第27話:カメコさんから大人気

 くるるとはるる、そして天国あまくにさんと別れて、俺と仁志名はショッピングモールの三階にある更衣室に戻ることにした。


 さあ行こうか、という時に、知らない人から仁志名が突然声をかけられた。


「あのう、写真いいですか?」


 首からストラップでカメラをげている。

 中年男性のカメコさん、つまりカメラマンだった。


「え? あたし?」

「はい。今まで見てきた中で一番素晴らしい喰衣くらいコスなんです。ぜひお願いします」


 おおーっ。知らない人からそんなことを言われるなんて。すごいぞ仁志名!


「えっと……」


 仁志名はちょっと困ったような顔で俺を見た。

 嫌なのかな。相手はイケメン男子じゃなくておじさんだし。


 俺は小声で答える。


「嫌なら断わろうよ」

「や、そうじゃなくて。あたしのカメラマンは日賀っぴだからさ。他の人に撮ってもらうのは日賀っぴに悪くて……」


 うわ。なんかすっげえ嬉しいお言葉。

 でも仁志名が俺に遠慮してるなら、そんなことは気にしなくていいのに。


 コスプレイベントってのは、お互い知らない同士のレイヤーさんとカメラマンさんが交流する場でもあるってことだし。


 仁志名のコスを気に入って写真を撮りたいって人がいるなら──


「俺に遠慮しないでいいよ。あの……えっと……仁志名が人気のレイヤーになったら俺も嬉しいし」

「そっか。ありがと。さすが日賀っぴ、心が広いっ!!」


 ニカっと笑って、仁志名はうなずいた。


「おけっ! 撮ってくださいっ!」

「うおっ、やった! ありがとう! 嬉しい!!」


 カメラマンにこんなに喜んでもらうなんて。

 仁志名のコスプレをよっぽど気に入ってくれて、俺も嬉しい。


 そのカメラマンが撮影を始めてしばらく経つと、他のカメラマンも何人か寄ってきた。

 気がついたら撮影待ちの列ができてる。


 うわ仁志名、すっげえ人気だな。


 コスのクオリティの高さ。スタイルの良さ。

 ダークヒロインを演じる表情や演技も良くなった。

 そしてなにより、薄いメイクにも関わらず、これだけの美人だもんな。


 そりゃあ写真を撮りたくなるのもわかる。


 一人目のカメラマンの撮影が終わり、次のカメラマンの撮影が始まる。

 そして二人目が終わって次は三人目。


 次から次へと違うカメラマンからのリクエストに応じてポーズを取る仁志名

 まるで超人気のモデルさんを見ているような気分だ。


 ちょっと寂しい気持ちで眺めながら、撮影が終わるのを待った。


***


「ごめーん、お待たせっ! さあ、着替えに行こっ!」

「大丈夫だ。気にすんな」


 ようやく仁志名が戻って来た。

 仁志名を撮りたいと言ってきたカメラマンは、結局5人もいた。


「じゃ、帰ろーっ!」

「うん」


 更衣室に向かうために、二人並んで歩き出す。

 仁志名は満足げな顔をしてる。


「それにしてもすんげえ人気だな」


 周りを見回しても、こんなに多くのカメラマンから声をかけられているコスプレイヤーはいない。仁志名がダントツだ。


「あははっ、日賀っぴのおかげだよっ」

「いやいや。仁志名がすごいんだよ」


 仁志名は『あたしのカメラマンは日賀っぴ』と言ってくれた。

 だけどコイツは、こんなにも多くのカメラマンから写真を撮らせて欲しいと言われる存在になった。


 すごく嬉しい反面、なんだか仁志名が遠くに行ってしまったようで、正直ちょっと寂しい。


 いや。そんな気持ちになるなんて、俺って心の狭い男だ。

 ちょっと自己嫌悪。


「でもこうやって、色んな人に写真を撮りたいって言ってもらえるコスができたのは嬉しーな」

「そうだよな」

「それもぜーんぶ」


 隣を歩きながら、仁志名が言葉を切って俺を見上げる。

 何を言おうとしてるんだろ。


「日賀っぴのおかげっ! ありがとーっ!!」


 ニカっと満面の笑み。


 ──あ。やっぱ仁志名ってすごく可愛い。 


「でもさぁ。やっぱあたしのカメラマンは日賀っぴがいいなぁ」

「……え? なんで?」

「だってあたしの一番いいところを引き出してくれるのは日賀っぴだもん。あたしも日賀っぴが撮ってくれてるのが、一番安心できるし」

「ふぅーん。そっかな?」


 照れ臭いから素っ気なく返事してみたけど。


 なんかすっげえ嬉しいこと言ってくれてないか?

 お世辞だとしても嬉しい。

 いや、お世辞じゃないことを祈りたい。


「うん。それになんてゆーか……日賀っぴに撮ってもらうのが一番気持ちいーな。あはは、はずかしっ!!」


 えっと……気持ちいいのが恥ずかしいなんてセリフ。

 童貞男子の妄想がはかどるんで、やめてもらっていいでしょうか。


 いや、なに考えてんだ。

 まさに童貞をこじらせたキモ男になってるぞ、あはは。


 でも──


 勇気を出してくるるに連絡を取って、アドバイスを受けられたこと。

 何度も失敗を繰り返したけれども諦めずに撮り続けて、ようやく最高の一瞬を切り取ることに成功したこと。

 今回、俺にしては『らしくない』頑張りをたくさんしたつもりだ。


 そんな頑張りに対して、さっきの仁志名の言葉はお釣りが来るくらいのご褒美だよ。嬉しい。


 そんな気持ちで、隣を歩く仁志名の横顔を眺めた。


 俺の視線を感じたのか、彼女はふと横を向いて俺を見た。


 きょとんと俺を見た後──

 とても楽しそうに笑いかけてくれた。



 ──やば。キュンとした。



 上手く言えないけど。

 なんて言うか、心がふんわり温かくなった。

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