24.半竜人族の少女、赤絨毯の上を歩く。〈後編〉

その瞬間、エンデアの国中が揺れた。

龍以外の参列者は持っていたグラスを取り落とし、目と口が開きっぱなしの人が続出。外で映像を見ている国民も同じような状態だった。

『龍鱗章』は、この国全ての最高位勲章。それに三龍鱗となれば今までにそれを受勲したのは『竜人一の猛賢将』の異名を取るアイゼン・ヴォルケン・ドラゴアと『名もなき竜』と言われたある竜だけだ。

『天楼章』は帝国輝章をも上回る最高位の名誉勲章。

そして極め付きは『魔術師マスター・オブ・ソーサリー』の称号だろう。“銀角龍”に並ぶ二人目のマスター。それもこれだけ見目の若い少女が、とあってその驚きぶりは大波のようだった。

そしてそのどよめきは少しづつ大きな歓声になっていく。龍達も一斉にその視線をウォルに向ける。

そして頭の回転が早い者は、その少女が羽織っているマントと身につけている片眼鏡が龍鱗章と一致していることに気づく。おそらく“原初”から下賜されたものも身につけているのだろう、と。

あの竜人の若者はと言うと、驚きすぎて白目を剥いていた。今まで自分が話しかけていた相手が伝説級の存在だとやっと気づいたのだ。それに今までは自身がさも立場が上かのように接していた。もう彼の同僚も目を合わせようとしていない。完全に無視を決め込んでいる。

ウォルの前に“世界龍”と“幻想龍”、“原初”が進み出る。

ウォルはタイミングを見計らって小声で贈り物のお礼を言う。

「ルイン様、“原初”様、ステア。このような素晴らしい贈り物をありがとうございます。」

「良いのだ。儂のことはオリガと呼ぶがいい。オリガ・ドラゴンじゃ。」

「ウォル、似合っているぞ。」

「いいのよ。私たちが認めたからこそ、それを贈ったのだから。」

そう言って微笑む三龍。

「ウォル、少し待っていてくれるか。」

“世界龍”はそう言ってウォルの肩に手を置くと、一歩進んでウォルと同じ位置に立つ。そして参列する面々や撮影中の小型撮影機ドローンに向かって話しはじめた。

「さて、この中にはこの少女がなぜこのような勲章を受勲するのかと疑問に思う者も多かろう。そこで私の口から真実を語るとしよう。話に尾鰭がついて虚偽とならぬうちに。

 先日、二つ名を持つ龍が何者かの攻撃を受けた。その結果、首都円門でその力を解放して周囲を瓦解せんとした。さらには何者かの攻撃は首都全体に及び、龍の力が著しく弱体化されていた。本来であれば錯乱した龍の力によってこの首都は壊滅するところであった。

 それを止めたのがこの娘だ。その結果死者は無く、重症者もいなかった。この功績は国を救うに等しいものである。よって我らの名において龍鱗章を授与する。

 そしてこの娘は古代魔術オールド・ソーサリーに天賦の才を持つ。その力を用いて龍を抑えたのだ。よって“銀角龍”、“死眼龍”の推薦を持って魔術師マスター・オブ・ソーサリーの称号を与える。」

大歓声。万雷の拍手にその功績を讃える声が上がる。

何人かの記憶にシェーズィンで風の中から小さな子供を救った少女の姿が重なる。

「『守護者の少女』だ!」

誰かのその一言に、多くの国民の頭の中でパズルのピースが嵌まっていく。そしてその歓声はさらに大きくなった。

“世界龍”の手でウォルに龍鱗章が渡される。青い鱗、赤い鱗、水色の鱗がそれぞれ重ね合わされた物だ。その周囲を金にも銀にも輝く模様が飾っている。

そして“原初”の手で塔の意匠を二つの輪が囲む勲章が渡される。二つの勲章がウォルのラペルピンの下で輝いた。

続けて“銀角龍”が進み出てその手に持っているステッキを差し出す。

それは『魔術師マスター・オブ・ソーサリー』の称号を持つことを儀礼的に示す物で、普段持ち歩くことは無いが国家間の式典などで携帯していればそれ相応の待遇を得ることができる。ウォルはそれを受け取って、意外と軽いことに驚いた。

黒い木の両端に金属の飾りが付いている。一般的な杖の持ち手部分が無く、上の方が少し太い形状で、その模様は龍や樹木、人や地人ドワーフ森人エルフなどの姿が描かれている。

これは『魔術師マスター・オブ・ソーサリー』と言う称号が龍だけのものでは無いことを示していた。古代魔術オールド・ソーサリーが台頭した段階で多くの種族の魔術ソーサリーを研究する者が集い、魔術ソーサリー古代魔術オールド・ソーサリーを双方極めた者がマスターとして周囲を導き魔術ソーサリーを後世に伝えていくと言う取り決めを行った。長い年月を経て多くの国では魔術ソーサリーが消滅していったが、このエンデアを初め一部の国ではまだその存在が知られているのだ。

「まぁほぼ飾りですがねぇ。

 この杖にはウォル自身が何かの術式を封じるといいと思いますよ。」

ホールンさんがこっそりそう言って教えてくれた。

ウォルは一礼して自分が立っていた場所に戻る。

その間も歓声と拍手は鳴り止まなかった。


「静粛に願います。続けて『仙天楼の五龍』様方よりお言葉を頂きます。」

“原初”が一歩進み出る。

「我が子等よ。」

その覇気オーラはこの謁見場を超えて首都全体に満ちる。

「我らは堅き鱗を持ち、鋭き牙を持ち、聡き眼を持ち、勇なる心を持つ。

 龍や竜は天翔ける翼を持ち、竜人は万の局面に適する身体を持つ。

 最古より伝わる龍の血を侮るなかれ、損なうなかれ、そして傲るなかれ。

 これが儂の意志じゃ。」

そう言って一歩下がる“原初”。ゆったりとその余韻が漂う。

そして、また大歓声に包まれる。

次に“世界龍”が静かになるのを待って話し始めた。

「先の話と同じくするが、この国は建国以来と言っても過言では無い未曾有の危機に瀕している。万覚を掻い潜り、その脅威は迫ってきているのだ。

 我ら『仙天楼の五龍』と龍がこの国を護る。だが家族を、大切な人を守っていくのは紛れもない其々の力だ。

 その折りに今日のように勇なる者達が大勢いるのは大変心強い。国民の意思を、力を、我々は期待し、そして信じている。」

その“世界龍”の言葉に軍の関係者は敬礼、国民の多くはその場に跪いて応える。

「戻せ。」

その“世界龍”の言葉に顔を上げる面々は皆晴れやかで決意に満ちた顔をしていた。

今まで“世界龍”がそのよう言葉を口にしたことはなく、『期待して信じている』などと言ったの異例の事態。その所為もあって一人ひとりに仲間を守ることを決意させる。もしかすると彼の何かしらの力が働いていたのかもしれないが…。


“世界龍”ははっきりと知覚していた。次なる世界の大戦が直ぐそこに迫っていることに。そしてその戦争は龍の今後を大きく左右する。今まで身を潜めていた強力な力を持つ者が続々と参戦し、世界の大半は地獄絵図となるだろう。もはやこの世界のほぼ中央に位置する帝国エンデアが主戦場となることは避けられない。それまでにいかに国民を守るか。彼は尽きぬ思考実験でその最適解を探る。


五龍が元いた壇上に戻り、謁見場が静寂に包まれる。

「ありがとうございます。これにて授与式典を結びます。」

そう言って一礼する司会の龍。

そのまま続けて始まるのは懇親会。

謁見場をそのまま利用し、参列者や受勲者が自由に語り合う。そのまま帰る事もできるが、参列者はほとんどの場合ここで高位の龍などが話しかけにくるのを待つのが通例だった。中にはこの場で気に入られてその階級を大幅に上げ、龍直属の兵となった話があるほどだ。これからよりそのキャリアを積もうとしている多くの受勲者にとって重要な場面だった。

そんな場面を打ち崩すように動く若い兵がひとり。あの竜人だ。

参列者の一番先頭に立つウォルの元へ向かおうとしているのは明白。今回も仲間の兵は彼を制止し損ねたらしい。だが、そんな行動は無謀だったということを思い知ることになる。

なぜならウォルの周りには“世界龍”、“原初”、“幻想龍”、“銀角龍”、“死眼龍”、そして“晶龍”に“音龍”、“時龍”までもが集まろうと歩を進めていたからだ。彼らの足取りは真っ直ぐウォルに向いている。その異様なほどの光景に近くの人々は容易に動き出せない。

さらにはその流れに後ろにいた将軍ジェネラルの竜まで加わる。今回ばかりはその竜の決意と行動を誉めるべきだろう。

「ウォル様、先ほど将軍ジェネラルの位を拝命したイヴラシエと申します。

 この度はおめでとうございます。」

「イヴラシエ様も、おめでとうございます。」

ウォルがそう返すと彼は慌てて止める。

「私めに敬称などおやめください。他の方々に叱責されてしまいます。」

「では、イヴラシエさん、でいいですか?」

「できれば呼び捨てでいただけると良いのですが…先程はご挨拶できずに申し訳ありません。」

先程、というのは式が始まる前の整列時に目があった時だろう。彼にしても、自身より位の高い勲章なのは確実だったがまさか三龍鱗章だとは予想しなかったようで。

「いえいえ、こちらこそ。」

ウォルもそれをが分かったので同じく低頭して返す。

これで何も言わずに立ち去るのは失礼になってしまうので、彼もわざわざこの状況で声をかけてきたらしい。彼の行動は、今回の場合最適解。実はディースやホールンさんが謁見場に入るまでの出来事を把握していたので最悪の場合『どう言うことだ。』と問い詰められることになってしまう。

さらにその行動は彼の今後を左右するほどの良い方向に転がっていく。

なんと彼はそのままウォルや五龍の内三龍が加わる話の輪に入ることができたのだ。

「ウォル、おめでとう!」

「おめでとう。そして君もだイヴラシエ。」

話しかけてきたのはステアとルイン様。

“世界龍”がイヴラシエにも声をかけたということは、この話の輪に参加していることを許された証。

「ウォル!」

「ロノ!シャレンにアンスタリスも。こっちにいるなら連絡をくれればよかったのに。」

「せっかくなら内緒にしようと思って。

 知ろうと思えば位置、バレちゃうけどさ。」

そう言ってロノは手を振って指輪を見せる。

それに反応したのはホールンさんとディース。

「おお!それにはウォルの古代魔術オールド・ソーサリーが込められているのか。」

「何という数。やはり凄まじいな。」

「おお!マスター様の初作品ということに!?」

イヴラシエがそう驚いて声を上げる。

「せっかくならウォル、イヴラシエに何か作ってやるというのはどうじゃ?

 それもマスターの技量を持ってしてしか成し得ぬことであろうに。」

“原初”の提案に慌てふためく将軍ジェネラル

自身が所有する物以外の武器防具への古代魔術オールド・ソーサリーの付与は龍と魔術師マスター・オブ・ソーサリーにしか認められていない特権。人の命を奪い、また守る物であるので容易に付与することができないよう定められているのだ。その術式の強度や内容、安定さがその武器を振るった結果に直結するのだから。更にホールンは龍なので今までは実質的に龍の特権だった。

そんな術式の付与を頼むには相当な人脈が必要になる。それをこの場で“原初”に仲介してもらえると言うのだ。将軍ジェネラルが驚くのも無理はない。

「ふむ、ここはひとつウォルの技量を見せてもらうことにするか。」

そう言ったのは“世界龍”。

「いいかな?ウォル。」

「はい、大丈夫です。すぐにできますよ。」

そう言ってウォルも簡単に承諾する。

本来は何時間もかかる複雑なものであるが、ウォルにその常識は通用しない。

「では、イヴラシエ、この場に武器を召喚することを認める。」

「はっ。ありがたき幸せ。“召喚サモン・白閃”。」

竜が呼び出したのは一振りの長片刃刀。

持ち手部分がとても大きく、少し湾曲した刀身は切断に特化した作り。使い込まれて竜力が染み込み洗練されてはいるものの、既に付与されている古代魔術オールド・ソーサリーは不安定。

急に竜の手に白く長い刀が現れたことで謁見場にいた多くの目がそこに集まる。

ウォルは彼から刀を受け取り、そのまま目の前に浮かべる。ウォルの掛けた解析の術式を受けて淡く輝く刀。

「ではイヴラシエさん、どのような付与効果を?」

ウォルはそう簡単に聞いた。彼は悩みに悩んだ結果、

「鋭さをお願いします。」

と頭を下げた。

「他には?」

「『他には』と申しますと?」

ウォルがそう聞くと彼はキョトンとした顔をする。

ホールンさんが将軍ジェネラルに向かって助け舟を出す。

「新たなマスターは二つ目の付与効果を聞いているのですよ。」

それを聞いてやっとそのウォルの問いかけを理解したイヴラシエは驚いて声を上げた。

「複数の付与ができるのですか!?」

「はい、できますよ。」

そう答えるウォルに補足を入れる形でロノも指輪を見せる。

「これ、六つ位の術式入ってるらしいよ。だから、沢山付けたい効果を言った方がいいと思うよー。」

その数に更に目を見開いて驚くイヴラシエ。“原初”も『ほほう!』と声を漏らす。

ホールンさんとディースは『それがウォルだ。』と言わんばかりの表情。

「で、では、軽くすることと、空気の抗いを減らすこと、そしてこの手に固定していただくことは可能でしょうか。

 なにぶん片手なものですから…。」

彼の右腕は肩から先がバッサリと無くなっている。侵攻の折の戦闘で失ったのだ。

再生や治療の術式で元通りにすることはできるものの、彼は自身の未熟さゆえとその傷を残す選択をしていた。

「わかりました。あ、イヴラシエさんは使用する術式や力はありますか?」

「はっ、私は白系統、雪竜スノーです。

 身体強化等の簡易術式は使いますが、殆どが能力と単純な腕力によるものです。」

それを聞いて頷くウォル。そこから行使されるのは『魔術師マスター・オブ・ソーサリー』の力。

「“残雪の鋭刀リメイニング・シャープ

 “粉雪の氷柱刃ライト・アイシクル

 “意思によりて収まり、その力を助く”。」

二つの古代魔術オールド・ソーサリーと一つの魔術ソーサリー。それらが一瞬でその刀に付与された。ウォル自身は雪に関連する力を持たないものの、無理やり雪の要素をふんだんに盛り込み術式を創る。たった三つの術式の中に身体強化や複雑な『手に固定』というものまで容易に組み込んでしまった。

「おおおお!ありがとうございます!」

そう言いながらウォルから差し出された刀に触れるイヴラシエ。

「ここで振らない方がいいぞ。おそらく床や壁が切れる。」

そう忠告したのはディースだ。

「は、はい。わかりました!」

まだイヴラシエは興奮が隠しきれていない。

刀の鞘を握って新たな力を確認していく。その刀から吹雪が起き、帯の形を取っていく。その帯は彼の肩に掛かって刀を背に固定した。

「素晴らしいです!私の思い描いたように力が伝わります。」

「もし何か不具合が有れば調節しますからまた私のところに来てください。」

ウォルはそう言ってアフターフォローも忘れない。

「はい!ありがとうございます。」

そう言って再度頭を下げるイヴラシエ。ウォルは彼が戦う様子を一度見てみなければと思った。

その一瞬の出来事を見て、古代魔術オールド・ソーサリーを扱う龍や参列者から感嘆の声が上がる。

「さすが魔術師マスター・オブ・ソーサリー。あれほどのことを片手間で…。」

「やはり二龍に推薦されたと言うその力は真実ですな。」

「その容貌に惑わされてはいけませんね。美しい娘でもその力は古龍に匹敵する。」

口々にそう言い合う参列者達。

あの若い竜人もその様子を目の当たりにしてその場に崩れ落ちてしまった。慌てて同僚がそれを引きずっていく。おそらくもう彼がウォルに話しかけることはできないだろう。


ちょうど運ばれてきたグラスに入った飲み物を“世界龍”がお盆ごと受け取り、そのまま力を使って話の輪の中心に浮かべる。そのグラスは全て中身が空だった。

ウォルはそのグラスの一つを手に取り、何も考えず自然に刻印されていた術式を起動する。

すると底から湧き上がるように飲み物が注がれる。そう、それは転送術式を組み込んだ空になることがないグラスなのだ。通常は二つのグラスを打ち鳴らすことで注がれる仕組みになっているのだが、あまりにも古代魔術オールド・ソーサリーに習熟しすぎたウォルはその術式に直接干渉してひとりで飲み物を確保してしまった。

「ウォル、本当は乾杯と同時に注がれるんだぞ…。」

ディースが苦笑いをしつつウォルの横までやってくる。

「あ、二つの術式の接触ってそう言うことか!」

慌てて術式をいじって中身を元あったところに移動、他と同じように空に戻す。

「なるほど、高い理解があればそうなるのか…。」

「はっはっは。まさかそう動くとは予想せなんだわ。」

そんなウォルを見て笑うホールンさんと“世界龍”。

「では、改めて。」

そう言って“世界龍”の掲げるグラスに合わせて乾杯をする。ウォルはディースとグラスを打ち合わせて中身を確保した。

「そういえば、シャレンとアンスタリスはそろそろ舎を出る時期ねぇ。」

ステアから軽く放たれた声に二龍は慌てる。

「いえ、まだまだです。」

「私もまだ古代魔術オールド・ソーサリーをウォルに教わっている最中なので…。」

「そうとはいえ、あと数えるほどじゃろう。お披露目の用意をせねばな。」

そう言う“原初”にしてみれば、“音龍”と“晶龍”は実子なのだ。娘が独り立ちをしていくと言うのは親としても喜ばしいもの。

ホールンはと言うと、将軍ジェネラルと何やら話し込んでいる。ホールンさんがペンと紙を持ち出しているので何やら聞き込んでいるようだ。聞こえてきた声からは『雪の温度が』とか『体の作りに直接作用』とか話しているので要素による力の変化をまとめる研究の一環なのだろう。

それを邪魔するのは憚られたのでウォルはシャレン達の会話に入ることにした。

「でも二龍ふたりとも無言展開はできるようになったし、並列で使うのも間近だと思うよ?」

「あらぁ、マスターからのお墨付きがあったわ。二人とも大丈夫そうね。」

「もうウォルやめてよ、そう言ってプレッシャーかけてくるの!」

今まで『仙天楼の五龍』が三龍も参加しながらここまで砕けた会話をできた場面があっただろうか。それほどまでにそれは友との会話というレベルで展開されていた。

やはりその様子をあり得ないという目で見ている他の人々。

二龍ふたり共、黒衣集への道を考えているのかな?」

“世界龍”のその問いにそろって頷くシャレンとアンスタリス。

「そうか、それは楽しみにしているぞ。」

そう言ってニヤッと“世界龍”が笑う。

「軽い気持ちではいけませんよ。黒衣集はこの国の影でもあるのですから。

 生命と直に触れ合う機会もあります。その覚悟を持って臨んでくださいね。」

ホールンさんは流石の忠告。かなり濁した言い方をしているが、黒衣集の在り方を端的に示していると言ってもいい。


実際、黒衣集はこのエンデアという帝国の暗部も兼ねている。近年はあまり機会が減っているが、情報収集だけでなく暗殺を行ったりもしているのだ。一応黒衣集の中でもそのように潜伏などを専門とする龍がいる。だがその命が出た時に彼らが即座に動ける状態にあるとは限らない。新しく黒衣集となった龍が経験の深い龍とペアを組んで動くことも考えられるのだ。帝国を脅かそうとする敵対者はどのような手を使うかわからない。常にその先を予測して事前に叩くことが求められる。“幻想龍”の予測などはほぼ確定の未来を見るので、現在のところ強力な力を持つ敵対存在が直接帝国内に現れたことは無い。

因みに、その汚れ仕事を請け負う黒衣集『黒爪』を指揮しているのは“死眼龍”だ。彼自身が戦場に赴くことはないが、全体の動きを見て指示を出し、『仙天楼の五龍』との繋ぎの役割も果たす。“檻闇龍”、“影鎗龍”、“傀操龍”など…。その二つ名がエンデアで知られることは無い。だがこの国が平穏を維持していられるのも彼らの働きがあってこそ。


「「はい。」」

それを分かっているので、二龍ふたりの返事も真剣だった。

その返事を聞いて頷いた“世界龍”は周囲を見回し、何人か目をつけていた顔があるのを確認。

「そろそろ我々は他へ行くとしよう。失礼するよ。」

“世界龍”らはそう言ってウォル達の元から離れていく。通りがけにロノの髪を撫でたのは絶対におふざけだろう。真っ赤になったロノを置いて、後ろに並んでいた者たちに声をかけていく。とは言っても簡単な挨拶だが、声をかけられた方はそれで名前と顔を覚えてもらえるということ。

ウォルの元にはロノ達三龍さんにんとディースが残った。

マスター様、私もこれにて失礼いたします。」

しばらくホールンさんと話をしていた将軍ジェネラルもそう言って頭を下げていった。

次にウォルに話しかけようとするのは参列者達。

この国にも他の国家と同じように多少の派閥があり、鎬を削っている。竜と竜人が多く、大きく分けて軍部関係と内政、外政の三つに分けられるだろう。二十九評議会まではその力を保っており、多少国の方針を左右することはできる。国の守護者である龍はほとんど派閥に組みしていないものの、何龍かは派閥の重鎮として力を持つ者もいた。とは言っても高位龍の一言で霧散するような弱小集団だが…。

マスターであるウォルを取り込めばその派閥の力を上げることになる。なので積極的に声をかけてくるはずなのだが、それを許すようなディースでは無い。

ディースにしてみればそのような意味のないことにウォルを巻き込まれるのは真っ平。この国の政治的な情勢を詳しく知らないウォルは旗頭に担ぎ上げられて本人の知らぬ間に道具になってしまうだろう。どちらかといえば今のディースやホールンのように派閥より上の存在としてウォルに国内で動いてほしいと考えていたのだ。

実をいえばウォルもその様子に気づいていた。

先程からウォルを見る嫌な視線が分かっているのだ。

「ディース…。」

「ん?どうした?」

「この人たちってあんまりいい感情持ってないよね。」

二人は小声でそう話し合う。

「やはり気づいていたか。まあ私が隣に居れば問題ないだろう。」

「だよね。」

「あ、ごめんね、ウォル。私たち“白金龍”様と“祈龍”様にご挨拶に行ってくる。」

ちょうどその時何かを思い出してシャレンが言う。ステアから挨拶をするようにと言われていたのだ。“世界龍”、“原初”の二龍には挨拶できたが、初めから他の場所で話していた二龍とは声を交わせていない。

「わかった!いってらっしゃい。」

「じゃあね、また後で。」

「ウォル、また幻想舎に帰ってきた時にお話聞かせてね。」

「もちろん!ロノもね。」

そう言ってウォルは近くで話している“世界龍”に目を向ける。その視線の先に目を向けてロノがまた赤くなった。多分ロノはシャレンやアンスタリスとは別行動で“世界龍”のところにも挨拶に行くつもりなのだろう。そう見抜かれてロノはそそくさと“白金龍”の方に歩いていった。

「“時龍”は“世界龍”様が好きなのか?」

二人になったところで、ディースがウォルに聞いてくる。

「うん、そうらしい。実際のところどう思う?ディースの視点から見てさ。」

「まぁ無しではないだろう。

 この国において年齢は婚姻等に対して障害にならない。むしろ近い兄妹姉弟がそう言う関係になる方が嫌われる傾向にあるな。」

「そうなんだ!あとはルイン様がどう思うかってこと?」

「うむ、だがまだ若いということで、もし承諾なされても何かしら条件をお付けになるだろうな。」

ウォルが幻想舎で盗み聞きした内容とほとんど同じだ。

要するに『若すぎるから直ぐには結婚できない、黒衣集になるまで待て』と言った具合だ。

「ディースはどうなの?」

「私か?私にも伴侶はいたぞ。」

それを聞いてウォルはディースの言ったことが過去形でいることに気づく。

「ごめんなさい、無神経に聞いてしまって…。」

ウォルは慌てて謝る。だがディースは気にしない素振りで返事を返す。

「いや、大丈夫だ。

 ウォル、ちょっとここから出ないか?人が多い。」

そのディースの声に周りを見回せば、確かに二人のいる前の方まで多くの人が進んできていた。五龍がウォルの元を離れたので、声を交わそうと多くの参列者が前の方に寄ってきていたのだ。

「わかった。私の力で跳ぼう!」

「おお、それはありがたい。」

そのディースの同意を聞いて、ウォルは腕をディースの腕に回す。

「そうくるか!」

予期せぬ動きのウォルにディースが驚いているが、ウォルはそのまま古代魔術オールド・ソーサリーを発動する。

『“双子星の合ジェミニ・コミュート”』

その瞬間二人の周囲にに小さな光が現れ、その二人の姿をかき消した。遠くで見ていた人々は突然ウォルの姿が喪失したことに驚いているが、近くにいた者達のほとんどは古代魔術オールド・ソーサリーを使ったことが分かったので対して驚かない。やはりここにもその感知力などの差が明確に現れていた。

二人が跳ぶのを横目で見ていたのは“世界龍”。

心の中で呟く。

『デシアス、お前の動きに掛かっているぞ。我が国の行く末は。

 その力を持って今度こそ最愛を守り通せ。』

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