第12話 ピコーン! 動体反応あり!

 急激な加速Gとは違う意識を締め付ける感覚がイクトを襲う。

「外、に出たのか?」

 イクトは目の前に広がる広大な黒き光景に呑まれつつもどうにか声を絞り出す。

 時間的に夜間なのか、心なしかどこか身体が軽く感じる。

『マスターイクト、呆けてないで目の前の敵、敵!』

<ラン>の指摘に顔とハンドル握る手を引き締める。

 正面にはサブアームに拘束された金属スライムが激しく身体を波打たせ、その手から逃れんと暴れている。

「<ラン>、アーム固定解除! そのまま正面にそいつを放り投げろ!」

! いいの、!』

 どうしてそこで躊躇するのか、イクトには無理解だった。

 今から主砲をぶっ飛ばして消し去ろうというのに何故、そこで躊躇するように確認するのか。

「はやくしろ!」

『もう知らないからね!』

<グラニ>の左右アームが動く。それはまるで野球のピッチャーが投球せんと構えた体勢に近い。

『飛んでけ、おっりゃ~!』

「うおっ!」

 全力で金属スライムを投擲した瞬間、<グラニ>が前のめりに大きく倒れ込んだ。そのまま見えぬ力に引っ張られ、ぐるぐると車体を縦回転させる。

「な、なんだよ、これ!」

『何ってここは宇宙なんだよ! 姿勢制御もせず、そのまま物を投げれば生じた反動が自分に返ってくるんだから!』

「はあああっ! ここ宇宙なのか!」

 道理で真っ暗な空間だと合点が行く。

 回転する視界の中、遠くに青く輝く星が垣間見えた。

『キミ、もしかして宇宙に行ったことないの? 無重力での移動や慣性は小学校低学年で実体験することが義務付けられているよ?』

「生憎、俺の世界じゃ気軽に宇宙なんて行けないんだ! 精々衛星軌道まで、遠くて月までが精一杯なんだよ!」

『遅れてるね~』

 失笑含む<ラン>の電子音声はイクトの神経を逆撫でる。

 主砲のチャージは臨界間近。

 そのまま車体は回転し続けては暴発する恐れがある。

<ラン>はそのまま車体各所の姿勢制御スラスタを動かしては回転する車体の制御を行った。

 一方で金属スライムは<グラニ>が姿勢制御を整えている間、海原を泳ぐクラゲのように身体を揺らしながら迫っていた。

「ええい、<ラン>主砲発射準備、照準、眼前のFOG! 姿勢制御をしっかりしてから撃つ!」

 主砲の発射トリガーはイクトの脳内マニュアルに入っている。

 イグニションライフルのトリガーがまさにそれであり、イクトはトリガーに指をかけた。

『OK、ぶちかますよ、ファイヤー!』

 トリガーを引き絞ろうとした寸前、<ラン>のかけ声と共に主砲<バルムンク>が放たれる。

<ラン>の巧みな姿勢制御スラスタの小刻みな稼動にて車体は発射反動でただ振動するだけ。

 光学処理されたカメラ越しの映像であろうと目を眩ませる光は柱となって放たれFOGを容赦なく飲み込んでいく。光の中のFOGは藻掻き足掻き、光の奔流から逃れようと試みているが、金属の一片もなく消え失せていた。

『最大解放につき砲身内温度急上昇。冷却開始。次撃てるのは五ふ、あいた!』

 イクトは顔をひきつらせながら、無言でポッド収まる<ラン>を引っぱたいていた。

 当然のこと、指示通り行った結果が、この仕打ちなため<ラン>から猛抗議が起こる。

 電子アイを明滅させては不機嫌さを表していた。

『ぬあああにすんだよ! キミの指示通り姿勢制御してから撃ったってのに、なんでボクはキミに叩かれないといけないのさ! AI虐待だ! しかるべきところに訴えて慰謝料をぼろ雑巾になるまでふんだくってやる!』

 この世界はAIに権利が与えられているか謎だが、ない口からの出任せと判断する。

「こっちの台詞だ! なんでお前が撃つ!」

『え? キミ、撃ちたかったの? 男の子ってそういうのす、き、痛い! 痛い! ソリッドスーツで掴まないで! 割れる! 中身出ちゃう! 出ちゃうの~!』

 イクトは専用ポッドから<ラン>を掴みあげれば、そのまま片手で握りしめる。

 球体からメキメキ不吉な音が走る。

 バディポットのボディ素材はメテオアタッカーと同じ装甲素材が使用され、電磁皮膜装甲がなかろうと素での頑強さは折り紙付きだ。

 ただしソリッドスーツはFOGとの単独戦闘をも想定して設計されている。装着者の身体能力は底上げされているため、フルパワーでは硬い岩石程度、粉々に砕けるほどの握力を発揮できた。

『オーライ! 分かった! 分かったから! 撃つ時は照準とか弾道計算はボク、引き金はキミ! そういう役割分担で行こう! OK? OKだよね?』

<ラン>からの提案にイクトはひとまず球体をハンドルの専用ポッドに戻すことで納めた。

「翻訳機の不調か、どうもコミュニケーションに齟齬があるぞ」

『ボクはただバディポットとして正直にドライバーであるキミに従っているだけなんだけどね』

 高度な演算処理能力を持ち、人間とコミュニケーションを取るAIは脱帽ものだが、言葉は通じるも話が通じない壁に直面していた。

 これはイクトの言葉が足りないのか、それとも<ラン>の自己学習が足りないのか。恐らくだが原因は両方であろう。

 もちろん、出会って間もなく、累計搭乗時間も一時間を越えてすらいない。よって連携は練れるはずもなく、あれやそれ、アイコンタクトでやりあおうなど夢のまた夢である。

「まあいい。コミュニケーション云々は後回しだ」

 メビウス監獄を脱出したからこそ本来の役目を思い出す。

 遠くに輝く青い星を眺めて地球との違いを知りたい好奇心をひとまず抑える。

 イクトはパネル操作にて後部映像をバイザー裏に出力させる。

 後部カメラを介した映像には小惑星が映り込む。

 一つではなく、無数の小惑星が連なり並んでいた。

「ここは小惑星群なのか?」

 天体知識は乏しいが、地球知識では小惑星群とは火星と木星間にある無数の小惑星が存在する領域である。

 木星の重力の影響を受けて、微惑星が衝突と破壊を繰り返した結果、形成されたものだ。

「世界は違えども宇宙や惑星の環境は近似していると見ていいな」

 ならば小惑星群を抜けた先に、木星と近似する高重力天体が存在するのだろう。

 感心する中、小惑星の映像を拡大すれば中央がくり抜かれ、明らかに人工物であろう扉があった。

『あの小惑星の中にメビウス監獄を制御するシステムが収納されているよ』

「そうか」

 短く答えたイクトはすぐさま車体を小惑星に向けない。

 メビウス監獄の場所と出入り口が宇宙にあったのは驚きだが、敵の目を回くぐるには、ある意味打ってつけだろう。

『あれ、中に入らないの?』

「今はな」

<ラン>の疑問にイクトは目尻と声を引き締めて返す。

 リコの実験に散々つきあってきたからこそ、周囲の安全確認が身に染みていた。

 高圧電流を扱う実験で周囲に水濡れはないか。

 延焼実験をする際、周囲に燃えやすいものはないか、酸素濃度と湿度はどれくらいか、消火器の準備は十分か。

 混合剤を作る際、混ぜるな危険ではないか。窓全開の換気とマスクの装着はOKか。

 しっかりと下準備のチェックを怠らなかった。

「<ラン>周辺エリアに敵影がないか索敵をしてくれ」

『ん~索敵範囲はどれくらい?』

 宇宙という距離感が分からぬ広大な空間故、一キロメートル一〇〇キロメートルの感覚では計れない。近所に買い物に行く感覚で、見えていると進めば遭難するレベルだと何かのSF作品で知った気がした。

 月が見えるからと言って掴める距離ではないというわけだ。

 地球知識だが月までの距離は三八万キロメートル。

 地球一周がおおよそ四万キロメートルであり、九周以上してようやく到達できる距離であった。

「そうだな、ざっと半径二〇万キロメートル圏内で頼む」

 この世界が地球みたくキロメートルか、ヤード・ポンドかと、別れていないことと、翻訳機がしっかり機能してくれるのを祈りたい。

『それぐらいでいいの? ボクなら三〇万キロメートルはザッとできるよ?』

 イクトはただ、やれと目配せ。沈黙とバイザー越しの目に<ラン>は危険予測に至ったのか、電子アイを明滅させながら索敵に入る。

 その間、イクトはパネル操作でカメラ映像を正面に戻す。

 周囲に目を配り、望遠機能による目視確認を怠らない。

 チカリと遠くで何かが光った気がした。

『ピコーン! 動体反応あり!』

<ラン>が反応したのと、イクトの目が確かに捉えたのは同時だった。

 漆黒の宇宙に赤き閃光が走る。

 間髪入れずヘルメット内の通信デバイスをノイズが貫いた。

『ふはははははっ! 見つけた! ついに見つけたぞ! MA01!』

 ノイズ混じりの高笑いがイクトの神経を不快に掻き立てる。


 次いでセンサーが赤き閃光よりALドライブの固有振動パルスを感知。

 すぐさま<ラン>はライブラリーからデータを開示した。


<超絶高機動戦闘型車両、MA03レッドラビット>

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