第22話 聞き込み

 お昼を過ぎた頃、柚木は師範と2人道場近くの喫茶店へとやってきていた。

 ここは師範の娘さんが営んでいるお店。

 まだ開店してから1年足らずだが、ランチメニューなど日々試行錯誤しているらしいことを師範から聞いていたし、柚木もたまにこうやって連れてきてもらっていた。


「俺はカツカレーとアイスコーヒーを……ほら、遠慮しないで好きなもの注文しろよ」

「はあ……それじゃあビーフカレーとツナトマトサンド、あとホットドッグにアイスティーで」

「ふふ、了解しました。ちょっと待ってね。あっ、お父さんは甘いもの制限されてるからダメだけど、柚木ちゃんにはホットケーキもおすすめだよ」

「じゃあホットケーキも」

「承りました。食後に持ってくるね。ごゆっくり」

「……マジでお前遠慮しないな」

「いや師範だし。それに今日は試合より疲れて、お腹空いてるから」

「頑張ってたじゃないか。服装もちゃんとしてるし、前に受けたインタビューよりはマシだったしな」

「……肝心なことが答えられなかったけどね」


 水城のインタビューを終えた後、柚木は目標を見つけるヒントになるかもしれないと師範に相談を持ち掛けた。

 立ち話で済むと思っていたものの、ちょうどお昼を食べていなかったこともありこうやって誘ってくれたのだ。


 店内はちょうどランチの営業が終了したらしく柚木達以外誰もいない。まだ真新しいソファに深く腰掛け師範を見やる。


 幼いころからの付き合いということもあり、柚木にとって師範はもう一人の父親みたいな存在だ。

 道場に入門した時は怖そうな雰囲気があり、あまり近づかないようにしていたが、それはいつの間にか消え指導も厳しいがどこか温かさがあって怖いと思ったことは一度もない。

 相談ごとによっては両親よりも師範にする、といってもあんまりこういうふうに改まって聞くことってなかったかも……。


「……目標か。まっ、持っているにこしたことはないな」

「師範はあるの……?」

「そりゃああるぞ。俺は道場を昔みたいに活気づけたいとか、娘や孫が幸せに暮らせるように出し惜しみなく援助するとか、他にも……」

「そんないっぱい?」

「この人、親バカだからね……先にお飲み物です」

「あっ、ありがとうございます」

「この年になればあれもこれもとも思うが、周りの人が健康で幸せであるように、俺自身も娘や孫の顔見たさに、1日でも長生きしたい。まあ柚木にはピンとこない話だろうが」

「そうですね……」


 師範らしい目標だなと思う。だけど……。


「門下生のこの先の成長も出来れば長いこと見ていたいな。特に手のかかるやつは可愛いもんだ」

「なぜ俺を見る……」


 むっとした顔になる柚木。


「お前は変に大人ぶらないで、そういうふうに隙みたいなものを出した方が魅力あるぞ」

「隙ねえ……」

「それとな、答えを見つけるヒントならいつも言ってるだろ。己を知り、相手を知り、恐れず飛び込めって。なにもそれは剣だけに限ったことじゃない。俺にいわせりゃ柚木はまだまだおのれを知ろうとしていない」

「己を知る、か……」

「まっ、難しく考えなくても、今の柚木なら近いうちに見つけられるよ。お前を見て新しく門下生も入ったんだしな」


 料理が運ばれてきたこともあり、この話はここまででこの後は孫に心底デレる師範を見ることに。

 あえて口にしてくれただろうヒントは、柚木も答えを見つけるための足掛かりになる、そんな気がした。



 師範にご馳走してもらったお礼を言って、家へと帰るころには陽が沈みかけていた。


「ただいま~」

「お帰り兄貴」


 二階から萌々の声がしたのを確認して、ソファに座り込む。

 今すぐに竹刀を振る気にはならないこともあり、なにげなくスマホを手に取れば目標やモチベ維持の方法などを調べてしまう。


「……うーん、目標の決め方ねえ」

「……兄貴、今度はどうした? インタビューダメだったの?」

「いや、ダメってわけではないけど、聞かれたことに1つ答えられなかったから、その答えを見つけるために考えてる」

「答えられなかったのが目標かあ……萌々はスパシスのイベントに参加することが目標かな」

「ブレねえなあ……」

「あとねえ、来月も心春さんたちと映画鑑賞に行く……」

「お前……」

「ふふふーん、兄貴も暇な時間あったらアニメ見てないと話題についてこれないよ。ほらほら心春さんの推し作品流すから、見ながら考えなよ」

「……はいはい」


 ブレてないけど、昨日のイベントに参加してちょっと変わったようなそんな萌々を目の当たりして、柚木はなんだか嬉しくなってテレビ画面を見つめた。


 ☆☆☆



 週明けの月曜日、いつも通り悠斗と駅を降りて学校へと向かっていた。

 当然まだ目標を見つけられてはいない。

 それもあって、先ほどから葵が表紙の月間剣道誌をニヤついて見ている悠斗にも目標について聞いてみる。


「んっ、なんだって……?」

「だから、目標ってなんかあるかと聞いたんだ」

「……なんだよ柚木、お前また躓いてるのかよ?」

「そういうわけじゃねーんだけど……」

「そうさな、水泳なら大会でいい成績残して、また推薦で大学に行けりゃあ受験勉強しなくていいから、そうなるように頑張りてえな」

「……お前、わりとそういうとこ堅実に考えてその通りにするよな」


 悠斗の言っている目標は将来を見据え現実的で理想的とも思える。

 なるほどそういう考え方もあるのかと頷きたくなったほどだ。

 だけど、参考になるとはいえ、今の柚木にはなんとなくしっくりとは来なかった。


「よせやい、褒めても何も出ねーぞ……まっ、人によって目標の定め方なんて違うしな、あんまり考えすぎんなよ」

「おう」

「あとはそうだな……もっとデカく高校生活の目標を言えば、彼女作りてえ」

「はいはい……」

「なんだよその目は……おめえはそういうとこが足りてねーんだよ。この葵さんの表紙の威力見てみろや。見るものを虜にする魔性さが心をつかんで離さねーだろ」


 悠斗はまるで印篭かのように、葵が映っている雑誌を柚木に見せつける。

 たしかに葵が表紙での購買欲が上がることは目にもしていた。

 魔性かどうかはわからないけど、葵が可愛いということは柚木とて反論する気もない。

 

「魔性かどうかはともかくあいつがいると絵にはなるよな」

「葵さん天使だよな……おい、なんか鳴ってるぞ」


『柚木君、これ見て! 葵ちゃん、すごいの! 鬼気迫る感じで超かわいい!」


 スマホを見ると水城からそんな興奮している様子のメッセージがきて、葵のところに取材に行ってきたこと。

 まだ編集が途中だけどと練習風景の動画も添付されている。


「……天使じゃねえな、こりゃあ鬼だ」

「はあ?」


 首をかしげる悠斗に柚木はスマホの画面を見るように指さした。

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