第9話

 エレナはさっそく問題の依頼について調べ上げた。


「依頼番号、P1243。書簡による申し込み。クシーオという村から依頼書が届いているわね」


 蝶番ちょうばんの付いた木板を開くと書類が挟んであった。

 申請書などのクエストに関する書類は、全てこのクエストブックに保管されている。

 エレナは資料を保安室のテーブルに広げた。


「差出人は村の長老、ペリープシという人ね。内容は、ダンジョンのモンスターを一掃。ま、よくある依頼。金額は……え、金貨百枚以上⁉ 銀貨の間違いじゃないかしら」


 俺はエレナの横から手紙をのぞいた。


「ふむ。ダンジョンの細かい説明はないな」


「ねぇ、クシーオっていう村なんだけど、ここから北西に五十マイルぐらい離れているみたい」


 ギルドマスターの依頼だからか、エレナはいつもより格段に調べが早い。

 地図を取り出すと、ウエストリバーから北西にある峡谷を指で小突いた。


「クシーオ村まで行って、ペリープシという人物から詳細を聞くしかないようだ」


 田舎まで行って、顔も合わせたことがない人間に、色々あれこれと尋ねなければいけないのか。

 ――俺は人見知りするタイプなので、正直しんどい。


「……どうだ、エレナ。休暇がてらに一緒にいかないか?」


 エレナの左右対称で端正な顔立ちが、一瞬で抽象画のような、頭から何かぶっかけられたひどい顔になった。


「冗談はよしてください。ハーズさん」


 ギルドマスターの威光もここまでか。引きこもり中のエレナを街から出すのは、天変地異でも起きない限り難しそうだ。


 しょうがない。旅支度だ。

 俺は覚悟を決めた。


 テーブルを離れて、保安室の外窓に近づく。

 ウエストリバーは相変わらず、土色の風で曇っていた。


 いつ帰ってこれるか分からない。今の景色でもいいから、この左目に焼き付けておこう。

 薄汚れているが、この街の朝日は眩しく、夜のウイスキーは美味い。そのことを忘れないために。


「……行ってくる」


「クシーオ方面のほろ馬車が来てるんで、早く一階に降りてください!」


「はやっ!」


***


 馬車で半日ほど移動し、山道を歩き続けた。

 木々の間からクシーオの村が見え始めたのは、山頂に夕日が掛かり始める頃だった。


 この山間にも東からの風が舞い込んでいた。

 風塵ふんじんが村全体をいぶすように包み込んでいる。

 俺は砂嵐対策に、灰色のマントを羽織り紺青こんじょうのターバンを巻いていた。口元まで顔を隠すように布で覆っているので、まるでミイラのような風貌ふうぼうだ。


 頑丈な鉄パイプに切り込みを入れた道具を布袋に入れて、それに革ひもを通して肩にかけている。ちょうど俺の身長ぐらいで、傍から見れば槍でも背負っていると思われるが、正真正銘ただの鉄パイプだ。しかし、まさに俺の頼れるなのだ。


 俺は鉄パイプが村の東門にぶつからないよう、身をかがめながらくぐった。


「あんた、ギルドメンバーかね」


 ふと声のする方を見ると、何もなく、視線の下に子供がいた。

 しかし、ついている顔は四十を超えたしわのある不信な表情だ。

 クシーオはドワーフの村だった。


 俺は軽く頷くと、ぱっと男の表情は明るくなる。


「おお、ではすぐに長老の元へ案内しましょう……!」


 テクテクと小柄な男が先に進む。

 集落には、木の屋根に漆喰しっくいが塗られた家がいくつかあった。

 入相いりあいの光で篝火かがりびを焚いたかのように村全体が赤みがかっている。視界の悪さで、村全体の人口は想像できなかった。

 ドワーフの家は俺の背丈ぐらいの高さだが、出窓がついていたり、壁にカラフルな色が塗られていたりして、まるでおもちゃの家に見えた。


 長老の家はドワーフ以外の来客も想定しているのか、円錐えんすい状になっている。高さが十フィートはあった。飾り物が家の外壁にかけてあり、なんだか怪しい輝きを放つ魔除けのような物もあった。


 入口から顔を入れると、奥にどうやら、長老らしきドワーフが座っている。


「わしが、ペリープシじゃ。ここのドワーフの長老をやっとる」


 あらゆる毛が真っ白で、髪の毛と眉が垂れ下がり、毛の奥に目が隠れてしまっている。

 ペリープシの隣には作業台のような机と、その上には木槌きづちが置いてあった。


 思っていた以上に屋内は狭く、ドワーフがやたら集まっている。

 十人ほどがぎゅうぎゅうになって、ひしめきあいながら、俺の道を作ろうとしていた。


「ちと、飾り彫りを教えててな。まあ、こっちに入んなさい」


 ペリープシはおいでおいでをするが、俺は全方位から見られるのが嫌でしょうがない。ましてその、肩触れあわんばかりの集合体の中心部に、割り込んで腰を下ろすことはできない。


 手を振って断り、入口の桟にもたれかかった。


「……だいぶん警戒されているようじゃな。腕の立つギルドであれば、当然のことじゃろう。

 こうも皆、あいつらにやられるとは思いもせなんだ。掘り開けた場所が、本当に悪かったんじゃろうな……まさか、大坑道だいこうどうに大量のモンスターが住み着くことになろうとは……」

 

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