17.半竜人族の少女、首都へ向かう。

いよいよ今日はウォルが首都に行く日。

ベッドに居ながらぱっちりと目の覚めたウォルは壁の時計を確認して起きる。

まだ日が昇らぬ早い時間。窓の外にはまだ星が瞬いている。

まずは机の上にある箱を開けて腕輪ブレスレットをし、机の上にネックレスを出しておく。他の部屋のロノ達を起こさないように、静かにクローゼットを開けて素早く着替える。着替え終わったらネックレスを着けて、小さな鏡の前で髪を梳かす。癖の少ないウォルの髪の毛はその長さも相まってすぐに跳ねが無くなった。

静かに扉を開け、廊下に出る。閉める時も最後の最後まで気を抜かない。下手をするとこの階中に響く音を立ててしまうのだ。数日前もリコが適当に部屋の扉を閉めた時に、バタンと言う音がウォルの部屋まで響いてきた。

ロノやキコリコ姉妹には、昨日のうちに『首都に行く』ということを言ってある。

予定では二日間向こうに滞在するつもりだ。

夜間用の淡い明かりの廊下を歩く。これまた静かに階段を登り、向かうのは上の階の料理店レストラン

机の上にはサンドイッチと飲み物が用意されていた。

これも昨日のうちに料理人シェフに訳を話して作ってもらっていた。ウォルだけの朝食だ。

サンドイッチを手早く食べ、ジュースでそのまま流し込む。いつもなら椅子に座って味わって食べるのだが、今は時間がない。

食べ終わったウォルはそのまま昇降機エレベータの入り口へと向かう。

昇降機エレベータの前に立つと自動でその扉が開いた。中に入って、扉が閉まるのを確認してウォルはこの前ロノがやっていたように集音器へと話しかける。

「おはようございます。幻想舎のウォルです。ロイアへの下降を希望します。」

「おはようございます。ハイン制御室コントロール了解。下降を開始する。」

ウォルは昇降機エレベータの外の景色を眺めながら首に下げた黒い石に竜力を流す。

するとウォルが話しかけるよりも先に向こうから声が聞こえてきた。

「おはよう、ウォル。連絡が来たと言うことは幻想舎を出発したのかな?」

「ディース、おはよう!

 うん、今昇降機エレベータに乗ってるの。」

「分かった。こちらも準備をしておこう。円門のところでホールンと待っていることにするよ。」

ディースもまだ自分の拠点というところにいるようだ。これからホールンさんと合流して、ウォルとの待ち合わせの場所である円門まで向かう。

「はーい。

 あ、そうだ、そっちに古代魔術オールド・ソーサリーで飛んで行く時なんだけどさ、中央の道を飛んで行って良いの?」

「ああ、それでいいぞ。」

二人が話しているのは中央線セントラルラインのことだ。

首都からシェーズィンに直線で走る中央線セントラルラインを進めば自ずと目的地に到着できる。そしてその白い道は規則があった。三つに分かれているその道の両端はエンデア国民なら誰でも使うことができる。

だが中央の一番幅のある道 ー 両端の道も飛空船が余裕ですれ違えるほどの幅はあるのだが… ー は『仙天楼の五龍』や龍の『専用道』。

龍が飛ぶ時や『仙天楼の五龍』が移動する時、そして緊急時の伝令を転移を使わずに伝達するときなどはこの道が使われる。

今回ウォルは自分の古代魔術オールド・ソーサリーを使って飛んでいこうと考えていた。だが少なからず衝撃波を発生するその飛行法を一般人が沢山いる『一般道』で実践するわけにはいかない。

そこで十分に幅があり他の人に迷惑をかけない中央の道を使わせてもらおうとしたのだ。

ディースもそのことを理解しているので快く許可を出す。

“死眼龍”の許可が有れば専用道の使用も問題ない。

「四番昇降機エレベータ、ロイア到着です。気をつけていってらっしゃい。」

「行ってきます!」

昇降機エレベータのアナウンスの見送りを受けて歩き出すウォル。

制御盤にいる竜人に挨拶をし、そのまま扉を開けて中央線セントラルラインの方に向かう。

途中で幻想楼で働く竜ともすれ違って会釈を交わす。

建物を抜けて広い階段を一番下まで降りて行けば中央線セントラルラインの端に着く。

入り口から入れば発着場所として使える広場だ。そこから真っ直ぐ白い道が続いている。

ところが、ウォルを待ち構えていたのは閉ざされた中央線セントラルラインの入り口だった。

シェーズィンに近い中央線セントラルラインには、一般人の誤進入などを防止する防御壁が設けられている。その中に入るには入り口であるこの巨大な門を通過しなければいけない。

試しに右手で押してみたが、びくともしない。

巨大な門だが、ウォルはこの前作った指輪をはめている。その中の力の一つにパワーの強化もあるので、その小さな体格に見合わずウォルの肉体的な力は竜に匹敵する。

それで開かないと言うことは、門が重いわけでは無く進入防止の術式や結界が張られたままだということだ。

その結界はこの門を管理する衛兵の詰所から陣を操作して解除する必要があった。

だがウォルはそれを知らないのでその門の前でなんとかしようと思案する。そんな門の前で立ち止まって何かをしている竜人族の少女に気づいた衛兵の一人がこちらに駆け寄って来た。

「お嬢さん、今の時間は開いてないよ。しかも専用道だから一般人は進入禁止だ。」

「あの、“死眼龍”に許可をとったんですけど…。」

ウォルがそう言うと、その衛兵は鼻で笑う。まさか目の前の少女がかの“死眼龍”様と懇意にできる訳がない。

「お嬢さん、くならもっとマシな嘘を言うんだ。

 そんな連絡は来ていない。ほら、帰った帰った。」

手を振ってウォルを離れさせようとする衛兵。その声を聞いて何事かと奥からさらに複数の衛兵がやってくる。

ウォルはそれでも諦めるわけにはいかず、両手で扉を開けようとする。

実はそれが今のウォルの最適解だった。

その瞬間、ウォルが左手に嵌めたホールンさんの腕輪ブレスレットが光る。

そして響き渡るのは門自体が発する音声。

「黒衣集筆頭“銀角龍”サイルヴァ様の特級権限を確認。

 誘導灯ガイドトーチ点灯。侵入防止結界解除。開門ゲートオープン。」

衛兵たちが唖然とする中、ガン、ガン、ガンと音を立てて専用道の側面に付けられた明かりがずっと向こうまでともっていく。その強烈な光を放つ誘導灯ガイドトーチは夜間の飛行で中央線セントラルラインの位置を示す重要な役割を負っていた。

ウォルの目の前の門が結界を解き、ゆっくりと開いていく。

門はちょうど人がひとり通れるような幅に開いて、ウォルを迎え入れた。

ウォルが数歩進んで門の中に入ると、今度は門が閉じていく。

それに気づいた衛兵がウォルを取り押さえようと駆け寄ってくるが、もう遅い。

「特級権限の内部移動を確認。

 侵入防止結界展開。閉門ゲートクローズ。」

無情にも、龍の侵入すら阻む扉が衛兵たちの前でピシャリと閉まった。さらに結界が張り直されたことで扉にぶつかった衛兵が派手に吹き飛ぶ。

門を開けたのはこの腕輪ブレスレットの力。

「ホールンさん、私に何をくれたの!?」

ウォルは思わず大きな独り言を言ってしまった。

お守り的な意味合いでのプレゼントだったと思っていたが、その腕輪ブレスレットには『“銀角龍”の権限』自体が付与されていた。

即ち、この腕輪ブレスレットの前に入れぬ場所、開けられぬ結界などこの国に存在しないことを意味する。

向こうに着いたら返さなきゃ!ウォルはそう決心した。

扉の向こうで衛兵たちが叫んでいるが、結界の内部のウォルには関係ない。

今は早くディースとホールンさんの元に行ってこの腕輪ブレスレットを返すことが先決だ。

こんな子供に何を持たせているんだ、私に何かあったらどうするんだ、と大きな不安が巻き起こる。

「“颶風の箭サイクロン・ダート”。」

ウォルは一気に風を纏い、飛びあがる。

強化リィンフォースされた古代魔術オールド・ソーサリーだが、もうシェーズィンに来た時のようなことは起こらない。

暴風は全てウォルの意志のもとに制御され、その身体を確実に前に進める。

半竜人族の少女は中央線セントラルラインの上を疾翔した。

左前方の一般道に停泊中の飛空車の一団が見える。ウォルはそこに衝撃が飛ばぬよう風の壁を動かして防ぐ。

その一団もウォルの速度の前にあっという間に遥か後方に移動する。

大抵は首都とシェーズィンを移動するのに丸一日かける必要があるので、朝それぞれの都市を出て夕方に到着するように時間取りをする場合が多い。まだ辺りが暗い今は中央線セントラルラインにいる人の数が圧倒的に少ないのだ。

なので今道を進んでいるのは夜間に出発してちょうど昼の時間に着くように調整している人たち。進みの早い観光船や進みの遅い隊商キャラバンはこの朝の時間を利用する場合が多かった。

ウォルは何度か中央線セントラルラインを利用する隊商キャラバンに対してこのように対応しながら進んでいく。

飛行速度からしてそろそろある目標が見えてくるはず。

「“天星の眼スター・オクルス”。」

ウォルは視野を広げる術式を展開して前方を探る。探しているのは穴の空いた円柱形の巨大な建築。

軍事拠点のガズウェだ。

それが見えればすぐにこの道は大地の上を進む。そうなれば中央線セントラルラインの半分を進んだことになる。首都まで後少しだ。

「見えた。」

円柱がだんだんと大きくなっていく。

その円柱の後ろから山脈や緑の大地、そして高層建築群が迫り上がってくる。

高速で飛行する少女。いや、それが少女だと判別できた者はどれほどいただろうか。

殆どが『こんな時間に龍が飛んでいるとは珍しいな。』と言う感想を抱く。

ガズウェの横を飛び去る時、ちょうどガズウェに入港する定期巡視の飛空船がウォルに向かって敬砲を鳴らす。龍だと認識したのだろう。

向こうから見えるかはわからないが、ウォルはそれに手を振って先を目指した。

中央線セントラルラインは都市の中心を走る大通りと合流する。その左右には大きな建物が立ち並ぶようになった。


少しづつ陽がその明かりを空に放ち、辺りが明るくなっていく。

その光と共に急激に活気を増していく、中央線セントラルラインに重なった大通り。

エンデアという国が起き出したようだ。

一番人通りがあるのは首都の内部と外部を繋ぐ円門。

朝一番の貿易飛空船や仕事、朝食、はたまた休日の息抜きに向かう竜人、竜が行き交う。

その中には人間などの他の種族もかなり混じっている。首都ならではの光景だ。

唯一ゆいいつ人がいないのは龍のみが利用できる専用道。

そこにゆらりと二つの影が現れる。

“銀角龍”と“死眼龍”。エンデア最強の『楯』と『鉾』の組み合わせに道ゆく人々は足を止めたり、何事かと噂し合う。

その二龍は円門の真下までくるとそこで立ち止まった。何かを待っているようで、その二龍は頻りに中央線セントラルラインの方を見ている。

円門はすぐ外が大きな階段になっているのでとても見晴らしがいい。門の外の街を遥か向こうの海まで一望できるのだ。

「お、来た来た。」

ホールンが指差す先には、空気が超速度によって圧縮されたことによって生じる白い尾を引くウォルの姿。

一度見えてしまえば円門までは一瞬だ。

「おはよう、ウォル。」

「おはようございます!」

二人の前に少女が降り立つ。

「ここまでは何事もなく無事に来れたかい?」

「えーっと、向こうの門のところで一騒動あって…衛兵の人に止められたんだけど…。」

「何!?私はあの後確かに通達を出したぞ?」

ホールンさんがその問答に腕を組んで怪訝な顔をする。

「通達が止められたか、はたまた受け取らなかったか。

 私からも通達を出してみましょう。」

そこまで話してウォルはシェーズィンであった事を思い出す。

「それからぁ!」

ウォルは付けていた腕輪ブレスレットを外してホールンさんに突き出す。

「こんな権限があるなんて聞いてない!『特級権限』って言ってたよ!?」

ウォルの指摘を受けてもホールンさんは何食わぬ顔。

「おや、そうでしたか?まあそれはウォルが持っているといいと思いますよ。

 ウォルにしか使えないようにしてあるし。問題はないです。」

それは即ちウォルがその権限を使えるようにわざとホールンさんが組み込んだということ。

実を言えば、ディースが贈った黒い石にもホールンの腕輪ブレスレットと同じように“死眼龍”の特級権限が付与してあったりする。

なのでディースも目を逸らした。

二龍が考えたことは同じことだったのだ。

「問題大有り!もし私が悪い奴に捕まって悪用されたりしたらどうするの。」

「そうですねぇ、そうならないような防御も組み込んでいるから大丈夫でしょう。安心して持っておいてください。」

ホールンさんはわざわざ突き出された腕輪ブレスレットとウォルの手をとって嵌め直す。

「安心できないんだけど!」

そう言いつつもウォルは渋々それを嵌めたままにした。これ以上言ってもホールンさんは考えを変えないだろう。

「ウォルはここに来るのは三回目だったかな?この景色を見るのは初めてだろう。」

話題を変えるようにディースが後ろからの朝日に照らされた眼下に広がる街並みを指差す。

直線に続く白い中央線セントラルライン。かなり遠くにガズウェ見える。

「こんなに綺麗に全部見えるんだ!」

自分が飛んできた道を見てその美しさに驚くウォル。

その背後からの朝日を浴びて白い道は少し橙色に色づいていた。

「今日は天気がいいですから、ここ最近で一番いい景色ですねぇ。」

景色を見ながらホールンさんがウォルに言う。

「ウォル、今日はどうしますか?

 ステアからウォルを首都の観光に連れていくように言われていましてね。」

「ステアが?私古代魔術オールド・ソーサリーの実験だけで良いんだけど?」

そのウォルの返答を聞いて質問をした本人がため息をついて頭を抱える。

「ですよねぇ、私もそう言ったんですがね、連れて行けと聞かないものですから。」

「あー、言われたぞそれ。」

ディースのところにも、朝とても早くにステアから直接念を押す連絡が来ていた。

「何か見に行きたいものや欲しいものはあるか?

 せっかく首都に来たのだからこの機会に見に行くのが良いと思うが…。」

ディースの問いにウォルは少し考えて、唯一頭に浮かんだものを答える。

「服、見に行きたいかも…?」

「おお、良いですね。

 ちょうどよかった。ステアからウォルの正装ローブを買うように言われているんです。それも一緒に見にいきましょう。」

「正装ローブ?」

「ええ、例えば公の場で『仙天楼の五龍』と謁見したりする時に着る服のことです。

 一応普段使いもできますが、どんな状況でもそれを着ておけば間違いありません。」

「ロノが着てたやつみたいな?」

ディースはその時のことを思い出す。確かに“時龍”が龍だけが着ることができる服を着ていた気がしたのだ。

「ああ、我々がシェーズィン・ハインに行った時だな。

 そう、あれに近い。龍は別の型が決まっているから少し違う服にはなるがな。」

「では、行きましょうか。」

ホールンさんに促されてウォルは円門の中に向かって歩き出す。


そんな三人の様子を見ていたのはその場に居合わせた人たち。

円門の下で待つ二龍を見ていると、中央線セントラルラインを向こうから凄まじい速さでやってくる何か。専用道を飛んでいるので、皆それが龍だと予想する。

だが、二龍の前に降り立ったその龍はなんと少女だったのだ。

この国の国民の殆どは国の行事などで多くその顔を見せる二つ名持ちの龍を知っている。

意識せずとも龍の姿、人の姿、そして二つ名をセットで記憶しているのだ。

そんな訳で、その少女が知らない龍だったことからほとんどの人が最近生まれた龍なのではないかと予想する。だが、そう予想するには不可解な点が一つ。

内容までは分からないがなんと先の二龍と対等に話しているのだ。

最古の龍である“銀角龍”、“死眼龍”に対しては、他の二つ名持ちの龍ですら敬語を使い低頭すると言うのにだ。

三人で笑いながら円門の中に歩いていくのを見て、その少女は何者なのかと言う大きな疑問だけが残る。

なんとシェーズィンに続いて首都でも、あの少女の正体を探る動きが出始めた。

シェーズィンでは暴風の中だったのでみんな建物の中にいた。そのおかげかウォルを見て知ることができたのはその動きと小さな女の子という程度の情報だけ。なのでその後の噂でも少ししか情報が回らなかった。

だがこちらではシェーズィンよりその少女を近くて見た者が多かった。はっきりと顔を見た人もかなりの数いたほどだ。中にはその姿を古代魔術オールド・ソーサリーを使って紙に転写し、それを持って物知りな竜に聞きに行った者もいた。

さらには少女の可愛さに一目惚れをし、彼女に恋焦がれる若い竜や竜人のファンが一定数誕生するのだが、それはまた別のお話。


二龍に連れられてウォルが向かったのは、円門と宮殿のちょうど中間に位置する高層建築。実はその建物は全てが服屋なのだ。

いくつかの店が入っていて、大通りから直接入れる下階は安価な服が積まれているマーケット。上に上がるに連れてフォーマルな服が置かれるようになり、最上階は超高級テーラーだ。

ウォルはそんなこともつゆ知らず、ただホールンさんとディースについて行った。三人は硝子ガラス張りの昇降機エレベータを使って一番上までやってくる。

ウォルの目に飛び込んできたのは少し暗めの絨毯が敷かれた重厚な空間。

その真ん中に一着だけローブが飾られている。その服の綺麗さにウォルは思わず駆け寄ってそのローブを上から下まで隈なく眺める。

淡く光を反射する滑らかな生地。少しづつ異なる色を幾重にも重ねて模様が作られている。金具部分にも細かい装飾。金属の彫りだけでなく宝石まで輝いている。

『こんな服、着てみたい!』ウォルは無邪気にそう望む。

一周そのローブを眺め、正面に戻ったウォルはそのローブの横におかれた値段の札を見る。

そこに書かれていた値段はなんと白金貨三枚。

ウォルは思わず一歩飛び退いてしまった。

「いらっしゃいませ。」

ちょうどその時現れたのは腰が曲がった眼鏡の老人と、その補佐をしている若い男性。

その老人は少女の後ろに立っていた二龍に気づくと、より一層頭を下げる。

「サイルヴァ様、デシアス様。本日はどのようなご用件でしょうか。」

呼びかけられた二龍は軽く手を上げてそれに応える。

「この娘の正装ローブを仕立てようと思っていてな。お願いできるか?」

「はい。かしこまりました。」

若い男性がウォルに声をかける。

「こちらにおいでください。採寸させていただきます。」

「採寸?」

ウォルの疑問にディースが答えてくれる。

「ウォルの身体に合わせた服を一から作るんだ。そのために身体の各所の長さを測る。」

ウォルが若い男性についてカーテンをくぐると、その向こうには大きな鏡と机。その上には巻尺が置いてある。

奥に続く廊下には沢山の服や布が掛けられているのが見えた。

奥の方から現れたのは竜人の女性。一般的な竜人よりも華奢で、肉体というよりは頭脳を活かすタイプに見える。

「失礼します。」

若い男性が一礼してその部屋から表に出て行く。

女性が机の上の巻尺を手に取りながらウォルに声をかけた。

「こんにちは。これから採寸をします。服を脱いで下着だけになっていただけますか?」

その女性がウォルに話しかけて来た。

「本日はどのようなお召し物を?」

「えーっと、正装ローブ…?を買いにきたの。」

「そうでしたか。おめでとうございます。」

急に祝われたのでウォルはびっくりしてしまった。

「どういうことですか?」

「正装ローブをお召しになられる方の殆どが、国の行事に賓客として参加されるのです。

 近々招待の知らせが来ると思いますよ?」

「そうなの!?」

ウォルは自分の身体を喋りながらも素早く採寸して記録して行く女性をじっと見つめていた。とても早く、熟練の仕事だと言うことがわかる。

「これで採寸は終わりです。

 服を着ていただいて結構ですよ。カーテンを開けて表にお戻りください。」

「ありがとうございます。」

ウォルが服を着てカーテンから出ると、ホールンさんとディースは眼鏡の老人と喋り込んでいる最中だった。

「お、採寸終わったか。」

「では次はデザインですねぇ。ウォル、自分の好みのものはありますか?」

そう言ってホールンさんが手元にあった分厚いカタログを手渡してくれる。ついでに椅子の一つを動かしてウォルの位置まで持って来てくれた。

ウォルはその椅子に座ってページをひとつひとつめくっていく。

正装ローブと一言で言っても、カタログにあるものは一つとして同じようなデザインが無い。行ったり来たりして迷っていると、二龍がウォルの方にやってきた。

「例えばこの部分のデザインが好き、というものでも良いんだぞ。何もここにあるものを選ばなくても良い。」

「ちなみに、私のはこれ、ディースのはこれです。」

ホールンさんが指し示したのは見開きに一つづつ服がある頁。

左側は背広と呼ばれる上下で服がはっきりと分かれるもの。時々ホールンさんが黒い黒衣集のローブの下に着ているものと全く同じだ。

右側は黒いコートタイプのもの。三つの色の濃さが違う黒色が重ね合わせられていてスタイリッシュだ。首元の留め具には飾りがついていて、その色形はウォルがディースさんから受け取った飾りチャームとそっくりだった。

「ディースのローブ良いかも!シュッとしたデザインが好き。」

隣では眼鏡の老人が手に持ったノートにウォルの反応を受けて何やら書き込みをしている。

「ではこのローブをもとに仕立てて行くことにしましょう。」

そこから始まるのは眼鏡の老人の質問攻め。

布の材質と肌触りから色、飾りや紐の種類まで。矢継ぎ早に質問をして満足いくまでウォルから情報を聞き出した後、その老人は突然ノートを閉じて何も言わずにカーテンの向こうに消えていってしまった。

突然の質問終わりに愕然としているウォルにディースが声をかける。

「あの竜もコミニュケーションは苦手だが腕の良い職人なんだ。許してやってほしい。」

若い男性も老人の代わりに謝ってくる。

「申し訳ございません。あれはいつもあのような感じなんでございます。

 平にご容赦ください。」

「慣れると話は面白いんだがな…。

 大丈夫、出来上がりはきっとウォルが満足できるものになるよ。」

そう言うディースの言葉を受けて気持ちを切り替える。

ウォルにとって初めて出会うタイプの人だったので困惑してしまっていたのだ。

正装ローブが仕立て上がるのは明日とのことなので、またここに来ることになる。

テーラーを後にした三人は、ひとつ階を降りてウォルが普段着る服を見に行く。

「幻想舎には服が用意されていたとは思うが、気になっている服があれば持っておいで。」

そう言うホールンさんとディースを残してウォルは一人で店内を見て回った。そもそもこれほどまでに巨大な店に行くと言うのが初めてだ。

ロイアでもいくつか店には行ったが、向こうの壁が見えないほどの広さはなかった。あの箱を買ったお店は積まれすぎた商品で別の意味で壁が見えなかったが…。

散々悩んだ結果、ウォルはステアの服に似たレースの入った寝巻きパジャマと、履いてみたいと思っていたショートスカートとそれに合う上の服を選んだ。

持っていくとホールンさんがそのまま会計を済ませてくれる。

「ありがとう!でも、いいの?こんなに色々買ってもらって…。」

「どういたしまして。気に入った服があってよかった。

 ステアからウォルの好きなものを買うように言われているからな。さらにいえば私もあまり普段お金を使わないのでな。買い物をするいい機会なんだよ。」

店を出る頃にはウォルの手には大きな袋が下げられていた。

「“ボックス”。」

ウォルはそれが当然と言わんばかりの動きで収納の古代魔術オールド・ソーサリーを使う。ウォルが持っていた服が袋ごと綺麗にウォルの手から消えた。

この古代魔術オールド・ソーサリーは空間操作系統の術式。最高難易度の術式の一つで、魔術的空間位という自分だけの空間を作り出すことでそこに物を仕舞うことができる。

「もう空間系統を習得していたのか!?幻想舎に行った時は使っていなかったはずだが…。」

「そう、魔術ソーサリーができるようになってから空間系統にも進展があったの。」

「なんと…!」

「成長が著しいですねぇ。我々が追い抜かされるのもそう遠くないでしょう。」

二龍ふたりにはまだまだだよ。」

魔術ソーサリーを習得したら、そこからは早いぞ?」

自らの経験なのだろう、ディースがそう言って笑う。

「今日の午後はあの話の続きができるってことでいいの?」

あの話というのはこの前の通話での古代魔術オールド・ソーサリー談義だ。

「ああ、私の拠点で実験もできる。」

「やった!楽しみ。」

そうウォルとディースが話している間にホールンさんは時計を取り出してそれを眺めた。

「ちょうど良い時間ですからお昼にしましょうか。ウォル、何か希望はありますか?」

ウォルがこの首都で食事を取るのは初めてなのでどのような店があるのか分からない。

なので二龍ふたりに任せることにした。

「ホールンさんとディースがいつも食べてるものがあればそれを食べてみたい!」

その返しに二人は悩む。

「そうですねぇ、私がいつも行くお店は今日の夜に行く予定なので…。

 ディース、どこか思い当たる店はあります?」

「うーむ、私は拠点で自炊することが殆どだからな…。

だったらパンを買いに行って私の拠点でお昼にするか。ちょうど昨日から仕込んだスープもある。」

「ディースの作るスープ飲んでみたい!」

「良いですね。そうしましょう。」

ディースが幻想舎に来た時に聞いた、スープにこだわっていると言う話。それを思い出して飲みたくなったのだ。

「パン屋は円門の外ですから、少しだけ歩きましょうか。」

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