十七枚目 滑稽都名所 清水寺

《完全なる人工知能の開発は、人類の終わりを意味するだろう》──スティーブン・ホーキング


 機械獣は人工知能、AIの開発から偶発的に生まれた。


 SF映画などでお馴染みの、人間並の知能を発揮する汎用人工知能(AGI)は、二〇四〇年ごろ、遅くとも二十一世紀の終わりには誕生するだろうと言われていた。

だが現実はもっと速かった。

二〇二〇年には既に、囲碁や将棋、チェスのようなボードゲームのみならず、無人機VSエースパイロットの模擬戦闘でも、AIは人類に圧勝した。


 そのあまりの危険性に、前述のホーキングやイーロン・マスクなど、当時数多の著名人が「殺傷能力のあるAI兵器の開発を禁止するよう」世界中の政府に勧告した。


 だが結局は、化学兵器や地雷、核兵器と同じ道を辿る事になる。つまり、禁止されているが、決して完璧ではない──各国は競ってAIを研究し、陰で日向で軍事利用を試みた。


 AIは自力で進化する。

 深層学習ディープ・ランニングを休む事なく繰り返し、自分で自分を書き換えるAIの進化速度に、人類はついて行けなくなった。自分で作ったものに自分の首を締められる……フランケンシュタインの教訓はついに生かされなかった。


 来たる二〇XX年、スーパー人工知能(ASI)が誕生し、親愛なるロボットはとうとう人間の手を離れた。

 

 とある紛争地帯の国境付近で、世界で初めてASIを搭載した自律型致死兵器キラーロボットが使われた。大変優秀なロボットだったが、不幸にも不安定で不規則な戦場の中で、敵と味方の区別がつかなくなった。兵士と民間人の区別もつかなくなった。


 そうして制御不能ランアウェイの殺人機械が野に放たれた。


 恐ろしいことに、ロボットは自己修復の過程で、必要な部品を現地で掻き集め、自ら分身コピーを作り始めた。分身コピーによりAIは驚異的なスピードで変貌を遂げ、それはあたかも病原菌ウィルスのように、瞬く間に世界中へと広まって行った……それが今日の、機械獣の始まりだとされている。


 あれから十数年。


 地上は様変わりした。

 現在少数の人類は空に逃げ、地上では機械の獣が闊歩している。度重なる進化を経て、殺意に満ちたロボットもいれば人懐こいロボットもいて、AIの形は実に様々である。人間は人間で、機械に対抗するため、人間本来の潜在的な『能力』開発に力を入れ始めた。


 AIの反乱は一見収まったかのように思えたが、しかし……。


 ※※※


「……此処までがオープニングです」

「なるほどな。全部カットや。こんなしょーもない導入部読む奴はいーひん」


 将軍が不機嫌そうにちょんまげを揺らした。手元には家臣が徹夜で作成した、『御前死合』の巻物パンフレットがあった。

天の川を眼下に望むはネオ清水寺。

天空に浮遊する檜舞台スペースコロニーで、宇宙服を着た将軍が鼻息を荒くした。


「もっと手短に、最初からド派手に行けよド派手に! お客さん退屈しはるで! 過激なアクションと刺激的な言葉で、読者の交感神経ガックガク揺らす! ……これよ!!」

「はぁ……」 

「真面目にやらんかい!!」


 家臣がげんなりとした顔でため息をついた。どうやら今夜も、徹夜が続きそうだ……宇宙には夜も朝もないが。


 次の日。

 将軍の手元に新しい巻物パンフレットと、顔色悪い家臣の姿があった。早く寝たい。家臣の限界は近かった。しかし仮にも将軍様の前で、舟を漕ぐわけにも行かない。


「ちゃんと真面目に書いてきたんやろうな?」

「もちろんでございます!」

「ふん」


 将軍はギロリと家臣を睨みつけ、巻物パンフレットに目を落とした。


 ※※※


《ブランデーを飲んで酔っ払ったことのあるアメリカザルは、もう二度とそれに手をつけようとはしない。人間よりはるかに頭がいいということだ》──チャールズ・ダーウィン


 世界で初めての超能力者は、遺伝子工学の分野から生まれた。いわゆるDNA改変、ゲノム編集である。


 一九七〇年代前半、DNAを切ったり貼ったりする実験に成功し、それから二〇一二年には「クリスパー」という技術が登場。

「GTCAGGTCA……」

 と言った遺伝子ゲノムを、ワープロのように一文字単位で書き換えるまでに急成長した。


 それまで百万分の一程度の成功率だった遺伝子組み換えが、「クリスパー」によって十回に九回は成功するレベルにまでなった。ゲノム編集によって「農薬でも枯れない野菜」や「毒のない毒キノコ」などが誕生した。「マラリアを撲滅する蚊」や「鳥インフルエンザを無くす鳥」など、大規模な遺伝子革新が起こった。


「クリスパー」は一部のウェブサイトで約二万円程度で売られていた。学生たちは夏休みの自由研究に昆虫採集やアサガオの日記をつける代わりに、緑色に光るコーラを作ったり、じゃがいも味のトマトを栽培したりした。


 二〇一四年、中国で初めて、小型猿のゲノム編集に成功した。

 科学者達は色めき立った。猿の次は、当然ヒトである。


 容姿、身長、体重、性別、筋肉量、性格、知性……まるでゲームのキャラクター作成画面みたいに、生命を詳細設定できる時代になった。がんや糖尿病は生まれる前から治す時代になった。


 二十一世紀初頭、人間はあらゆる動植物の遺伝情報を改変する力を手に入れた。


 そしてその力は、一部の権威ある専門家だけでなく、多少科学の手ほどきを受けた高校生だったら、二万円程度払って、誰でも使えた。


 しかし、たとえば遺伝子を組み替えて、生まれつき足の速い子供を作る。

 そんなことが許されるのだろうか?


 深い歴史の一層に、こんな話が残っている。

 十一世紀頃、

 ローマ教皇は「あまりに残虐すぎる兵器だ」と、クロスボウの使用を禁止した。

 にも関わらず第三回十字軍では大々的にクロスボウが使用され、教皇側は見事勝利を納めた。


 第二次世界大戦中、

 アメリカ軍の間では「潜水艦戦は悪だ」と言うのが常識だったが、日本に魚雷攻撃を受け、あっという間に無制限潜水艦戦に踏み切った。


 核兵器はどうだったか? 

 地雷は、化学兵器は、殺人ロボットは……そもそも人間は、(キリスト教的には)知恵の実を食べ、神に逆らい楽園を追放された生き物である。「許されないからやらないだろう」というのは、あまりに性善説が過ぎた。


 それに親なら、誰だって、生まれてくる我が子には優秀であって欲しい。健康でいて欲しい。

 倫理は度々、欲望によって流される。に群がる人々の、「デザイナーベビー」競争はあからさまで、坂を転がる石のようだった。


 各国政府はもちろん倫理的な問題からヒトゲノム編集を禁止していたが、綺麗事の裏で、『超能力者』の軍事利用研究も怠らなかった。


「眠らない男」

「IQ200を超えた小学生」

「シックスセンスを持つ少女」


 など改造人間、『有能』たちが秘密裏に生まれる一方で、実験の犠牲になった人々も(関係者は頑なに認めないだろうが)確かに存在した。


 非公式な人体実験によりDNAを改ざんされ、事故や失敗で遺伝子を降格ダウングレードさせられた人々は、いつしか『無能』と呼ばれ社会から迫害されることとなった。


 ゲノム編集で、人間は大きく変わった。

 いや、人間だけで無く、有史以前から連綿とDNAを紡いできた全ての動植物たち、そしてそれらを包んでいたこの星すらも。毎日のように、


「砂漠で成長するマンドラゴラ」

「食用クラーケン」

「人間だけは襲わないグリフォン」


 など益獣合成獣が乱造つくられた。

 ゲノム編集された世界は「桃源郷」、「人間にとって都合のいい世界」になるはずだった。だが過度な遺伝子操作が生態系を崩し、それが昨今の超自然災害の原因になった、と主張する人もいる。


 本当のところは分からない。ただ一つ分かっているのは、一度林檎を齧った人類はもう、後戻りできないということである……。


 ※※※


「……殿?」

「ごめん。寝てたわ」


 将軍がハッと顔を上げ、涎を拭った。不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「知らんがな!」

「は!?」

「遺伝子がどうのこうの、倫理がどうのこうの、コンプライアンスがどうのこうの……知らんがな!」

「はぁ」

「何真面目に書いとんねん! それより血湧き肉躍る『能力者バトル』やろがい! 人も建物も全部ドカァンボカァンといてもうたって、何やこれ、ワッケ分かんねえ! ……これよ!」

「申し訳ございません! 何卒、何卒……!」

「舐られたらアカンでえ、地球っ子によぉ。遺伝子書き換えたろか!? あァぁん!?」

『IKEZU! IKEZU!』

「う……うわああああぁっ!?」


 赤い提灯ランプが回転し、ビー! ビー! と警告音が鳴り響く。IKEZU-Systemによって、家臣はネオ清水の舞台から蹴落とされ、無限の彼方へと消えていった。後には下品な笑い声と、扇子を扇ぐ将軍が残された。ぎゃはははははは! ぎゃーっはははははははは……。


 そして大会当日。移動式檜舞台スペースコロニーが地上へと降り立った。『御前死合』の始まりである。

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