してから2階で読書をする。

今日は放課後に来たため、あまり時間は無い。

時間が無い。






「はぁあっ、意味わかんないシーーーー」


希咲が学校を休んで1週間。

手帳交換3日目。


交換というのは、琴が毎回、希咲の手帳の端にコメントを書いてから返すからだ。


ちなみに、琴が書いたコメントは


「これからもっと面白くなりそう」

とか

「すごい!文才があるね!」

だった。



しかし、3日続けたが、希咲の魂胆は分からなかった。


確かに悪くない文章ではあるが、毎回更新内容が少なすぎて、小説特有のあのドキドキがないのだ。


だから、余計琴は分からなくなっていた。


机に伏せる琴の耳に、ある声が届いた。


「おこと、大丈夫そ?」


字だけ見れば、優しそうに心配しているように思えるけど。


だけど。


「え…無視?」


ザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワ


「えええ?無視?ヤバくない」


ザワザワザワザワザワザワ


「それな、おこと、人の気持ちを考えようね」


ザワザワザワザワザワザワ


「ま、そんなことどうでもいいんだけど。」


ザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワ


如月光(きさらぎ みつ)。


周囲に取り巻きを作り、自らを固める。


こいつの思う通りにならないと、このように残酷な目にあう。


私はただ、3秒くらい返事に遅れただけなのに。


希咲もおそらくあの日、こいつの目に耐えられなくなったんだろう。


全く、希咲の小説を読んであの少女を見習って欲しいわ。


それと、特にこれは琴に対しての特定的ないじめではなく、クラス誰でも起こりうるようなものなのだ。


それは取り巻きにも及ぶ定期的な嫌がらせである。


「おい、光、もう酷いこと言わない約束だろ。」


建は相変わらず正義感が強い。


「ええーーーっ、だってぇ、おことがぁー」


この甘えぶり。

建の彼女にしかできない。


そう、光は建の彼女であった。


だから建がどんなにモテていても、誰も口出しできない。


建本人でさえ、光には逆らえないのだ。


「あはは、わかったよ、光。」


苦笑を口にした建。

機嫌を治した光。


前の下りがなければ、この2人、本当に絵になるのにな。


琴は気まづくなったのでこの2人から目を逸らした。


そうしたらある男の子と目が合った。


白鳥剛(しらとり ごう)。

物静か…と言ったら聞こえがいいけど、実際ただの陰キャ。


琴のスクールカーストは二軍ぐらい。

ちなみに一軍はもちろん光たち。


剛は4軍レベルだった。


隣の席に来た時は運の尽きと思ったが、読書好きの琴とは案外気があって、光の目を盗んではお気に入りの本を紹介しあっていた。


「大丈夫か?」


生意気にも、気にかけてくる。


それが今は頭にくる。


「大丈夫だってば。」


その瞬間。


琴はあることが閃いた。



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放課後の教室 五条理々 @riri_gojo

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