第25話 不穏な

 朝の通学路を歩きながらもひときわ大きなあくびが出てしまう。

 少しアニメを観すぎてしまったと反省しても後の祭りで、眠くて授業中は起きていられる自信がない。

 それでも朝の空気は気持ちよく稽古は捗ったことが救いか。


 悠斗は日直ではやく行ったことをあり、通学路を1人学校に向かっていたが、

柚木の少し前に亜麻色の髪が見えた。

 自然と速度を上げその背中に追いつく。


「よう。心春、お前も今日は1人……って隈隠せてないぞ」

「おはよう柚木、あはは、昨日遅くまで台本読んでて、今朝は時間ギリギリになって慌てちゃってさ」

「頑張ってんだな。あーそうだ、昨日心春が言ってたことマジだった。俺がガキの頃、なりふり構わずすぐ動くって……」

「でしょ、でしょ」


 登校から2人きりというのは初めてな気もする。

 朝から心春の屈託のない笑顔をみれば、眠気も多少和らいでいく。


「それと、萌々が遊びに行く日のこと気にしてたぞ」

「2人の都合のいい日でいいよ。あたしは今日でも大歓迎だし」

「ちょっとじゃ、萌々に聞いておくよ」


 歩きながら萌々に素早くメッセージを打つ。

 心春のオーディション話になったころには校舎に入った。


「ふーん、そんじゃあ受けるのは1人のキャラじゃないのか……」

「うん、一応やりたい役はあるけど、別の役で受かるってこともあるし。特に制限なければ何役も受けられたりするから」

「あーそういえば、この前買った雑誌にもそんなこと書いてあったな……」


 自分が自信のある役ではなく、自信のない役で受かったって話や、乗り気ではなかったが演じていくうちにどんどん好きになって代表作、誰でも知っているキャラとして浸透なんてこともあるらしい。


「そんなに甘くないけどね」

「どんどんそのキャラが染みて来るってこともあるみたいだし、がんばれよ」

「…………」


 互いに下駄箱を開けながらも背中越しにやり取りを続けていたが、突然反応がなくなったこともあり上靴を履きながら後ろを振り向く。


「どうしたよ……? って、なんだそりゃ?!」


 微動だにしない心春が気になり、声を掛けながら覗き込むと……。

 上靴が入ってるそこにはハートマークが描かれたこれでもかという量の手紙があった。


 心春は目立つし、ルックスもいいからモテるだろうことは柚木とてわかっている。

 ラブレターを貰うこともそう珍しいことではないだろう。


 だがその反応はいつもの、さきほどまでの朗らかな表情が目に見えるほど薄れ、呆然と立ち尽くしていた。

 それを見て、柚木は咄嗟に心春の手を握る。


「っ!?」

「だいじょうぶ、か……?」

「う、うん……」

「全部同じ封筒だな……いたずらかな」


 内に秘めた想いを込めるにしても、数が多すぎて明らかに行き過ぎているように感じた。

 だがそれよりも気になるのは心春の様子。

 普段の彼女ならあっけらんかんとしてそうなのに、このくらいでここまで動揺するなんて……。


「……あはは、さすがにこんなに同じもの渡されても困っちゃう、よね?」

「ああ……中身は見ねーけどちょっといいか?」

「うん……」


 改めて見てもやはりどれも同じもの。

 ちらっと心春も見れば少しまいっているようにも見える。


「なんつーか、こうゆうことって今までも……?」

「えっと、こんなにたくさんは初めて、みたいな」

「俺の勘違いだったら悪い……なんかいつもの心春らしくねえ気がするんだけど……そのだな、なんかあるのか?」


 思わず手を握る力も強くなってしまった。

 自分で聞いたにも関わらず、懐に入りすぎだ。

 以前の柚木ならたぶん聞いてすらいないかもしれない。

 再会して、ここまで引っ張られ、いろいろ新しいものを見せてもらったからこそ踏み込めたのだろうか、もしくは今の心春の表情がどこか萌々と被って見えてから……。

 それに元気のない心春の顔はあんまり見たくないのも理由か。


「らしくないか……たしかに柚木の言う通りだ。実はさ、最近何も言わない電話がかかって来てて、日を追うごとにその回数が増えちゃって、さすがにちょっと迷惑してて……」

「……」


 自分のなりたい者がなんなのかって言う思考は一瞬にして吹き飛んだ。

 知らないところでそんなことが起きていて、それを知らなかったことに胸が締め付けられる。


「柚木……?」

「えっ、あっ悪い……それって無言電話だよな……」

「うん……あっ、チャイム鳴りそうじゃん。とりあえず教室行こう」

「そうだな」


 心春の表情を見ているとなんだか心がざわつく。

 何とかしてあげたいと思うもののこういう時どうしてあげればいいのかわからない。

 唸りながら階段を上ろうとしたら、勢いよく悠斗が降りて来る。


「柚木、ちょっと一緒に来い!」

「悠斗、どうした血相かいて……って、おい!」


 問答無用で引っ張られ、強引に階段を勢いよく上らせられる。

 何なんだと思いながら、教室のある廊下に出ればやけに心春の教室の前に人だかりが出来てざわついていた。


「いいもんじゃねえけど、柚木は見ておいた方がいい」

「はあ?」


 悠斗の顔がいつもと違い怒っているような顔で、柚木は表情を曇らして心春の教室を覗き込む。


『小城心春は見た目通りビッチ』

『最低のアニオタ』


 その瞬間、黒板に乱雑に記された心春への観るに堪えない中傷が飛び込んできて思わずこぶしを握り締める。胸が締め付けられるような刃物のような言葉の数々が無造作に走り書きされていた。


「だれ、こんなこと書いたの?」

「心春ちゃんがなにしたの?」


 クラスメイトの誰もが怪訝な顔を向ける中、


「わりいな、すぐ消そうと思ったけど……写真に収めたからもう消すぞ」

「えっ、おう……」


 悠斗の言葉に我に返る。


「まだ駄目だって、心春ちゃん!」

「なんだかわかんないけど、陰でこそこそやられるのは好きになれないじゃん!」

「あっ、馬鹿! 見んな!」


 心春は友人たちの制止を振り切り、柚木が止めようとするも間に合わず、教室を覗き込んで……。

 さっきよりもさっきよりも呆然と固まっていた。

 いくら心春が天真爛漫な性格でもこうも立て続けに色々と起きたら混乱するし、正常でいられるわけがない。


 それなのに……。

 心春は1度深呼吸すると、


「だれだよ、変なこと書いたのは……」


 いつも通り振舞い、自ら黒板に書かれたそれを消していく。

 そんな彼女を見て、柚木は胸がさらに締め付けられ、こんなことをやっている奴にたいしての怒りがふつふつと湧いてまた拳を握りしめていた。

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