第38話:母は歓迎する

 どうやら母は、今日は勤務先の都合でいつもより早帰りらしい。

 前から言ってあったと言うが、そんなの全然覚えていない。


 でもそんなことは、今はどうでもいい。

 とにかく今ピンチだということには変わりないのだから。


 母は部屋の中を覗き込んだ。


 俺の部屋の中には、茶髪のギャルがだらしない格好で寝転んでいるんだ。母は思い切り不審がるに違いない。


 くそっ、めんどくせぇ。


「あら、お友達?」


 母が俺の後方に目をやって、嬉しそうに微笑んだ。


 俺の後ろには、脱力して寝転んだ仁志名の姿が──


 と思って振り返ったら、彼女はちゃんとそこに立って微笑んでいた。

 態勢を整えるのが、間一髪間に合ったんだ。助かった。


「はじめましてっっ! あたし、仁志名にしな柚々ゆゆ! 新介さんにはいっつもお世話になってまぁーす!」

「うわあ、もしかしてあなたがコスプレをしてるお友達?」


 おい母よ。ずかずか俺の部屋に入って来ないでくれ。

 仁志名の顔を間近で興味津々に見るのはやめてくれ。


「あ、はいっっっ! そーですぅ!」

「そうなのね。こんなに可愛いお嬢さんだったんだ。いらっしゃーい!」


 母は満面の笑みで仁志名に歓迎の気持ちを表した。

 それから突然俺を見た。


「ふぅーん……小太りの男子……」


 あの……お母さま。

 ニヤニヤしながらジト目で睨むのを、やめてもらっていいでしょうか。


 コスプレしてる友達は小太りの男だなんて以前嘘をついてすみませんもう嘘は言いません許してください。


「え? なんですか、小太りの男子って?」

「あ、いやいやっ、母さん! ほら、わけのわからないこと言ってないでさ! 仁志名も初対面で緊張してるから、そろそろ下の部屋に行ってよ」


 母の背中を押して、扉から廊下へ追い立てる。


「はいはい。お菓子を持ってまた来るからねー」

「もう来なくていいから。ずーっと下の部屋でこもっててくれ」

「ウチの息子がこんなこと言うんだけど? 柚々ちゃん、どう思う? 私、また来てもいいよねぇー?」

「もっちろん!」

「はい、柚々ちゃんのお墨付きをいただきましたぁー!」

「んもう、母さん! しょーもないこと言ってないで、それなら早くお菓子取りに行けよ」

「わかったわかった」


 母はずっとニヤニヤしたまんま、階下へ降りて行った。

 嵐が去って、室内が急に静かになる。


「すまんな仁志名。あんなバカな母親で」

「あははーっ、そんなことないよっ! ちょー楽しいママじゃん!」

「そっかな」


 否定的に言ってはみたものの。

 ギャルな見た目の仁志名に会っても、母はいばかしげな目をすることもなく、大歓迎してくれた。


 そう言えば、ウィッグのスタイリングの時も変に否定するんじゃなくて、ノリノリで手伝ってくれたし。

 そもそも息子が美少女フィギュアを収集したり写真を撮っていても、文句ひとつ言わない親だ。

 仁志名に返すお金を借りられたのも、母が父を説得してくれたんだ。


 もしかしたら、俺って母親に恵まれてるのかも。


「ほら、日賀っぴ。 見てっ!」


 考えごとをしている間に、仁志名がカバンから喰衣くらいのコスを取り出していた。

 天国さんのアドバイスを元に、家で何時間もかけて制作したらしい。


 手に取ってじっくり見てみる。


「これは……ちゃんと綺麗に装飾ができてる! めちゃいいじゃん! カッコいいよ!!」

「でしょでしょっ!」


 得意げにニンマリ笑う仁志名。

 まるで子供みたいに無邪気な笑顔が、いつにも増して可愛い。


「これならコンテストで優勝できるかなっ!?」

「ゆ、優勝?」

「うん、そっ!!」


 仁志名のコスのクオリティからすると、もしかしたら入賞はできるかもって希望を抱いていた。

 だけどまさか優勝を狙ってるなんて。


「去年の優勝者のコスプレ写真見ただろ? 圧倒的なクオリティだったぞ。いくらなんでも優勝は……」

「優勝したいっ!」


 返事早っ!

 優勝したいオーラが身体中からあふれ出してる。


 普通に考えたら優勝なんてとんでもない目標だと思うけど。

 あ~あ。俺、仁志名のこういう態度に弱いんだよなぁ。


 コイツがやりたくてしょうがないことは、つい応援したくなる。


「わかった。優勝を目指そう。俺も全力を尽くすよ」

「やったぁ! さすが日賀っぴ! だいっ……」

「だい?」

「あ、いやいやっ、日賀っぴだいみょー、頼りにしてまっす!」

「日賀っぴ大名ってなんだよ。変なの。あはは」

「あはは。おっかしいねー!」


 日賀っぴ大名か。

 相変わらず仁志名って、言葉のチョイスが面白いな。


 そんなバカ話をしていたら、母がコーヒーとスフレケーキを持って来た。


「うっわ、おいしそー! 日賀っぴママ、ありがとー!」

「どうぞ召し上がってくださいな。これはウチの新介を面倒見てもらうための袖の下だから。これからもよろしくね柚々ちゃん」

「そでのした……?」

「ほら。時代劇で悪代官がお殿様に渡す賄賂よ」

「ああ、だいみょーがもらうヤツだね!」

「そうそう! 大名がもらうヤツだよ柚々ちゃん」

「りょーかいっ! あたし日賀っぴママに買収されましたっ!」

「よしっ! じゃあこれからも新介をよろしく!」


 まったくわけのわからん会話だが。

 何やらウチの母と仁志名は気が合うようですね。


 それからしばらくの間、二人はめっちゃ楽しそうに盛り上がりまくっていた。

 俺はまったく会話についていけずに、完全に置いてけぼりだった。



***


 その日の夜。

 俺は仁志名が言った言葉を、自室で反芻はんすうしていた。


「優勝したい……かぁ」


 こりゃまた高い望みを掲げたものだ。

 だけど仁志名ってそういうヤツなんだよな。


『ガチでやってることは、まじチョーすげぇって言ってもらいたいじゃん!』


 アイツはそう言っていた。

 そして俺は、仁志名の望みを今まで以上に叶えてあげようと誓った。


 であれば、やるしかない。


 コンテストの公式サイトで、改めて他の人のコスプレを何枚か見てみる。

 特に去年の上位入賞者。

 やっぱどれもこれもクオリティがめっちゃ高くてすげえ。


 しかも単にコスのクオリティが高いだけじゃない。

 顔つき、体つきも、そのすべてがアニメキャラのように完璧なんだ。


 いや、ここまでなら仁志名もいい勝負をできる気がする。


 色々と調べてみたところ、問題は上位入賞者の多くは既にコスプレ界隈では名の売れたレイヤーだということだ。

 一方のゆずゆずは、まだコスプレを始めたばかりでまったくの無名。


 これは大きなハンデだ。


 しかしさらに調べてみたら、無名から上位入賞している人も何人かいることに気づいた。

 そういった人たちの共通点は、コスプレのクオリティに加えて、なんというか、華があって目を引く部分がある。


 個性的なポージング、とても美しい景色の背景、そして演出。


 ある写真は、アニメ作品を象徴するようなアイテム、例えばトランプや花びらが舞っている瞬間を写り込ませている。

 またあるレイヤーさんはジャンプした瞬間を撮って、まるで宙に浮いているように見せている。


 そういった演出がコスプレ写真に個性を添えているんだ。


 やはり数多くのコスプレ写真の中から審査員の目を引かなきゃ、無名のレイヤーはなかなか投票は集められない。


 つまり──ゆずゆずが上位入賞に食い込むには、工夫が必要ってことか……。


 今までそんなこと、考えたこともなかったな。

 俺にそんないいアイデアを出せるだろうか。


 うーむ。むむむむむ……。


 ──ダメだ。なーんにも思いつかない。


 いや待て、簡単に諦めるな。

 コンテスト用の写真を撮るのは次の日曜日。

 場所は市民総合フラワー公園。


 コスプレ撮影の誘致に力を入れていて、多くの植物を背景に写真を撮れる、コスプレイヤー御用達の公園だ。


 撮影日まで、まだ4日ある。

 その時まで、諦めずに考えよう。


 ──仁志名の夢を叶えるために。

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