第2話 王女さま

 シルバー王国の第一王女パープルは、四歳のときから七年間、塔の上に閉じ込められている。ここは罪をおかした王族の幽閉場所だ。彼女の罪名は「第一王子毒殺未遂」。


 パープルの母は、彼女が二歳のときに亡くなった。王であるパープルの父は、喪が明けるとすぐに公爵令嬢のマスタードと再婚したのだが――この事件は、マスタード王妃が、自分の産んだ息子を王太子にするべく画策かくさくしたものだった。


 ◇


「今日はずいぶんにぎやかだったわ。塔の上まで楽しそうな声が聞こえてきたもの。それにしても、“クリスマス”ってなにかしら? なんだか聞いたことがあるような……」


 今朝、扉の向こうで看守と侍女が話をしていた。


「クリスマスにまで見張り番なんて大変だねえ」


「まったくだよ。外は大騒ぎだっていうのに。まあ、こんなとこ誰も来ねえから楽だけどな」


「かりにも王女さまなのに、こんな日にひとりぼっちとはね」


「しょうがねえよ。罪状が王子の毒殺未遂だからな。処刑されないだけマシだろ」


「それも、本当はどうかって噂だけどね」


「しっ。滅多なこと言うもんじゃねえ」


 侍女はいつも小さな扉から、料理を乗せたトレーを出し入れする。

 パープルの部屋に入れるのは医者くらいだ。罪人とはいえ一応王族だからか、病気になれば治療はしてくれる。


 * * *


 はめ殺しの窓から夜空を見上げながら、パープルは歌を歌った。昔、母が歌ってくれた子守唄だ。優しい歌声が今でも耳に残っている。


「お母さま……」


 小さく呟いたとき、月明かりの空に何かが飛んでいるのが見えた。


(なんだろう?)


 パープルはじっと目をこらした。


 え? トナカイ? なんでトナカイが空に? いえ、そんなことよりこっちに向かって――


「ぶつかっちゃう!」

 パープルはその場にしゃがみこんだ。


 すると不思議なことに、トナカイは窓や壁をすり抜け、部屋の中に飛び込んできた。

 トナカイがひいていたソリには少年が乗っている。


「もうっ! 危ないだろ、ヴィクセン!」

「あなたの魔法で通り抜けられるんだから、べつにいいでしょ」


 大きなトナカイと少年が

 驚きのあまり固まっているパープルにオリバーが声をかけた。


「ごめんね、びっくりしたでしょ。……あの、大丈夫?」


「だ、大丈夫よ。久しぶりに話すから、ちょっと言葉が出てこなくて……あなた、魔法が使えるの?」


「うん。ぼくはサンタクロースだからね!」


 オリバーが自慢げに正体を明かすと、パープルが不思議そうな顔をした。


「サンタクロースって、なんだったかしら?」

 思いもよらない反応に、オリバーとヴィクセンは言葉を失った。

 

 * * *


 パープルの身の上話を聞いたオリバーたちはプンプンと怒った。


「七年もこんなところに閉じ込めるなんて、ひどいや!」


「王様はいったいぜんたい何をしてるのかしら!」


「お父さまはお義母かあさまの言いなりで、わたしの言うことなんて聞いてくれなかったの。毒なんて飲ませるわけないのに、誰も信じてくれなかった」


 しくしくと泣き出したパープルを前に、オリバーはオロオロする。


「どうしよう、ヴィクセン」


「しょうがないわねえ。あなた、サンタクロースなんだから、欲しい物をあげればいいじゃない」


「そうか! ねえ、パープル。今日はクリスマスだから、ぼくらは世界中の子どもたちにプレゼントを配ってるんだ。パープルは何が欲しい?」

 

 パープルは少し考えてから「温かいスープが飲みたい」と言った。


「そんなことでいいの?」

「ちょっと、王女さま。もっとよく考えなさいよ。他にないの?」

「だって、もうずっと温かい物を食べてないんだもの……」

 

 いつも、パープルのもとに届く頃には、料理はすべて冷めていた。

 テーブルの上には、あまり口をつけていないお皿が並んでいる。それを見たオリバーは、思わず泣きそうになった。


(泣いちゃダメだ。つらいのはこの子なんだから)


「よおし。まずは温かいスープだね!」


 オリバーがパチリと指を鳴らすと、テーブルの上に大きなお皿に入ったアツアツのスープが現れた。残っていた料理からも湯気が上がっている。


「うわあ!」

「どうぞ、召し上がれ」


 オリバーがテーブルの椅子を引き、パープルをエスコートした。

「ありがとう」

 パープルはテーブルに着き、おそるおそるスープを飲んだ。

「……おいしい」


(何年ぶりかしら、こんな温かい料理を食べるのは)


 パープルは、他の料理にも口をつけて驚いた。

「お肉もお魚もかたくないし、パサパサしてない!」


 罪人が食べる物とはいえ、王宮の豪華な食材を使った料理だ。冷めてなければそれなりにおいしい。そのことをパープルは初めて知った。



 






 


 



 

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