第41話:ミッションはコンプリートした〈本編最終話〉

「私はキミがこの世で一番憎らしい。なぜならキミは私にとって最も大切なモノを盗んだからだ。それは私の恋心だよ……新介しんすけ

「え……?」


 そこ、十坂とおさかって言うところ。


 告白のセリフで突然自分の名を呼ばれて、ドキリとした。

 思わず仁志名の美しい顔を凝視してしまう。


 え? え? え?

 言い間違えて俺の名前を呼んだんだよなっ?


 ちょっと待ってくれ。顔が熱い。

 俺の名前であんなことを言われるなんて、照れるって言うか嬉しいって言うか、あはははっ。


 ……いやいや、なに喜んでんだよ。

 単なる言い間違いなのに。


「ほらっ、arata君もセリフっ! 早く早く!!」


 ──うわ、そうだ! 俺のセリフ、セリフ!


「そそ、それは心外だ。お前こそ、俺の心を奪った憎らしい……いや、この世で一番素敵な女性だよ、柚々ゆゆ


 うわ、しまった!

 ボーっとしてたし天国さんに急かされたから、喰衣って言うところを、つい仁志名の名前を言ってしまった!


 確かに無意識だったけど、仁志名を好きな気持ちがつい表われたのかもしれない。


 仁志名はびっくりした顔をしている。

 いや、今の絶対にキモかったよな。


 引かれてたらどうしよう……。


「はい、カーットぉぉ!」


 天国さんの声が響いた。


「ご、ごめん仁志名」

「な、なにが?」

「いや、柚々ゆゆって呼んじゃったこと」


 仁志名は顔を真っ赤にして俯いてる。


「いや、いいよ。あたしだって……間違えて新介って呼んじゃったし。あ、マジでボーっとして間違えたんだよっ!」


 ──あ、やっぱり言い間違えたのか。


 失敗したのが恥ずかしくて顔が赤いんだな。


「お、俺は大丈夫。仁志名に下の名前呼びされて、なんか新鮮だったし」

「そ? 良かったぁー。じゃ、これからも名前呼びしよっかなー」


 ──え? そう来る?


「あ、ああ。まあいいけど」

「ほらほら二人とも、こっちきて! よく撮れてるよ!」


 天国あまくにさんが手招きしてる。

 仁志名と二人で近くに寄って、タブレットを覗き込んだ。


 影峰喰衣姿の仁志名と十坂の格好の俺。

 向かい合って立ち、見つめ合ってる。


 なにこれカッケェ〜!

 それに、本物の恋人同士みたいだ……。


 あ、うわ、なんてことを考えるんだよ俺。

 慌てて周りを見回した。


 天国さんもはるるも感心して、ため息を漏らしてる。


「うん、すっごくいいね! 本物の恋人同士みたいだ」

「ですよねー! 二人ともキラキラ輝いて見える!」


 あ、他の人にもそう見えるのか。

 キモい妄想じゃなくてよかった。

 これはコスプレ効果だな。


「うーむ……」


 唯一くるるだけは難しい顔して唸ってる。

 きっと、こんなのはまだまだだって思ってるんだろう。なかなか厳しい目線をお持ちのようで……。


「さあ、いよいよ動画の公開!」

「は? どういうことですか天国さん」

「カメラの動画モードで撮ったんだよ」

「……は?」


 タブレットの画面で、天国さんが再生ボタンを押した。


 うわ、やめてっ!

 止めてくれっ!


 さっきのセリフを再生されるなんて恥ずすぎるっ!

 穴があったら入りたいっ!


 そんな俺の願いも虚しく、無情にもタブレットから声が響いた。


『私はキミがこの世で一番憎らしい。なぜならキミは私にとって最も大切なモノを盗んだからだ。それは私の恋心だよ……新介しんすけ


『そそ、それは心外だ。お前こそ、俺の心を奪った憎らしい……いや、この世で一番素敵な女性だよ、柚々ゆゆ


「おおーっ、いいねいいね!」

「うんうん! いいよゆずゆずと日賀君、サイコーっ!」


 天国さんとはるるが大盛り上がり。

 だけど俺は恥ずかしすぎて、もう何もリアクションできない。


 仁志名と言えば──


 真っ赤な顔でニヘラと笑ってる。


 嬉しそうに見えなくもないけど……。

 言い間違いがあまりに恥ずかしすぎて、壊れてしまったんじゃないか。


 そう思った。


「じゃ、じゃあ次は私とarata様のラブシーンで!」


 くるるが突然そう言った。


「こらこら、くるるっ! DALには、陰陽寺おんみょうじ歌憐かれん十坂とおさか九堂くどうのラブシーンなんてないからっ!」

捏造ねつぞう……すればいいよね?」

「ダメでしょっ!」

「えぇぇ……グス……」

「まあまあ、くるる。また今度の機会ってことでどう? ねえarata君」


 はるるに叱られて落ち込むくるるを慰める天国さん。優しいな。


「あ、そうですね」

「じゃあ、それで……いい」

「あはは、大忙しだねarata君」


 天国さんが場を治めてくれたおかげで、変な空気にならずに済んだ。

 ──と思ったら。


「ああーっ!!」


 突然仁志名が大声を上げた。

 なんだ? どうした?


「どうしたのゆずゆずっ?」

「はるるっ! これ見てーっ!」

「え? ……うっわ、すごいっ!!」


 仁志名が見せたスマホの画面をはるるが覗きこんで叫んだ。


「ん? どうしたの?」

「ほら、てんごくさん、これっ!」

「うわわ、ホントだね、すごいっっっ!」


 天国さんまで。

 いったいどうしたんだ?


「ほら、日賀っぴ!」

「うっわ、うっわ、うっわ! すっげぇーっっっ!」


 仁志名に見せられたスマホの画面を見て、俺まで叫んでしまった。

 

 コンテストサイトの投票状況。

 まだ締め切りまで何日かあるから、あくまで暫定順位なんだけど。


「仁志名のコスプレが激伸びして、現在1位になってる!」

「うんっ!!」


 すっごいな。

 このまま行けば、最終1位も可能だ。


「このまま1位を獲れたらいいな」

「うん、そだねっ!」

「やったじゃんゆずゆず! おめでとうっっっ!」

「ありがとーはるる!」

「凄すぎるよゆずゆず! おめでとう!」

「てんごくさん、ありがと!!」

「それは偉業。素晴らしい。祝福だ」

「くるるもサンキュ!」


 コスプレイヤー達にに囲まれ、祝福されて、すごく嬉しそうな仁志名。

 みんなでワイキャイやってる姿を眺めていた。


 喰衣の衣装を完璧に仕上げたことで、完コスという目標は既に達成した。

 これで、もしも本当に1位を獲れたら仁志名の夢が叶う。


 そして、好きなことを語り合える仲間も得た。


 ──つまり。


 これで今度こそ本当に、俺の役割はすべて終わったな。ミッションコンプリートだ。


 よかった。仁志名の望みを全部叶えることができてホッとした。


「どれもこれもぜーんぶ新介のおかげだよっ!」


 みんなの輪の中から仁志名が俺を見た。

 ほかの三人も振り向いて俺を向く。

 美人4人にじっと見られるのは照れる。


「いやいや、仁志名がすごいんだよ」

「ううん。今までマジありがとーね!」

「あ……うん」


 今までありがとう……か。

 そうだよな。


 仁志名と俺は、カーストトップの陽キャとコミュ障のオタク。

 元々接点はないし、違う世界の住民だ。


 俺のミッションが完了した今、これ以上一緒にいる意味はない。明日からは、仁志名とはきっと疎遠になる。


 うん、そうだよな。

 仁志名が俺と一緒にいる意味は……ない。

 だから仕方ない。


 俺の方こそ言いたい。

 今まで楽しい日々をありがとう、と。


「俺もミッションを果たせてホッとしてるよ」


 ──いやだ。


「まあ、これで俺が仁志名のコスプレを手伝うのも……」


 ──俺は、これからも、仁志名と一緒にいたい。


「これで終わりかな」


 ──俺は、仁志名が、好きだ。大好きだ。


 彼女の顔を見るのが辛くて、地面を見つめながら話をしていた。


「なあ、仁志名……あれっ?」


 ふと顔を上げたら仁志名がいない。

 どこ行った?


 ──と思った瞬間。横から袖口をくいくいと引っ張られた。

 横を見ると、いつの間にかすぐ近くに仁志名が立っていた。


 綺麗な茶色の髪。

 まつ毛の長いぱっちりした大きな目。

 通った鼻筋。


 いつも通り、とても綺麗だ。


「あのさ新介。あたし、まだまだやりたいコスは他にも山ほどあるんだけど?」


「え?」


「勝手に終わりにしないでほしいんですけど?」

「あ、いや……」

「だから、これからもあたしと一緒にいてくれないかな?」

「えっと……」


 もちろん俺も仁志名と一緒にいたい。

 だけど他のレイヤーさん達が見守るこの状況で、『一緒にいたい』なんてはっきり言うのは恥ずかしい。


 そんな戸惑いで少しの間、無言になった俺を見て、仁志名はすっと顔近づけてきた。

 俺の耳元に仁志名の唇が寄る。

 吐息が耳たぶにかかってドキリとした。


「あたし、これからもずーっと、新介と一緒にいたいなぁー。だってキミは私にとって最も大切なモノを盗んだんだよ。それはあたしの恋心だよ……新介しんすけ


 ──え?


 それって影峰喰衣のセリフ?

 それとも仁志名自身の気持ち?

 どっちだ?


 戸惑っていたら、仁志名は更に言葉を繋いだ。





「大好きだよ、新介」




 耳元でぼそりと響くこの世で最も甘い言葉。

 こんなセリフは喰衣のセリフにはない。

 つまりそれは、仁志名自身の気持ち。


 今までの人生で、最大に心臓の鼓動が跳ねた。

 

 仁志名の顔を見た。

 じっと俺を見つめる想いのこもった目。


「お前こそ、俺の心を奪った、この世で一番素敵な女性だよ、柚々ゆゆ


 周りの人に聞かれたら、とか。

 もう、そんなことは頭から飛んでしまってた。


「だから他のコスも一緒にやろう」

「やった! ありがと新介! これからもよろっ!」


 満面の笑みで背筋を伸ばして、シュタっと敬礼する仁志名。

 そんな姿は今まで見てきた彼女以上に、めちゃくちゃ可愛い。キラキラと輝いて見えた。


「あ、私の写真も撮ってほしい」

「こらこらくるる! なに便乗してんの?」

「だってはるる。さっきarata様は、今度また撮ってくれるって言った」

「大丈夫だ。撮るから」

「やった」

「んもうっ、くるるったら。ちゃっかりしてるんだからっ!」


 はるるの言葉にみんなが大爆笑した。

 うん、いいなこの雰囲気。

 やっぱり楽しい。


 そう思って仁志名を見た。


 仁志名にしな柚々ゆゆは俺と目が合って、ニヒと可愛く笑う。そしてウィンクして言った。


「よろぴく新介」

「あ、う……」


 そのあまりにも可愛い姿に、俺はまたまた心臓を撃ち抜かれた。

 これは、命がいくつあっても足りないかも。


 そう思った。


=========

次回、エピローグです。

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