第40話:俺がコスをする?

 俺が十坂とおさかのコスをする?

 仁志名が天国あまくにさんに衣装を頼んだって?


 いやいやいやっ!


 十坂は超イケメンだぞ。俺に似合うはずがない。

 いやそれ以前に俺がコスプレなんて、恥ずかしすぎてできない!


「俺に十坂コスなんて似合わないよ」

「そんなことないって! だいじょーぶ、似合う!」

「いやいや、上手く俺を乗せようと思ってるだろ?」


 こんなの仁志名の悪戯心以外のなにものでもない。


「そんなことないさ。arata君、案外似合うと思うよ」

「天国さんまで、そんなこと言って……」

「うん、日賀君のコス、私も見てみたーい!」

「わ、私もだ。arata様のコス、きっと素敵……」


 はるるやくるるまで……。


「この前キミ達がバイトに来た時にさ、ゆずゆずと二人で、今度arata君にコスさせようって盛り上がったんたよ」

「うわ天国あまくにさん! あなたが首謀者でしたか」

「そうそう。arata君がやってくれなきゃ、主人公のいない合わせになっちゃうよ。だからよろしく!」


 うぐぐ……。


「ね、日賀っぴ。一緒にコスして写真撮ろーよっ! お願いっ!」


 うわ……。


 その顔は反則だよ仁志名。

 いつもはあっけらかんと明るくサバサバしてるのに、今のその甘えた表情はなんだよ。


 しかも両手を後ろ手に組んで肩を揺らしてる。それは甘えん坊さんのポーズ。


 あまりに可愛くて拒否できない。


「わかった。そうしよう」


 こうしてザコな俺はあっという間に陥落し、とうとうコスプレをすることになってしまったのであった。とほほ。


***


「できた! おおっ、なかなかいいよ!」


 更衣室で着替えた後、天国あまくにさんがメイクをしてくれた。


 天国さんが貸してくれた手鏡を覗き込む。


 ──誰だこれ?


 鏡の中にいる男は眉毛がキリリとして、通った鼻筋に精悍せいかんあごのライン。

 やっぱメイクってすごいな。

 俺の顔がそれなりに見える。


 しかも衣装も派手な感じのスーツスタイル。

 おおっ、まるごと十坂とおさか九堂くどうだ。

 それなりにカッコよく見える。


 うん、馬子にも衣裳とはよく言ったもんだ。

 ……いや自分で言うな!


「じゃあarata君、みんなの所に行こうか」

「あ、はい」


 みんなにこの姿を見られるのはやっぱり恥ずかしいな。

 全然似合わないとか言って笑われたらどうしよう。


 そんな心配をしながら三人が待つ場所に戻った。


「おおーっ、日賀っぴ! いいっ! いいよっっ!」

「ホントだ! カッコいいよ日賀君!」

「ふわぁ……arata様、素晴らしい……」


 良かった……お世辞かもしれないけど、みんな褒めてくれた。


 そしていよいよ合わせ撮影を始める。

 まずは女性陣4人の合わせを俺が撮影した。


 その次は俺も加わって、今度は天国あまくにさんが撮影してくれた。

 みんなでポーズを決め、心地いいシャッター音が鳴る。


 なにこれ。楽しい。


 ひと通り撮り終え、みんなでタブレットで写真を確認した。


 ──おおーっ……すげえ!


 4人のレイヤーによる合わせ写真は、さすがに迫力がある。

 みんなカッコいい。


 そして俺も──メイクのおかげで、なかなか決まってるじゃん。

 ちょっと驚いた。


「うん、いいね! よし、次はゆずゆずとarata君のペア写真ね」

「……へ? ペア写真って?」

「だから、ゆずゆずとarata君が二人の写真を撮るの! ほら、早く!」

「あ、はい……」


 天国さんの勢いに押されて、仁志名と一緒に前に出てしまった。

 みんなの見ている前で二人で写真を撮るなんてヤバい。

 みんな一緒に撮った時よりも、何倍も緊張する。


「日賀っぴ、よろ!」

「あ、ああ。よろ」


 仕方ない。頑張ろう。

 仁志名に笑いかけられて覚悟を決めた。


 二人並んでカメラに向かいポーズを取る。

 横にいる仁志名についつい目線が行ってしまう。


 アニメを完璧に再現した衣装。

 メリハリの効いたプロポーション。

 シリアスでダークな表情。


 そして、震えるほど美しい顔。


 ──あ、仁志名と目が合った。


 やべ、チラチラ見てたのがバレた。


「お、二人ともいいね! はいarata君、もっとこっちに目線をちょうだい!」

「あ、はい」


 ポーズを決めながら、何枚か写真を撮ってもらった。


 仁志名のポーズは決まってるのに、俺のポーズはダサダサだ。情け無い……。


「いや、初めてにしてはイケてるよarata君!」


 ファインダーを覗きながら、天国さんが言ってくれる。

 ありがたい。

 いやまあ、俺を乗せるためのお世辞か。


「よし、じゃあ次は、あの名場面の再現をしよう!」

「え? あの名場面って?」


 天国さんがニヤリと笑った。


「あの名場面って言ったら、影峰かげみね喰衣くらい十坂とおさかに、恋に落ちた告白をするシーンに決まってるでしょ!」

「は?」

「ほわぅぇぉっ……」


 横で仁志名が、なんか変な声を出した。


「いや、それはダメだよ天国さん。仁志名が嫌がってる……」

「いーよ日賀っぴ! せせ、せっかくだからさっ。やってみよーよ」

「ホントにいいのか?」


 さっき変な声を出してたよな。

 嫌がってたんじゃないのか?


「うん。キャラになりきる! それがコスプレの醍醐味だしさーっ!」


 うわ、なんかやる気満々だな。

 そっか、さすが仁志名だ。完コスに対する情熱が半端ない。


 確かに喰衣くらいの告白シーンは、数あるDALの名場面の中でもイチ推しである。

 それを再現するのは、ファンとしてはもちろんやってみたい。


「わかった。じゃあやってみよう」


 俺と仁志名が向かい合って立った。

 ここで喰衣が十坂に告白するのだ。


 喰衣姿の仁志名が、俺の目を見つめる。

 その美しさに、それだけでドキドキする。


「がんばれゆずゆず! ほら、セリフっ!」

「何言ってんすか天国さん。写真撮るだけなんだから、セリフは必要ないでしょ」

「arata君こそなに言ってんの。ちゃんと演技をしてセリフを言ってこそ、迫真の演技になるのよ。コスプレを舐めちゃダメだよ!」

「はい……ごめんなさい」


 怒られた。

 そっか。そこまでこだわってこそのコスプレなのか。俺はまだまだ甘かった。


 目の前で仁志名が深呼吸をしている。

 コイツもこだわりの強い性格だ。より迫真に迫った演技をしようとしてるんだな。


 よし、俺も真剣にやるぞ。

 そう思って表情を引き締める。


 目の前では仁志名が小さく「よしっ」と呟いた。

 そしてポーズを取り、真顔でセリフを語り始めた。


「私はキミがこの世で一番憎らしい。なぜならキミは私にとって最も大切なモノを盗んだからだ。それは私の恋心だよ……新介しんすけ

「え……?」


 そこ、十坂とおさかって言うところ。

 告白のセリフで突然自分の名を呼ばれて、ドキリとした。

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