18.半竜人族の少女、龍の拠点へ行く。

ウォルを真ん中に、ディースが左、ホールンさんが右を歩く。

二龍はずっと道ゆく人から挨拶をされたり話しかけられたりしていた。世間話に立ち止まることもあり、ウォルも二龍の挨拶に合わせて頭を下げる。

二龍ふたりっていつもこんなふうに話しかけられるの?」

「ええ、こうやって皆さんと話すのも黒衣集の任務のひとつなんですよ。」

「みんなとって…大変じゃないの?」

「そうか、そうでないかと言われれば大変ですがね、千差万別、十人十色の話を聞けて楽しいものですよ。」

「龍の義務ではあるんだが、そんなことも忘れて語り合うこともある。

 他のめんどくさい仕事と比べたらこちらのがいいな。」

そう言ってディースが笑う。

三人は巨大な円門の下までやってきた。ウォルはこの下に来ると、必ずこの門を見上げて立ち止まってしまう。

左右を見るとその円門は、飛空船以上の幅のある輪だと言うのがわかる。だがその門は大きすぎるが故に一番上の部分が指ほどの細さに見えるほど高い位置にある。

「時間があればこの上に登ってみましょうか。

 そうですねぇ、日の入りの時がいいかもしれません。」

「登れるの?」

「ああ、あの一番上に監視塔があるんだ。我々ならその中に入れるからな。」

本来観光目的で登ることはできないが、二龍といることで特別に入れると言うことのようだ。特に夕焼けが綺麗だということで、三人は陽が落ちるときにもう一度来ることにした。

円門から続く階段を降り切ったそこにある、お洒落な店が目的のパン屋だ。

ここも巨大な店だが多くの人や竜で賑わっている。

ディースとホールンさんが取り籠とトングを持つ。

「好きなものを選ぶと良い。私はスープに合うバゲットを選んで来るからな。」

ディースが人をかき分けてバゲットがある場所まで歩いていく。いつも利用しているようでその動きに迷いは無かった。

バゲットを取りに行ったディースと別れ、ホールンさんとウォルは端からそのパンを見て回った。さまざまなフルーツを使った色とりどりのパンが所狭しと並べられている。

ウォルは気になった赤いベリーの小さなパイと、砂糖の掛かった揚げパンを籠に入れてもらう。ホールンさんはと言うと、既にハニートーストを三つも籠の中に確保していた。

「その二つで大丈夫ですか?もっと買ってもいいんですよ。」

「でも、夕食が食べられなくなっちゃうから。」

「なるほど、賢明な判断ですねぇ。」

長い列を並んで会計を済ませる。

入り口で合流したディースは腕に大きなバゲットを二本も抱えていた。

「ちょうど焼き上がったところだったんだ。いいタイミングだった。」

「そうでしたか、では少し柔らかいバゲットが食べられますね。」

三人は戻るように階段を登って円門をくぐり、宮殿に続く大通りを歩く。

ディースの拠点は、その大通りと交差する一番大きな道があるところの角の建物だと言う。

しばらく歩くと話の通り、円門と宮殿のちょうど中間辺りに一本これまた大きな通りが横に走っている。

角にある建物はこの首都随一と言われている魔術具屋だった。日用品から武器まで、さまざまなものが揃っている。武器と言っても量産されたものではなく、一つ一つに副次効果が載っているようなものだ。このエンデアだから少し高価程度で済んでいるが、他国なら家などと同価値の超高級品だろう。

薄暗い店内には客が一人しかいない。手に持っている剣を細かく見ているその客は額から首まで大きな傷があった。

ディースはそんな客に目もくれず、店内を突っ切っていく。

ウォルはカウンターに店主がいるのに気づいたが、その店主も特にこちらに視線を向けるわけでもなく黙々と作業を続けていた。

ウォルとホールンさんは急いでディースについていった。

一番奥にあったのは綺麗な模様が彫られた扉。

ディースに反応して開くその扉は、昇降機エレベータだった。

シェーズィンほどの巨大なものでは無いが、そこそこの広さがある。

遅れてウォル、ホールンさんが乗り込むと、ディースは閉まる扉を確認して操作盤に触れた。ゆっくりと昇降機エレベータが上がって行くのを感じることができる。

扉を開くとあったのは円形の小さな部屋。その向こうに重厚な扉がある。

ディースが歩くと何も起こらなかったが、ウォルが一歩踏み出すと床に描かれていた円陣が光る。ウォルは隅々 ー 頭の中までも ー を見られている感覚になった。四方八方を目に囲まれているみたいだ。

「…っ、何これ?」

「すまんな、侵入防止結界なんだ。上を通る者を解析する仕様になっている。」

ディースに招かれて扉を超えると、その気持ち悪い感覚はなくなった。

後から円陣を光らせながらホールンさんもやってきて、その扉を閉める。

その部屋にはアンティークのテーブルと椅子。

その奥はキッチンだろうか。壁一面にスパイスやハーブがかけられていて、三つも寸胴鍋が置いてある。ハーブの不思議な香りのする部屋。

ウォルは自分の家がここだと言うような不思議な気分を味わった。昔ここで暮らしていて、その椅子に座ったことがあるような。

その部屋からは三つの扉で別の部屋に行くことができるようになっていた。

一つは扉が外されていて、向こう側の部屋が見える。

「昼食ができるまで好きに過ごして待っていてくれ。」

そう言ってディースはキッチンへ。

ホールンさんはゆっくりと歩いて扉の外されている部屋へと向かう。

ウォルもそれについてその部屋に入ると、その部屋の大きな窓から大通りが一望できた。

壁一面が硝子ガラスの窓になっているのだ。通りを挟んで向こう側、高層建築の合間を縫って円門も見える。硝子ガラスの壁の近くによってみれば、円門と反対側に宮殿の鐘も目に入った。

その部屋の壁は全て本棚になっていて、古い本が所狭しと置いてある。

窓のそばにいたウォルは、本棚の方に向かおうとして目の前が急に暗くなったことに驚く。何度か部屋を歩いて、硝子ガラスから一歩部屋の中心に近づけばすぐに周囲が暗くなることに気づいた。

本を光で劣化させない為だろうか。光を部屋に入れない術式がかけられているのだ。

ウォルは外の景色を眺めていようとソファに腰を下ろす。

ホールンさんはすでに本棚の方に歩いて行って、寄りかかって気になった本を広げている。

「私がここにきたのはかなり久しぶりです。結構新しい本がありますねぇ。」

楽しそうに頁を捲るホールンさんに、隣の部屋から声が飛んできた。

「ちゃんと元の場所に戻せよ。その辺はまだ解析が終わっていない本だから。」

「わかったわかった。」

軽く返事をしてすぐに本に視線を戻すホールンさん。

しばらくすると隣の部屋からはとても良い匂いが漂ってきた。

「ホールンさん、いい匂いするね。」

ウォルが話しかけると、ホールンさんはわざわざウォルの方まで寄ってきて一度息を吸ってからそれに同意する。

「おお、そのようですねぇ。」

「そこじゃ匂いが分からないの?」

そう言ってホールンさんが寄りかかっていた本棚を指差す。

「本棚の近くには匂いや湿気が寄らないようになっているんです。」

どうやらこの部屋、一面の本棚に無造作に本が置かれているように見えて万全の保管体制を整えているようだ。

匂いに釣られてウォルはディースの方に行く。

キッチンではディースが大きな棒で鍋をかき混ぜながら、加熱器でパンを焼いているようだった。

「この向こうはどうなっているの?」

通ってきた出入り口と今いた本の部屋以外の扉を指しながらウォルは聞く。

「右側はトイレ。左側は私の寝室や風呂がある方に続くんだ。

 トイレに行きたかったら遠慮なく勝手に使ってくれ。」

「見ても良い?」

「ああ、もちろん。別に何かあるわけでは無いけどな。」

まずウォルはトイレの方の扉を開ける。

幻想舎にもあるような普通のトイレだが、壁には何やら沢山の細いパイプが通っている。

「このパイプは?」

「それは暖房機。寒くなればそこにお湯を通して部屋を暖めるんだ。

 寒い中トイレをしたくは無いからな。」

「そんな機能あるの!」

「この部屋にもあるぞ?」

そう言ってディースは鍋をかき混ぜながら一番近くにあったカーテンを引く。

そこにはトイレと同じようにパイプが通っていた。

確かに不自然な位置にあったカーテン。窓は隣の部屋と天窓だけなのに何故あるのかと疑問だったそれは使わない暖房機を隠すためのものだったのだ。

トイレの扉を閉め、もう一方の扉を開けるとすぐ左に下の階へ向かう階段が出現する。

正面に続くは風呂だ。

黒い石でできた浴槽と壁。高級な佇まいで、その大きさはシェーズィン・ハインのものの四分の一程度の広さ。それでも一人が生活する場所でこの大きさは破格だった。

少し廊下を戻って階段の方に一歩踏み出してみると、それに反応して灯りがついた。

二回曲がって降りた先はディースの寝室。大きなベッドが部屋の真ん中にあり、クローゼットや小さな本棚が壁のほうについている。

本棚の一角には本ではなく写真が置かれていた。ウォルは思わずそれを見てしまう。

一つはディースが一人の女性と写っているもの。今よりも少し若いだろうか。お相手の女性はディースと真反対の白いローブを着ている。

お互いの腰と肩にそれぞれ手を回してポーズを取っているので、ディースとは恋人か夫婦の関係なのだろう。

もう一つの写真は横長で、ディースを中心にウォルより少し上くらいの歳の子供たちに囲まれている。

何かの記念写真のようだ。

龍、竜、竜人の子供が笑顔でディースを囲んでいる。その中にはディースに劣らず一際覇気オーラを放つ竜人がいた。その竜人は両腕を曲げて自らの力を見せつけるかのようにポーズをとっている。ウォルはそのおかしさに思わず吹き出してしまった。

しばらく写真を眺めていると、遠くからディースの声が聞こえる。

「ウォル、お昼にしよう。」

ウォルは返事をして階段を駆け上がった。

ホールンさんは既にテーブルに着いている。その横にウォルが座ると、ディースはスープとパンを運んできた。

目の前のに置かれた二つの器。

平たいお皿には白いスープ。少しトロッとしていて緑の葉っぱが散らしてある。

深みのあるお皿には透明のスープ。緑の葉物野菜が布を巻くように丁寧に盛り付けてある。

最後にディースは大きな籠にこんがりと良い色をしたバゲットを入れて持ってきた。ナイフで切られていて一口大の大きさだ。

「スープランチだ。まずはこっちの方…。」

ディースは籠からパンを一つ取って、その白いスープに付ける。

「これは潰した芋をベースに鳥の骨などでとったスープと合わせてある。少し濃い味付けになっているからこのようにパンを付けて食べるんだ。」

ウォルも同じようにパンを取って、付けて食べる。熱の入ったパンのサクリとした食感に、味の深いスープがよく絡んでとても美味しい。

量が多いと思ったパンも、これなら全て食べてしまいそうだ。

次にディースは深い皿の方を指差す。

「こちらは野菜スープ。しっかり煮込んで野菜の旨みを最大限抽出してある。

 隠し味に少しだけスパイスが入っているが、あまり気にせず飲める味になっているぞ。」

そんな説明を聞きながらウォルは丸いスプーンで掬ってそのスープを飲む。

こちらは白いスープよりも優しい味だ。

ただその中にもパンチがあって、その温かさがじんわりと身に沁みる。

「美味しい!私この野菜スープがとても好き!」

「ありがとう。口に合ってよかった。」

ウォルの率直な感想に微笑むディース。

下手をすれば幻想舎の料理店レストランで出るスープよりも美味しいかもしれない。

ウォルは味が染みた野菜も楽しんだ。

食べ終わってみれば、あれだけあった籠の中のパンも一切れだけになり、それも今最後のスープをつけてホールンさんの口に消えて行く。

ウォルは白いスープを一回、野菜スープは二回もおかわりしてしまった。


空いたお腹を満たし、元気いっぱいになったウォル達三人はディースの案内で再度昇降機エレベータに乗って少し下の階に向かう。

そこはディースの訓練室。

幻想舎の訓練室のように防御壁の張られた円形の部屋だ。

「ここは訓練だけでなく研究活動も行えるようになっているんだ。」

そう言ってディースが手を振ると、部屋がその姿を変えていく。

まず、部屋の床が動いて解析の術式が浮かび上がる。その術式は【原初の言葉オリジンズ・スペル】まで併用していて高度な『術式の解析』が可能。

壁は一部が迫り出してきて術式を貼っておく・・・・・ことができる特殊な板になる。

他の壁は防御用の壁が下に沈んでいき、隠れていた本棚が姿を現した。

他にもリアルタイムで国の大書庫にある論文などを閲覧できる投影機や印字機、部屋内の空間に存在する龍力や神力を絶えず測り続けている測定器などがある。

これだけのものがどこに仕舞ってあったのかと驚くほど大量の機械や装備。

正に龍の研究室だった。

極め付けは床から立ち上がっている二つの水晶のような機械。

それぞれに【原初の言葉オリジンズ・スペル】や古代魔術オールド・ソーサリーなどを封じ込め、双方の水晶に向かって発射させることで客観的にその干渉反応を観察できるもの。

体感でしかその現象を判断できない術者にとって、その観察実験は自身の気づかない点を見つけ出す手がかりになる他、この部屋にいる三人のように高度な研究段階の術者としてもその術式の特性を暴き出すことができる。高みに到達した研究者にしてみれば、喉から手が出るほどの機械なのだ。

そんな設備に囲まれて始まるのはこの前の通話の続き。

「さて、ウォル。魔術ソーサリーを習得したとのことだったが…。」

「うん、見てて。“私の手の中にベリーパイが転移する”。」

その瞬間ウォルの手に現れたのは先程パン屋で買ったベリーパイ。しっかりと袋に入ったままだ。

ディースがキッチンに買ったパンを置いておいたので、そこからウォルの魔術ソーサリーによって動いたということになる。

「素晴らしい!」

なんらかの方法でホールンさんはキッチンの大きな袋の中からベリーパイがなくなっていることを確認したらしい。

「パンと、その入っている小さな袋だけを限定してそのものと同時に転移させているんですね。」

「認識内では完璧に使用できるようだな。」

「ではウォル、認識外ではどうですか?」

認識内というのは魔術ソーサリーを使う対象の全てを認識している状態のことだ。今回であればウォルはベリーパイが小さな袋に入れられた状態で運ばれていたことを知っていたので、その袋ごと転移させることができた。

認識外というのは対象を知り得ない状態、すなわち名前だけ分かるが手元にないと言った場合のことを表す。

それを分かっているのでウォルも次の行動の話が早い。

「何を対象にしたらいい?」

「そうですねぇ、何がいいでしょうか。」

「ホールンの主武器メインウェポンではどうだ?

 あれはまだウォルの前で使っていないだろう。」

ディースの提案にホールンさんは頷くが、その返事は肯定ではなかった。

「確かにあれはここ数百年私の執務室に安置されたままですが…。

 あれには【原初の言葉オリジンズ・スペル】を付与ペーストしてありますから魔術ソーサリーで扱うことはできません。」

「だめか…。」

そこでホールンさんは何かを思い出して膝を打つ。

「そういえばウォルは私の執務室に来たことがありませんね。

 ではその執務室に置いてあるノッカーを呼び寄せればいいでしょう。」

ノッカー、音を鳴らして使用人を呼ぶためのものだ。

“銀角龍”の執務室にあるものは、殆どが外部からの悪意ある干渉を防ぐために【原初の言葉オリジンズ・スペル】で防御されている。そんな中でも数少ない利用できるものがノッカーだった。

「分かった!“ホールンさんの執務室にあるノッカーは私の手元に転移する”。」

そして、ウォルの手元には彫刻の施された木の板と、金属球が出現した。

ホールンさんに手渡すと、それを確認したホールンさんが自分のものだと断じる。

「間違いない。私が使っているものです。とうとうウォルもこの領域に到達しましたか。」

「私を超えたか。流石だな。」

ディースの口から飛び出したのはウォルが自身を超えたという内容。

「ディースを超えた?私が?…どういうこと?」

その問いにディースは答えを出す。

「私は魔術ソーサリーの全認識外領域に到達していないんだ。

 練度や対応力で負けるつもりはないが、こればかりはどうしようもない。」

使いこなせるかは別として、ウォルはなんと魔術ソーサリーの理解と使用可能な領域という点で“死眼龍”ディースを超えていた。

ウォルにとっても、確かに今の感覚は文章として説明できるものではない。

体感や、なんとなくの直感が合わさってこんなものだと自覚できているのだから。

それが魔術ソーサリーが訓練と知識だけでは高みに到達できないと言われる理由。

そんなウォルに、ホールンさんが提案をする。

「ウォル、『魔術師マスター・オブ・ソーサリー』の称号を得る気はないですか?」

「私が、ですか?」

その驚きにウォルは丁寧な口調に戻ってしまう。

魔術ソーサリー古代魔術オールド・ソーサリーを極めし者に送られる最上の称号『魔術師マスター・オブ・ソーサリー』。神力という規格外の力を扱える龍を除き、理論的には一般の到達できる最高点。その称号は一般の生命が使う魔術ソーサリーの領域で最も深い知識と技術を有し、その存在は人間の国にまで知れ渡る。今、その称号をこの世界中で持つのはただ一龍ひとり、“銀角龍”。

「ディースを超えた今、魔術ソーサリーの範囲においてウォルを上回るのはおそらく私だけです。確かになんとなくの感覚で獲得した力も多いでしょうが、それは紛れもなくウォルのもの。

 この称号があれば国内で優位に動ける他、後進の古代魔術オールド・ソーサリーの使い手の育成に携わることができます。

私としてはウォルのその若い感覚でこの力を拡めてほしいのです。」

ホールンさんはウォルに向き合って力説する。

「ああ、この私と実践で引き分け、シェーズィンの風の中を飛ぶ実力。それはこの称号に申し分ない。

 魔術ソーサリーの全てすらも操るのであれば、相応しいと言えるだろう。」

ディースからも褒めちぎられる。

ウォルは少し考える。

そして、何かこの国で過ごすのに不都合が無ければそれを受けようという結論に至った。

特にこの古代魔術オールド・ソーサリーを広めることに携われるというのはかなり魅力的だ。

まだこの国や世界には、自分自身がそうであったように、高い適性を持ちながらもそれに気づいていない子供がたくさんいるかもしれない。

そんな人たちに自分のような自由の翼を持ってほしい。

あの、初めて飛んだ時の気持ちを味わってほしいと思ったのだ。

「何かその称号を持っていることでしなければいけないこととかはあるの?」

「いや、私もその称号を持っていますが特にはないですねぇ。

 今まで通り、我々と話し合いをしたり、あとは舎に行って少し教える程度でしょうか。

 軍役を強制されることも、どこかへの参加を指示されることもありません。」

つまり、その称号を得たからと言って古代魔術オールド・ソーサリーを教え、研究すること以外には何もしないということだ。

これからもホールンさんやディースと共に公に話ができるなら、とても楽しいだけなのではないか?確かに有名になって声をかけられるということが増えるかもしれないが、ホールンさん達を見ている限りそれが負担になりそうな様子はない。

「こんな私でいいのなら。」

「承諾してくれますか。それはとても喜ばしい!」

「新たな『マスター』の誕生だな。」

喜ぶ二龍にウォルは声をかける。

「これからも一緒にこうやって話をさせてね?」

ウォルの願いに二龍は即座に肯定する。

「もちろんです。

 今までは個人的な関係でしたが、これからは社会から認められた研究者同士の交流です。

 国の書庫も利用できますし、より楽しくなりますよ。

 ああ、もちろん今まで通りの個人的な関係も続きますがね。」

その返事を聞いて安心したウォルは、思わず椅子に倒れ込む。

「よかった!そう言ってもらえて。」

そこからの二龍の行動は早かった。

「早速、称号授与審査会に連名で推薦するぞ。」

「ええ、でしたらステアも巻き込みましょう。」

ディースが研究室の印字機を操って推薦書を作成する。同時にステアに連絡を送り、その名前の使用許可を得る。

この部屋と“幻想龍”の間で通話を繋いだのだろう。部屋中にステアの声が響く。

「ステア。」

「あら、ディースじゃない。今ウォルもいるの?」

「いるよ!」

ウォルは元気よく返事をする。

「どうしたの?何かあったかしら。」

「ステア、私達は連名でウォルを魔術師マスター・オブ・ソーサリーに推薦しようと思っている。ステアの名前も欲しいのだが。」

「ええ、もちろん良いわよ。」

即答。推薦書には“幻想龍”、“銀角龍”、“死眼龍”の名前が入った。

ディースがそれを完成させる横で、ホールンさんがウォルにこの推薦の仕組みを説明してくれる。

「この国には勲章授与審査会・称号授与審査会という二つの会が存在します。

 どちらの審査会も、三龍以上の『仙天楼の五龍』と龍、竜、竜人の代表者が参加します。

 そこで輝かしい功績を残した者や、勲章、称号に値する者に授与の種類や有無を決めるのです。

 そこには会の参加者が候補を挙げる場合と、我々のように既に称号を持つ者や実績ある研究者からの推薦によって議題に上がる場合があります。」

ディースからの補足も入る。

「推薦の場合、その重要性は推薦者の名前で決まる。

 その名前自体にも強い力があるから、推薦するということは推薦者の力をもって授与を要請することに他ならない。

 まあ、今回の場合はホールンの名が入った時点で確定だろう。」

あっという間に完成した推薦書には、ウォルの名前とその技術力など推薦理由まで細かく書き込まれていた。

ディースが特殊な転送装置を利用して推薦書を宮殿に送ってからは、そのテンポのまま次の話題に突入する。

次の議題はウォルが作り出した古代魔術オールド・ソーサリー

実際にホールンさんが【原初の言葉オリジンズ・スペル】を付与したものを近づけたり、それをホールンさんに直接放つことで反撃カウンター術式が構築できるかなどの実験を行った。

結果として三人が予想した通り『ウォルが【原初の言葉オリジンズ・スペル】を判別する意識を形式化して術式に織り込む』という構造をしており、『ただの認識動作として判定されるため反撃カウンター術式の構築は不可能』ということが判明した。

但し、認識動作であるので認識阻害やすり替えなどの術式が有効であるということも確認される。

「よし、なら大丈夫。」

安堵して頷くウォル。そうと分かれば術者ウォルは認識阻害やすり替えを突破する術式と組み合わせるだけ。

「まぁウォルの技量であれば問題ないな。」

「ウォル、これを論文にできないか?

 一般論として帰結できれば龍以外の軍関係者にとって大きな利点として活用できる。戦力差による結果が分かる戦闘を避け、その分適切な処置をとれるぞ。」

ホールンさんやディースが軍関係者なので戦争を否定するわけではないが、ウォルは攻撃よりも防御の理論を持っていた。侵攻ではなく国土や国民の防衛に武力を使うべき、ということだ。

今回のものは直接の攻撃に転用しづらい物なので、ウォルもすぐに同意する。

「わかった。いろいろ参考にして書いてみる。」

「これは近代の【原初の言葉オリジンズ・スペル】に関連する革命となりますねぇ。

 新しい魔術師マスター・オブ・ソーサリーの称号受領後初めての論文がこれとは。」

ホールンさんが楽しそうに笑う。

「そうだ、今度研修会があるよな。」

ディースが何かを思い出したらしく二人に言う。

「研修会?」

「研修会っていうのは、正式名で言えば『古代魔術オールド・ソーサリー魔術ソーサリーに関する術者研修集会』と言ったところでな、多くの龍と竜、竜人の古代魔術オールド・ソーサリーの術者が集まる会なんだ。我々が実践を教えたり、理論研究を集まってやったりしている。」

ディースの説明を聞いて、ウォルはその場面を想像する。沢山の人々が集まって、今のような話をするのだ。

「え、めっちゃ面白そう!私も参加して良いの?」

「もちろん。強いて言えばウォルは招待される側だな。」

「そうですねぇ、ウォルにとっての初仕事になるかもしれません。」

そんな場では、ここにいる三人のように高度な知識を持つ者が教える側にまわる。

だが、単に教えるわけではないのだ。

「ちょうどその時に、この前話した『要素と自然現象に関連した強弱理論』の実地研究を行おうと思っていましてね。」

「龍が来るってことは、じゃあそこでデータ取れるわけだ。」

「そうなんですよ。絶好の機会になりました。」

気づかれないところでこのように教える側もそれを利用している。今回は、龍を集めて行わなければならない実験がそこで代用できるとあって、ホールンさんも着々と準備を進めていた。

それから三人の話は白熱していく。

お腹が空いてきたというウォルの声に、三人はキッチンのパンを呼び寄せ・・・・、それを片手に話を続ける。

研修会の予定組みや系統術式の最適解、そして術式の即時展開について。

特に『術式の即時展開』の話題は一つ論文ができてしまうかのような勢いだった。

なんとウォル、ホールンさん、ディースでその方法が違ったのだ。

一秒にも満たない時間で行われるそれに差異などないように思えるが、それぞれが照らし合わせてみればその順番や方法がかなり異なっていた。

ウォルは術式が作用する場面シーンを一瞬思い浮かべることで半自動的に術式を作り出す方法。

一番自身の直感や感覚、想像力に頼った方法なので即時展開のレベルまで持っていくには途方もない訓練が必要。ウォルは幻想舎での古代魔術オールド・ソーサリーへの熱中とディースとの試合を経て、その速度は刹那以下にまで速められていた。

ホールンさんは『その術式に望む効果』と『その最適媒体』を組み合わせることでその速度を実現している。

例えば捕縛の術式であった場合、『どのように拘束するか』 ー 陣を作って絡めとる“縛陣” ー と、『何で拘束するか』 ー 今回は陣と相性の良い“鎖” ー を組み合わせ、“鎖の縛陣ロック・スクエア”のように構築して展開する。

これを少しづつ入れ替えたりすることで相手に対応したものにするのだ。止めるのか、逃さぬのか、封じるのか。紐、鎖、箱、瓶。

長年の経験から導き出した最速の展開方法だ。

ディースはというと相手の術式を見てそれに相反するように術式を構築する。

原初の言葉オリジンズ・スペル】の高等技術を応用し、相手の術式を利用して展開するのだ。

ホールンさんとディースも長年研究を行っているが、いかんせん同等の技術を持つ術者が少なかった。

新たにウォルという高い技術と知識を持つ存在が歯車となりその研究が凄まじい速さで進展を見せている。特にこの短い期間でここまで到達したウォルの思考は、二龍の今までの長考で凝り固まった考えをほぐしていった。

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