雨音が響いていますね

つきの

あなたに伝えたいこと

――久しぶりにみた亡き夫の夢。



布団に起き上がったわたしは、しばらく目を閉じたまま、ぼんやりとしていた。


いつのまにか降り出していた雨の音だけが、まだ薄暗い明け方前の部屋に響いている。



歳月は苦い感情をいつのまにか沈めて、上澄みは何処までも懐かしい。


10年ほどの結婚生活は、当たり前だが楽しいことばかりではなかった。


あんなにも想いあっていたはずの二人の心をすれ違わせてしまったのは、ほんの些細ささいなことの積み重ねだったのだと今ならわかるけれど。


仕事のストレスをお酒で紛らすためか、帰り道は決まってワンカップを片手に。


それが酷くなって酒量は増えて絡み酒が多くなった。


殴る蹴るこそなかったけれど、ストレスのけ口に繰り返される暴言。


言葉を返せばエスカレートするから黙っていれば、それが気に入らないと怒鳴られる。


壁にあけられた穴をポスターで隠しながら泣いた日々。



元々は優しい気の小さい人だった。


だから、過度のストレスにあった時、一番身近なわたしにしか、感情をぶつけられなかったのだろう。お酒の力を借りて。


あなたもわたしも若くて、そうしてお互いに自分のことで精一杯だった、あの頃。



あなたは病に向き合うことに、ずっと怯えていたけれど、わたしも怖かった、そして弱かった。


わたしたちは似たもの同士の臆病者だったのだ。



あなたが言った「散々苦労をかけたけど、治ったら今度こそ幸せにするから」という言葉。


最後の数週間、病室で意識の朦朧もうろうとするなかで、あなたが流した一筋の涙。



夢のなかでは、二人は若く、そうして穏やかにいたわりあっていた。


懐かしい、あなたの気配……。



ねぇ、あなた


「雨音が響いていますね」


確かに


「あなたを愛していました」


わたし。



(了)

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雨音が響いていますね つきの @K-Tukino

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