6月(その3)

   

 もしかしたら五月下旬かもしれないが、はっきり覚えていないので六月の出来事として書いておく。

 庭で犬と遊んでいたら噛まれて、手のひらから血が出たことがあった。

 

 全くしつけていないせいもあって噛み癖のある犬なのだが、いつもは犬の方で加減しているらしい。それまでは「血が出る」というほど激しい噛み方ではなく、初めてだったので驚いた。

 おそらく犬としても、怪我をさせる意図はなかったはず。たまたま少し血管が浮いている箇所だったので、思った以上にグサッとなったのだろう。


 父は当時、噛まれるのが嫌で軍手で接するようにしており、私もそれから少しの間、素手で触らないようにしたが……。

 むしろ素手の方が、犬はいっそう加減して、弱く噛むようだ。洋服や手袋などの布地越しだと「保護されている」と本能的にわかるらしく、その分だけ強く噛んでしまう。むしろ噛まれた痕跡が残る場合も増えていった。

 素手の場合でも、こちらが避けるつもりでサッと引く際、手や腕に引っ掻き傷のようにして傷跡が残ることがある。

 そんなわけで、私の腕は一時期、傷だらけになったが……。その後、いつのまにか傷なんて全くつかなくなった。とはいえ、子犬の噛み癖そのものは消えていないので、おそらく最初の頃以上に「加減」を覚えたのだと思う。これも犬の成長に思えて、なんだが嬉しかった。


 なお、父は私ほど噛まれない。私ではなく父こそが正式な飼い主だと犬の方でも認識しているせいだろうか。あるいは、父は私と違って叱るせいかもしれない。

 獣医さんには「犬をしつける際、絶対に叱ってはダメ」と言われている。「叱ることでやめさせると、叱らない人にはやってしまうから」という理由だそうだ。

 だから私は叱らないようにしている。例えば噛むことに関しても、もしも私と父が犬を叱って噛まれなくなった場合、外でその分ほかの人を噛むようになるかもしれない、と心配だからだ。

 我が家で私がよく噛まれる理由の一つが「父は叱るから噛まないようにして、その分私の方だけ噛む」だとしたら、それこそ獣医さんの言っていた「叱らない人にはやってしまう」の事例ではないか。


 なお犬が噛むといっても、先ほど「加減している」という話をしたように、いわゆる甘噛みだ。本気でガブッとやっているわけではない。

 犬が本気で噛んだらどれほど凄いかというと……。

 ある時、玄関に緑色の布の塊が落ちていて、よく見たら、おもちゃとして犬に与えているぬいぐるみの腕の部分だった。

 これくらい簡単に噛みちぎってしまうのが、本気の噛む力なのだ。ならば普段は、よほど加減して噛んでいるに違いない。

   

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