第27話 護衛
「心春ちゃんは凄く嬉しそうに授業を受けています」
「俺らも柚っちのかっちょいい台詞聞きたかったな」
「決めたじゃん、倉木君。心配しないで、授業中は私たちが何もない様に目を光らせてるから」
次の授業中、涼子たちからそんなメッセージがひっきりなしに届く。
あっという間に柚木が護衛をすることは心春の周りの人たちにも伝わったらしい。
おそらく心春を狙っている者にも柚木の存在はわかったはず。
黒板に描かれる数学の公式を見ながら、これ以上は何も起こるなと心の底から願う。
心配事を考えていたためか、いつもよりもあっという間に授業が終わった感じだった。
チャイムが鳴ると、担当していた教師と同じくらいのタイミングで廊下へと出る。
すぐ隣の教室にはものの数秒で着いた。
ちょうど授業が終わったようで、廊下から中を覗き込み心春の姿を確認する。
「はやっ、もうちょう愛されてんじゃん、あたし」
「……平気みたいだな」
「私、君に守って貰わなくても自分の身は自分で守れるし……」
「今頃りよたんの返し、ノリノリだな……まっ、心春はなんも心配しなくていい」
連の台詞がよほど気に入ったのか、はたまた護衛されるのがりよたんみたいだからか、近づいてきた心春の顔は心底緩んでいた。
「えへへ、チャイム鳴るまでこっちにいたら」
「ああ。お邪魔します」
「柚木が傍にいてくれれば怖い物なしだからね。来るなら来いって感じじゃん」
「まっ、本当に来てくれれば楽だけどな……」
姿さえ捉えることが出来れば、倒せるし捕まえられる。
だが今朝やさっきみたいにすぐ姿を消すところからみて、そう簡単には行かないだろうなと思ってしまう。
教室さえ出なければ……。
休み時間は何も起きないと思っていた。
だが午前中最後の体育の授業前のこと。
女子が着替える空き教室の前で心春が出てくるのを待っていた時だ。
「柚木っ!」
「な、ど、どうしたんだ……?」
Tシャツ一枚の姿で心春が勢いよく飛び出してくる。
「これ……」
柚木の目の前に飛び込んできたのは、ずたずたに裂かれた運動着だった。
「ひでえ……くそっ、悪いちゃんと確認しなかった」
おそらくそれをやったのは、あの黒板と同様に今朝人気のない時間だろう。
だとしても、また心春を不安にさせたかと思うと責任を感じる。
「柚木がそんな顔しなくてもいいじゃん。悪いのこれやった人だし……そうだ、柚木ジャージ貸してよ」
「えっ、俺の……そりゃあ構わないけど、うちのクラスの女子なら貸してくれるぞ」
「柚木のがいいの。なんか安心しそうじゃん」
「なら持ってくるからちょっと待ってろ……あーそれと、なんか心配だからさ、次の授業はサボって傍にいる」
「うん……ごめんね、ありがとう」
とはいうものの、担任に理由を言っても認めてくれないかもしれない。
だから言葉通りサボることを選択した。
サボるという行為自体には後ろめたさを感じるが背に腹は代えられない。
そんな思いで、校舎の陰に隠れるようにして心春を見つめる。
女子の授業はバレーボールらしい。
注意深く見ると心春は左手をほとんど使っていない。トスを上げるときも添えているような感じだったし、アタックは右手、レシーブも右手首を僅かに上げて器用にこなしている。
元の運動神経が抜群なこともあるのだろう。
ハンディを背負っているように見えても、試合が始めれば彼女はよく目立つ。
「ほんと敵わねえな……おっと、心春ばっか見てちゃダメだ」
そんな心春に妙な視線を向けている者はいないか……柚木は1人校舎を見たり、目を配っていた。
ときどき心春が柚木を見ては悠長に手を振る。
それは柚木がここにいると知らせるようなものだが、狙っている輩にはそれだけで躊躇ったのかもしれない。
何事もなく体育の授業を終え、お昼を迎えた。
「柚木どうだった、あたしのバレーボールは」
「目立ってたし、イケてたな」
気を張りながらも柚木は心春たちと食堂へと向かう。
いつ来ても人が多い場所だ。
仕掛けて来るには人目がありすぎるが油断は禁物。
「みてみて、今日のAランチ三元豚のとんかつだって。めっちゃ美味しそうじゃん」
「俺、それにしよ」
明るい心春の声を聞きほっとしたのも束の間……。
「きゃ、ちょっと危ない」
「押すなよ!」
列に並んでしばらくすると、後ろの方から悲鳴が聞こえ、ドミノ倒しのように後ろから人が前に崩れていく。
なんてことをしやがるんだと憤りを感じながらも柚木は心春を片手で押して、数歩移動させる。
その後は思いっきり踏ん張って雪崩のよう倒れてきていた人を悠斗と何とか止めた。
「あぶっねえ……後ろの人数がそれほどじゃなくて助かった」
「柚木、普段から足腰も鍛えてるもんね。ほんと凄いじゃん。だけどこんなことまで……」
「「っ!?」」
2人が少しほっとした瞬間、ぞくっとするような殺気を確かに感じた。
「気味の悪い気配だな……」
「絶対手合わせしたくない感じだよね……」
柚木も心春もなんとなくは敵意を向けてくる相手はわかる。
それは剣道で培ってきた日々の成果で、相手がどのくらいの力量なのか、仲よくなれそうかくらいまで対面すればある程度は知ることが出来た。
☆☆☆
そんなことがありながらも、柚木が護衛を始めてからは心春にけがはさせなかった。
やたら長く感じた学校での時間がようやく終わり放課後になる。
「じゃあ倉木君、心春ちゃんのことよろしくお願いします」
「全部ちゃんと終わったら、またみんなで遊びに行こうね」
「ほいじゃあな、柚木。しっかり小城さんを護衛しろよ」
心春の友人と悠斗はそう言って柚木達よりも早く校舎を後にした。
「俺たちも帰るか。心春、今日バイトや仕事は?」
「今日はオフ。萌々ちゃんと遊ぼうと思ったのにまた機会改めないとだね」
「そうだな……」
柚木達も学校を出て駅へと向かう。
その道のりも考えながらになる。
何かあっても危険度を下がるよう道路に近い方を柚木が歩く。
校舎よりも外の方が危険度は増すとも思え、より注意深くなる。
「このまま帰る?」
「いや、ちょっと遠回りしていこう。学校から離れれば制服は目立つから、狙っている奴を上手く行けば絞り込めるかもしれないし、追って来るなら巻いてしまいたいしな」
「OK。めっちゃ考えてるじゃん柚木。ほんとに蓮君みたい。見つけたらさ、りよたんみたいに懲らしめてやらなくちゃね」
「……ほんと無茶だけはすんなよ。あくまで俺は心春の護衛が最優先で動くからな」
「わかってるって。これ以上柚木に心配はかけたくないしね」
下校時間ということもあり、駅のホームには学校の生徒たちがたくさんいた。
いつもは乗る場所は決めていないが、今日は他の生徒が少しはわかるよう一番前の車両に乗ろうと移動する。
柚木は不安はあるが、それを表に、表情には一切見せなかった。
それはお昼の、殺気を感じた瞬間からだ。
はったりでも余裕があるふうをあくまで装う。
どっからでもかかってこいと、よく心春が見せていた気配を纏うように……。
「こんな感じだったか……?」
「んっ……うわっ、竹刀持ってないのに持ってるみたいに……へえ、やるじゃん。柚木とは何度でも戦いたいと思うオーラがあるね。すごく強そう、現に強いけど。そっか、案外そういうの効くかもね」
「だろっ」
電車が到着したら乗り込んだ生徒たちを確認し、発車する直前に乗り込み窓から乗り遅れたあやしい輩がいないか探した。
心春の家に近い最寄り駅で降りてからは、駅前の見晴らしのいいカフェから追ってきている輩がいないか警戒する。
「平気そう、だよね……?」
「みたいだな。それじゃあ送ってくよ」
どうやら巻いたようでそれらしい人物は見当たらない。
心春の家までの道のりもあとを付けて来る者はなかった。
待ち伏せも警戒したが、それも杞憂に終わる。
「うち着いた。なんかスリルがあって柚木と一緒だと楽しかったよ」
「そりゃあよかった……」
陽が沈むくらい遅い時間になってしまったが、無事に送って来れたことに少しほっとした。
「あっ、お母さんもう帰ってきてるみたい」
「そっか。なら俺はちょっと挨拶したらそのまま今日は帰る」
「柚木、今日はほんとにありがとう。傍にいてくれて心強かった」
「ああ、明日は朝迎えに来るからな。先に行ったりするなよ」
「うわっ、超大事にされてんじゃん、あたし」
「それとな、コンビニとかの買い物もやめておけ……しばらくの辛抱だからさ」
「うん……柚木?」
「あ、あとな、昼間もちょっと言ったけど、あぶねえことは俺がやる。心春は心配しないでオーディションのことだけ考えてろよ」
「なにそれ……マジカッコいいこと言うじゃん」
つい心配なこともあり、玄関の前であれもこれもと言ってしまう。
柚木の言葉の1つ1つを噛み締めるように心春は聞いていた。
この天真爛漫さを壊さないようにする。
そう決意して柚木は小城家を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます