第33話:天国さんのお店でバイト②

 倉庫にある新作衣装をビニール袋から出して売り場に運ぶ。そしてそれをハンガーに掛けて、ハンガーラックに吊るす。

 売り場で黙々とこの作業をしていたら、いきなり後ろからお客さんに声をかけられた。

 振り向くと大学生くらいの女性だ。


「すみません。『大阪リベンジマッチ』の衣装はどこにあるりますか?」

「へ? あの……えっと……」


 大阪リベンジマッチ。

 それはタイムリープ能力を持つ関西弁の主人公が何度も過去に戻って、負けを繰り返しながらもボクシングでのし上がっていく超大ヒットアニメ。

 どんどん強くなって、リベンジマッチを戦うという内容だ。


 略称『だいリベ』。


 コスプレでも大人気で、しかも男性キャラの特攻服なのに、なぜか女性がコスプレするのが人気なんだ。


 『コスする』でも専門コーナーが設置されているから、その場所を教えるだけでいい。

 だけど見知らぬ客にいきなり話しかけられて、ついキョドってしまった。


「いや、だいリベは、えっと……その……」


 うっわ、ヤベ。

 上手く言葉が出てこない。

 どうしよう……。


「お客様ぁ~! 大リベなら、専用コーナーがこっちにあるよっ!」


 困っている俺に気づいて、仁志名が横から助け船を出してくれた。

 その客は仁志名の案内で、無事に専用コーナーにたどり着いた。


 さすがのコミュニケーションモンスターっぷりだ。

 初対面の客にもまったく物おじせずに接客をしている。

 まあ、敬語が苦手なのはご愛敬だ。


 ああ、助かった。

 ホッとしたよ。


「あ、ありがとう仁志名」


 お客さんを案内して戻って来た仁志名に礼を言った。

 あまりにもできなさ過ぎる自分が恥ずかしい。


「やっぱ接客はダメだな俺……」

「そんな落ち込んだ顏しなくていいって。困った時はお互い様だしっ! そのうち慣れるってば」


 ニカっと笑う仁志名。

 できない俺をバカにするでもなく、自然に助けてくれて励ましてくれる。


 ああ、仁志名ってなんていいヤツなんだ。


 彼女は接客をしながら、客足が途絶えると天国さんについて、コス装飾のレクチャーを受けている。動きが止まることがない。


 すごく熱心だしエネルギッシュ。さすがだ。

 またお客さんが来て、仁志名は接客に戻った。


 今度はチャラチャラした感じの男性客で、レジカウンターで仁志名が精算をしてる。

 ニコニコ笑顔で、手慣れた感じでやり取りをしている。


「おおーっ、めっちゃ可愛い店員さん! 俺、この店の常連になろうかなぁ!」

「ありがとー! いっぱい買っていってねぇー!」

「ねえキミ、今度デートしない?」


 うわっ、なんだよあのナンパな男性客。

 店員を口説くなよ。


 でもちょっとカッコいい男だし、仁志名は笑顔のまま話をしている。

 どうするんだろ。もしかしてデートの誘いに乗るとか……。


「あははーっ、ごめんなさい。あたし、親の遺言で男の人とお出かけできないんだよっ!」


 なんだよその言い訳。

 俺とはお出かけしてるじゃないか。


 ……って言うか仁志名は両親とも健在だし、そもそもそんな遺言する親はいないだろ。


 でも相手の男客は、これは脈無しだって思ったようで、誘うのを諦めた。

 すげえな仁志名。


 心配して見つめていた俺の視線に気づいたのか、ふと仁志名がこっちを見て目が合った。


 ──あ。笑った。


 そしてお辞儀するように、両目を優しく閉じた。

 俺が心配してることがわかったのかな。


 また別のお客さんが仁志名に声をかけている。


「すみませーん。『てんプラ』の衣装はどこ?」

「えっと……てんぷら?」


 てんプラ。『転生したらプラモデルだった』という異世界アニメの略称。

 知る人ぞ知るマイナー作品だし、ちょっと前の作品だから仁志名は知らないんだな。


 ちょうど天国さんは席を外していて訊くことができない。

 だから仁志名は困っている。


 この店は衣装をぎっしりハンガーラックに吊るしてあるし、膨大な種類の衣装がある。

 だから作品を知らないと、見つけるのはなかなか難しいんだよなぁ。


 てんプラのコスは、確か何着かあったよな。

 えっと……あ、あそこにある。


「おーい、仁志名。てんプラは、あそこだ」


 指差して場所を教えると、仁志名はホッとした顔でお客さんを誘導した。


「ありがと日賀っぴ! さっすが、頼りになるぅ!」

「たまたま見つけただけだよ。それに困った時はお互い様だ」


 さっき仁志名に助けてもらった時に言われたセリフを返した。


「うん、ありがとね!」


 素直に目を細める仁志名。可愛い。


 コスプレ写真を撮る以外でも、俺みたいなコミュ障が役立てるなんて。

 こうやって頼られる感じっていいな。

 ちょっと照れ臭いけど。


 こんな感じで俺と仁志名は、お互いに得意な分野を生かして助け合いながら、5時間のバイトをなんとか全うすることができた。


***


「二人ともお疲れ様。はい、これバイト料」

「ありあり、ありがとーっ!」

「あ、ありがとうございます」


 天国あまくにさんは封筒に入れた現金を仁志名と俺に渡してくれた。

 仁志名はコーチ料を除いた5千円。

 俺には1万円。


 時給二千円だぞ。相場の倍だ。


「arata君。失くしちゃダメだぞ。フィギュアが買えなくなっちゃう」

「なに言ってんすか天国さん。ここからフィギュアショップまで歩いて5分くらいですよ? 失くすはずないでしょ」

「まあとにかく気をつけてよ」

「わかりました」


 あはは、天国さんって心配性だな。


「ところで今日は、いつもよりもすっごくお客さんが多かったよ。二人の招き猫効果だね」

「招き猫? 俺たちが?」


 天国さんの表現が面白くて、思わず仁志名と顔を見合わせた。

 そしたら──


「にゃんっ!」


 顔の横で拳を少し曲げた、招き猫みたいな仕草。

 仁志名の頭に猫耳の幻視が見えた。


 そんな可愛い姿で、にっこりと微笑みかけられた。


「ふぐわぅっ……」


 なにこれ──めっちゃ可愛い。

 突然の猫ちゃん攻撃、ズルいぞ仁志名。


「じゃ、日賀っぴ。フィギュアショップ行こ!」

「あ、ああ。そうだな」


 仁志名の猫ちゃん攻撃に脳をやられてふわふわしたまんま、俺たちはフィギュアショップへと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る