第十六話

「え?」


 突然何かを思い出したかのようにドリィがそう尋ねてきた。オフィーリアは何を言われたのか一瞬分からず困ってしまった。


「あぁ、いえ。違ったんならいいんですぅ。突然こんなことを聞いてごめんなさいねぇ。」


 オフィーリアの困惑する様子を見たドリィが手を振って話を無かったことにする。


 オフィーリアは精霊師でなければ魔術師でもない。それはまだ幼いから適性がわからないというわけではなく、未来でもオフィーリアにはどちらの適性もなかった。シスとジェイドは高い魔術師の適性があったが、オフィーリアにはなんの力も持ち合わせていなかった。だからこそ、オフィーリアあの世界を生き抜くためにそれ以外の力に頼るしかなかったのだが。


「どうして、そう思ったのかしら?」

「いえいえ。本当に気にしないでくださぁい。単なる興味の一つですからぁ。」


 ドリィに理由を尋ねるが、ドリィはもうこの話をしたくないのか答えてはくれなかった。オフィーリアは不思議に思いながらも本筋には関係ないことだと言い聞かせて深く追求することをやめた。


「そこまでいうのなら、何も言わないわ。それよりも、どれくらいで品物は入荷できるのかしら?」

「そうですねぇ…およそ一週間から二週間といった具合でしょうかねぇ?」


 ドリィは受け取った便箋とオフィーリアを交互に見て答える。


「そんなに早く準備できるものなの?」


 ドリィの提示してきた期間の短さに思わず驚きの声をあげる。未来で利用してきた情報屋の中にそんな短期間で仕事をこなしてくれる人はいなかった。それだけ情報を取り扱うときは慎重にならなければならず、ある程度情報を集めるまでには時間がかかるのだ。


「えぇ、ええ。ドリィ商店は正確に素早く新鮮なものをお届けすることをモットーにやっておりますのでぇ!それに私は独自のルートを使っておりますのでぇ、入荷の速さには自信があるますのよぉ。」


 ドリィは笑顔で肯定した。彼女が独自のルートを持っている噂は知っていたがどうやら本当のことらしい。


「そう。なら入荷したら外にいる私の使用人のサラに連絡をよこしてくれるかしら?それと、カモフラージュように、学生でも使えそうな少しいい感じのペンを用意してくれないかしら。」

「畏まりましたぁ。学生でも、というとお嬢さんのお兄様にあたられるシス様へのプレゼント、ということでよろしかったでしょうかぁ?」


 オフィーリアのことを知っていたドリィのことだから、いまさらオフィーリアの家族のことを知っていても驚くことはなかった。しかしその情報網の広さにオフィーリアは舌を巻かざるおえず、心の中で苦笑しながら頷いた。


「えぇ、お兄様へのプレゼントを頼んだ、という形にしておきたいの。構わないかしら?」

「もちろんですともぉ。お嬢さんのお兄様へのお品物はサービスでお付けさせていただきますわぁ。」


 てっきりその分のお金も取られると思っていたために、オフィーリアは目を丸くした。


「ふふふ。これは先行投資というやつですわぁ。お嬢さんとはなんだかこの先も長い付き合いになりそうな気がしますのでぇ。…今後もどうぞ、ご贔屓にしてくださいねぇ。」


 ドリィは口元を両手で隠しながら小さく肩を震わせた。そしてオフィーリアに向かって手を差し伸べた。オフィーリア一瞬きょとんとした後にすぐにその手を強く握った。


「ええ、どうぞよろしくお願いね、ドリィ。」


 そうして二人の契約は交わされた。


 ドリィは用事を済ませて店を出ようとするオフィーリアを店の外まで見送ってくれた。


 外に出ると扉のすぐ真横で不満そうな空気を醸し出しながら立っているサラがいた。サラはオフィーリアが出てくるのを見ると、上から下まで一通り体に問題がないことを確認して、オフィーリアを庇うように背に隠した。


「あらあらぁ。随分と嫌われてしまったようですねぇ。」


 ほろりと涙を流すふりをしながら揶揄うようにドリィが言うとサラは不快そうに眉間にシワを寄せた。いつにないサラの様子に困惑しながらも、サラの腕を軽く引き問題ないことを伝える。


「大丈夫よ。ただ、お買い物しただけだもの。確かに少し奥まったところにあって心配になる気持ちも理解できるけど、ドリーはいい人よ。」

「……はい。お嬢様。」


 サラは全く納得のいってないような様子で頷いた。サラの様子に苦笑しながらもドリィの方に向き直る。


「それじゃあ、よろしく頼むわ、ドリィ。」

「えぇ、えぇ!お任せくださいませ。商品が入荷次第ご一報入れさせていただきますわぁ。」


 ふんわりと広がったスカートの端を軽く持ち上げて、ドリィは軽やかにお辞儀をした。まるで貴族がする礼のように洗練されており、オフィーリアだけでなくサラまで驚いてみせた。そんな二人の顔を見てドリィはけらけらと笑った。


「まぁ、まぁ!驚きすぎですわぁ!私は仕事柄いろんなお方と商売させていただく商人の一人でものぉ。これくらいできて当然ですわよぉ。」


 口元を隠しながら笑うドリィ。オフィーリアはそういうものかと一人納得した。サラはドリィに対する評価を少しは改めたのか、先ほどまでの不機嫌そうな空気はなりを潜めていた。


「じゃあ、私たちはこれで行くわ。」

「はい。またのお越しを心よりお待ちしておりますわぁ。」


 ドリィの言葉を背にオフィーリア達は店から立ち去った。


 その二人の様子をしばらく見送っていたドリィはいい頃合いになると店の中に戻った。店の中に入るとドリィは右手を胸の高さまであげる。


「さてさてぇ、あのお嬢さんは一体何者なんでしょうかねぇ?」


 誰もいない店の中にドリィの独り言だけがポツンと響く。


「貴方がこんなに嬉しそうにするなんて…とーっても珍しいことだと思うんですけどねぇ。」


 左手を顎に添えて考え込むような仕草をする。


「でもぉ、あの反応は本当に身に覚えがなさそうでしたしぃ。まぁ、あのお年頃ならまだ無自覚なのも当然と言えますかぁねぇ。」


 先ほどまで話していた見た目にそぐわず大人びた少女を思い出しながら言う。あの小さな少女はその年頃には似合わず大人のような態度をで、全てを理解しているかのように話していた。普通に考えればそれは気味の悪いことであったが、ドリーは所謂普通とはかなりかけ離れた人物であった。


「ふふふ。これはこれはぁ、調べがいがありそうですねで。お嬢さんのことも、そんなお嬢さんが知りたがっていることについても……。ねぇ、貴方もそう思うでしょぉ?」


 店の中には相変わらずドリィしかいない。しかしドリィには他の誰かが見えているのか、誰もいない空間に向かって当然のように話しかける。


 そして胸の前で掲げていた右手をそっと下に降ろした。


「さぁさぁ!久しぶりのお仕事ですよぉ。一緒に頑張りましょうねぇ。」


 確かに誰もいない場所に、僅かに草の香りが漂ったような気がした。

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