第21話 道場への取材
本物の声優の凄さを実感した翌日の土曜日。
かねてから申込を受けていた道場への取材の日だった。
道着ではなく普段着で道場に向かうのは、今日が初めてで気持ち的にもなんとなく違って新鮮に思う。着ている物も新しいこともあり自分自身を見てみても違う人みたいだった。
土曜日ということもあり、テニスラケットを肩にかけた運動部の子とすれ違う。
「今日の大会勝ち抜けば関東行けるよ」
「勝ちたいな……とりあえずそこは目標だから」
「変なミスだけはしないようにしよ」
目標か……。
昨夜の眩しいくらいの心春の姿を思い出し、スマホの画面を見る。
『あたし的には今日は黒田捜査官ふうのが映える気するよ。あっ、暑くなりそうだから残念だけどニット帽はなしね』
今朝は少し軽めに稽古を終え、心春が選んでくれた服をソファに並べてどれを着て行こうか吟味していたところで、
服装に悩んでいることを見透かしたような心春からのメッセージだった。
もう一度自分が着ている紺のシャツに黒のパンツを見る。
古ぼけたジャージ姿とより、ちょっと大人っぽく見えるかもしれないこっちの方が断然にいいと自分でさえ思う。
心春にあらためて感謝しているとまた彼女からメッセージが届いた。
『萌々ちゃんが柚木の服装送ってくれた。良き、良き! インタビュー楽しんでこいよ』
インタビューになれていない柚木にとって、それを楽しめるとは思えず、苦笑してしまう。
しかし心春のやつ、よく今日が取材の日だって覚えていたな。
猪突猛進のように、声優の道を突き進んでいるのかと思えば、ちゃんと周りも見えてるんだなあと感心する。
「……」
思わず深い溜息を吐きそうになった。
心春が新しい物を見つけ頑張っている姿は心底応援したい。
だが、今まで彼女を目標にしていただけに柚木は何を、どこを目指すべきなのかを考え出すとずっと唸っていられそうだった。
「む、難しい……どうやったらあんな風に振れるんだ?」
「なあ! あの兄ちゃんみたいにもっと早く振りたいのに……」
時折腕組みをし、考え事をしながらあるいていたら、あっという間に道場についてしまう。
取材があるためか、子供たちの声もいつもより多く感じて活気がある気がする。
「んっ……って、ほんとに増えてね……?」
道場内にはあんまり知らない顔がちらほらと。
だがその顔に全く覚えがないわけではなかった。
先日の剣道教室に参加してくれた子たちのようだ。
「あっ、兄ちゃん来た!」
「入門したのか……」
「うん、俺たち門下生になったよ。あの技、はやく教えてよ!」
無邪気な小学生に買ったばかりの服の袖を引っ張られる。
どんな理由だろうと剣に興味を持ってくれたことは嬉しい。
「おいおい、新しいんだこの服。だから引っ張んなよ……わかった、わかったから……教えてあげるけど、あれは実践じゃあんまり使えないぞ」
「兄ちゃんは試合で使ってたじゃんか!」
「俺は……まあ他のを組み合わせてだな……」
「そんじゃあそれも教えてよ!」
「……まあ、一個ず」
「はやく、はやく」
「お、おう……」
前までなら人に教えるよりも自分の練習を優先していたはずなのに、今は無邪気な子たちをみると、自分に出来ることは全部……。
その変化に柚木自身が少し戸惑う。
目をキラキラさせた二人に付き合う中、周りをみれば、すでに取材は始まっているようだ。
教えている最中はなぜか柚木の周りでシャッター音が何度も切られる。
そっちに目を向ければ、葵に紹介されたこの前の水城という記者さんが手を振っていた。
他にも練習風景を何枚も撮影していたようだ。
それがひと段落ついたら師範と椅子に腰かけながら話を始める。
「柚木、他の子も見てやってくれ」
「はあ……」
その間は柚木が門下生たちにアドバイスを送ったりしていた。
やがて水城という記者さんに呼ばれ、師範と入れ替わるように彼女と対面する。
「こんにちは……」
「来た、来た。楽しみにしてたよ、君へのインタビュー」
「えっ……」
「この前の剣道教室の時の試合みてから、公式戦はどうかなって興味が凄く湧いて映像に残ってる物全部見てみたんだけど、超クールじゃない。なにその二面性!」
「……いや、そもそも二面性ってわけじゃ」
「うーん、お姉さん的には公式戦もこの間みたいな感じが好みかな。ほら、いい画になるし!」
水城は顔を近づけ、にんまりと微笑む。
その笑顔を凝視できなくて、柚木は視線を逸らした。
「……」
「あれ……いい、いいじゃないその服装。派手じゃなく大人っぽくてクールなガンマンって感じ? ファッションには疎そうって葵ちゃんが言ってたけど、そんなこと全然ないじゃん!」
「……いえ、これは友人が選んでくれて」
「うひょう、彼女だ!」
「いや、そこは違いますけど……」
「またまた……」
終始明るく食い気味の彼女に柚木はたじろいてしまう。
だが和やかな雰囲気と服装を褒められちょっとほっとして、それからの質問には順調に答えられた。
「師範と試合するときはともかく、大会とかなら初めて対戦する人が多いし、戦法とかはあんまり考えてないです」
「柚木君の試合さ、ほぼすべての試合が短時間で終わってるけど、あれ計算してやってるの?」
「……いやそんなことはないです」
「ふーん……じゃあ最後に今後の目標はズバリなに?」
「……」
ボイスレコーダーを持ちながら、水城は微笑む。
それは柚木が何と答えるか興味津々といった感じに見受けられた。
そしてその問いはここに来る間も自分自身に問いかけ、悩んでいたこと。
インタビューでそれを聞かれても、すぐに答えられるほど甘くはなく言葉が出てこない。
元々そこまで勝ちに執着があるわけでもない気もして、模範的な解答も嘘を言っているようで憚れるが、いっそ何かそれっぽく言おうかとも考え顔を上げると、
「あっ、無理に答えなくてもいいよ。記事には出来ないけどね」
「それって……」
「……このまえの剣道教室の時、私は記者として、あなたを追いたいって思ったの。この子なら何かしてくれそうな期待感と葵ちゃんにも負けない表情が撮れるとおもった。だから柚木君がどういうものを目指すかは記事にしたい」
「……答えたくてもすぐにはわかんなくて……前までは剣のことだけしか考えてない生活だったけど、今はちょっと違う気もするし、目標にしてた子はもう竹刀じゃなくて別の舞台で剣振ってるし、だから俺も何か別の目標を見つけようとはおもって、ます」
「……ねえ、変なこと聞いちゃうけど、この前の大会、これ以上ない結果を出したけど、君の自己評価はどのくらいなの?」
「えっ……えっと、あの大会は満足してませんよ。全然思うように振れなかったし……点数なんてつけられないくらい」
「じゃあさ、葵ちゃんとの練習試合は?」
「いやあれは公式戦ではないし……あっ、でも思ったようには振れたような……あれ、なんでだろ……?」
「ふっ、OK。1週間待つから。その間に答えを探せる?」
曇った顔をしていた水城だが、また明るく微笑んで柚木の前に人差し指を立てる。
「元から探そうとは思ってますって」
「じゃあ1週間後にもう一度聞くね。はいこれ名刺、連絡先もここに書いてあるからね。何かご相談事とかあればいつでもどうぞ。彼女さん関係でもいいよ」
「はあ……」
「そうそう、君の話に出た目標にしてた子、傍にいるでしょ?」
「いますけど……」
「話の感じから、そうだと思ったよ」
終始、水城に言葉を引き出さされたような柚木。優れたインタビュアーなのだろうと柚木は思う一方で、いい意味でなんか苦手な人だなと思った。
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