第36話 大苦戦
防具をつけ、試合の準備をする柚木。
そうしながらも、視線の先に映る葵から目を離さないでいた。
「ま、間に合った! まだ試合してないよね?」
そこに息を切らしながら道場に入ってきたのが、雑誌の記者である水城だ。
「こんにちは」
「やっほー。調子は、どう……ってそれどころじゃないか」
「……動画送ってくれてありがとうございました」
あれから数日経っている。
もともとその素質と伸びしろは群を抜いてた。コツを掴んだり、なにかをきっかけに変わったのなら、たった数日でもまた別人のようになっているかもしれない。
そう思いながら竹刀を持てば、手が震えているのがわかる。
「葵ちゃんとの試合楽しみなんだね」
「えっ……?」
「うんうん、いい試合、期待してるね」
「どうもです」
負けることなど考えもしていないとでも言うように、柚木の視線に気づいた葵は不敵な笑みを浮かべる。
「こっちをいくら見ても手加減はしてあげませんよ。はやく面と小手をつけてください」
「お、おう」
葵に急かされても観察することはやめずに、少しストレッチをして面と小手を大急ぎで着けようとする。
「柚木、さっきの剣すっごいよかったじゃん、動きだしもタイミングもドンピシャだったし」
「……えっ、ああ」
「あはは、あたしの話も右から左なんですけど……マジ集中してんじゃん。あの子超強そうだもんね。久しぶりにガチな柚木が見れそうじゃん」
「…………んっ、ガチな俺ってどんなんだよ?」
「あはは、それは自分が一番わかってるっしょ」
心春が歩み寄ってきて面のひもをわざわざ結んでくれる。
前に出て、凄く強そうな葵をみれば、面をかぶっていてもその表情が緩んでいることに気づく。
対面すれば気迫も自信も感じ、それだけで成長しているのがわかった。
「随分と嬉しそうだな」
「あなたにようやく勝てますから」
「よく一日で体調を万全にしたな」
「あなたの言う通りにするのは癪ですが、休みました……それじゃあ、行きますよ」
3歩前に出て、構えながらしゃがみ込んで剣先を交える。
「はじめ」
開始早々葵の方から仕掛けてくる。先に動こうと思っていた柚木だが、その鋭い踏み込みは柚木となんら遜色なく、それが予想を上回ったこともあり、一気に詰められた。
やっぱりあの動画よりも実際はものすげく、剣に圧も乗っかってる。
最初の一振りを受け止め、力で押し返してペースを握ろうとすれば途端に引かれ、逆に小手を狙われる。
1つ1つの動きに全く無駄がなく、ちょっとの隙も見せないし、柚木も見せられなかった。
「想像以上だ」
「柚木君、あなた負けたことないですよね。その悔しさが今日わかりますよ」
「生憎だな、小さい頃は負けっぱなしだよ」
「御冗談を!」
心春が居なくなってからは確かに同世代に負けたことはない。
そもそも、実力が上かもしれない相手と相まみえる機会はそんなにあることはない柚木。
葵に関してはついこの前の剣道教室でも試合をしている。
その時はすぐに決着をつけられたのに。
この短期間でどうやったらここまで上達できるんだという想いと、ハードな練習を積み重ねたからこそ得られたのだとも納得もする。
でもそれだけじゃない。何か変化があったんだ。
柚木が心春と試合をしてそのスタイルを変えた様に。
以前試合をしてくれた心春ともなんとなく今の葵は重なる。
「嬉しそう顔して、なにを掴んだんだよ……」
葵が距離を取れば、目のフェイントや剣先の微動、足さばきを織り交ぜてペースをつかもうとする柚木。だがその駆け引きも通じずなかなかペースを握れない。
柚木の無意識の防御も葵相手には邪魔ですと言わんばかりに手数で押しきられそうで、攻撃に転じることさえ封じられた。
基礎も盤石に鍛えている。無駄のない一振りだし、足も地面を圧すように来るので、予想よりも少し伸びてきたり、もう一歩出てきたりとされるがまま。
まさに防戦一方だ。
(つええ……)
思わず心の中で叫んでしまう。
練習量なら負けてない。蓄積してきたものだって……。
それなのになんでこんなに押される? その差は何だ?
「いつも見たく前に出てこないのですか? それとも出られないのですか?」
「……随分と余裕があるじゃないか」
「あなたは全然余裕なさそうですね」
竹刀を突き合わせて、距離を詰めれば葵の声が聞こえる。
相手を知ることが突破口だと思い、その剣を交わしながら、葵を見てなにか勝つために足りないのなら考えるしかなかった。
試合中だ。他のことを考えるということは、雑念にもなりかねない。
それでも、今のままじゃ確実に負けることを柚木も感じていた。
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