三十二枚目 高輪之明月

「つけ上がるなッ! 所詮死体だろうが!!」


 一番合戦はそう吠えたが、それが問題ネックだった。


 死体であるが故に、元々人権が無く、従って自由もない。斬っても斬っても、相手ゾンビから『自由』を奪えないのである。補給不可能になった一番合戦は内蔵した『自由』を消費するしかない。


 肉塊ゾンビ側も、まさかこの檜舞台に全人類が同時に集結する訳には行かないから、代わる代わる倒されては蘇り、休み休み屠られてはまた動き出し、文字通り消耗戦の様相となった。


 数で言えばこちらが有利である。しかし一番合戦とて、持ち前の『自由』……『全人類に勝つ自由』などを振るい、死者ゾンビを蹴散らしていた。


 思うに、彼は楽しんでいたように見えた。誰も自分の相手になってくれない……強すぎる故なのだが……強者の退屈を、死体ゾンビ相手に紛らわしていたのではないかと思う。やろうと思えば、考え得る限りの無茶苦茶な『自由』で、一瞬で終わらせることも出来たはずだ。


 かと言って、まさか自分が負けるとは夢にも思っていなかっただろう。

 

 一番の敗因は、仲間を切り捨てたこと。弱い……とは一番合戦の評だが、二十九の『時間操作』、五味の『洗脳』、八百枝の『変身』など、客観的に見ても決して弱くない。


「会長! 目を覚ましてください!」

「年貢の納め時じゃあ! 潔く道を譲らんかい!」 

「会長! みんな貴方が好きなんです! お願い……私たちの話を聞いて!」


 彼らを『死亡遊戯ネクロマンサー』でこちらの味方に付けたことは、相当な戦力になった。皮肉にも、粛清により彼は自分で自分の首を絞める羽目になった。


「自由はッ!!」


 カッ!!

 と中央で、太陽のように眩い閃光が迸る。たちまち闇は払われ、舞台は神々しく光り輝き、群がっていた肉塊ゾンビたちが一掃された。光の中心で、一番合戦が睨みを効かせていた。


「自由は決して滅びぬ!! 絶対に誰にも屈しない、それが『自由』だ!!」


 光っては、薙ぎ倒され。光っては、押し潰され。

 徐々に、徐々に一番合戦が七緒の方へと這いずり寄ってきた。七緒は尻餅を着いたまま、動けなかった。ひしめき合う肉塊ゾンビたちのせいで、動く隙間もなかったとも言えるが。やがて、一番合戦は七緒のすぐ前に仁王立ちし、鮮血に染まった顔でニヤリと嗤った。


「喜べ。お前に『俺より先に死ぬ自由』をやろう」

「ひっ……!?」

「七緒ぉ!」


 遠くで六太の叫び声が聞こえる。しかし、やはり彼も肉塊ゾンビに囲まれ間に合わない。一番合戦が刀を振り上げた。その時だった。


 七緒と一番合戦の間に、不意に黒装束が現れ、立ち塞がった。

 六道十三日りくどうとみか

 煙のように消えては現れる少年。六太と七緒の子供を名乗る、未来から来た時間旅行者である。


「今更何しに出て来た……」


 反応を見るに、二人は面識が会ったのだろう。刀を振り下ろしながら、一番合戦は特に気にも止めず、興味が無さそうに吐き捨てた。


「此処はお前の出る幕ではないぞッ! 小僧ッ!!」


 咆哮が空気を震わせる。十三日は黙ったまま動かない。凶刃が、今にも少年の肩を切り捨てる、その刹那、七緒はふと思った。


 全てを超越する一番合戦の『能力』。『全人類に勝つ自由』……だけど、……たとえば未来人だったら?


 間近に迫る白刃を前に。十三日がニィィ……と笑った。


「切れない、よ」


 七緒には、そう聞こえた。十三日は確かにそう言った。次の瞬間、激しい衝突音がして、刀が止まった。


「何……?」


 切れなかった。一番合戦が、一瞬戸惑ったような表情を浮かべる。その隙をついて、十三日は短刀を構えると、そのまま一番合戦を連れてまた何処かへ消えてしまった。


 消えた……

 舞台がシン……と静まり返った。


 七緒は息を飲んだ。その息を飲む音さえも、宇宙の果てまで響いてしまいそうな、底知れぬ静寂しじまが会場を包んだ。


 一番合戦が消えた。十三日と共に。


 後に残されたのは、月明かりと、荘厳な花畑のみである。

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