第19話 意気投合の3人
舞台挨拶の余韻が冷めぬ中、スクリーンを後にする。
映画に感動し、舞台あいさつでは神崎結奈さんの変わりそうに仰天して今もまだ胸が高鳴っていた。
彼女の変貌が脳裏に焼き付いて、映画の内容をおぼろげにしてしまうくらいだ。
生演技がこれほど心打つとは思わなかった。
「ほんとに、すごくよかった。もう一回見に来よう」
「あの人やばっ、プロ中のプロじゃん。鳥肌立つくらい凄かったんですけど」
「ねっ! 出演作品見て見たくなっちゃった」
出口までの廊下を歩いていても、周りの人たちからはそんな声が聞こえてくる。
ちらりと見ればみな興奮冷めやらぬ表情で、それは期待以上の物だったのだろうと容易に想像できた。
「来てよかった……」
自然に本音が漏れてしまった。
「でしょ。やばいでしょ、神崎さん。兄貴ファンになったんじゃない?」
「まあ、あの人の出演作品は見てみたいと思う」
「ふふふーん。萌々がコンプしてるからいっぱい貸してあげるよ。だから、グッズ買ってください。さあ行こう」
「……たくっ、おい、引っ張んな」
舞台に立った声優さんはみんなすごかった。
たぶん他にも凄い声優さんはたくさんいるだろう。
でも、その中でもギャップが凄かったのは彼女で、本物をこの目で見られて心底良かったと感じた。
売店の隣にグッズコーナーは併設され、上映前よりも混雑している。
会計の方は売店の方に並んですればいいらしい。
パンフにキーホルダー、クリアファイルにキャラのぬいぐるみ、ボールペンに至るまでたくさんあって柚木は目移りする。
「ううっ、予算オーバーしちゃった……」
「あははは、涼子もバイト探せばいいじゃん。あたしのとこ募集してるか聞いてあげよっか?」
「……心春ちゃん、私が人前で接客とか、ううっ、ちゃんと出来ると思う?」
「慣れれば出来るっしょ」
そんなことを考えながらグッズを手に取り吟味していると、傍で聞きなれた声が聞こえて来たきがして辺りを見回す。
「どうしたのさ、兄貴?」
「い、いや……」
「あれ、柚木、柚木じゃん!」
「く、倉木君、こ、こんばんは……」
「っ! やっぱり心春たち、2人も来てたのか……」
嬉しそうな顔で柚木の側にやってくる心春と涼子。
2人の手にはすでにグッズらしき袋が握られていて、しっかりと堪能したことが窺えた。
「あっ……」
心春たちの姿を見てさっと柚木の後ろに隠れた萌々だったが、その目があざとく2人が持っていたグッズに注がれた。
「妹ちゃん? 柚木からよーく聞いてるよ」
「妹さんですか、可愛い」
「は、はい……」
2人の視線を受けた萌々は緊張からか柚木の袖をぎゅっと握る。
「2人とも同じ学校で仲良くしてもらってる、えっと、友達……そっ、友達だ」
「兄貴に友達いたんだ」
「おい……」
2人をなんて紹介しようか一瞬迷ってしまう柚木。
特に心春は幼馴染と言ってもいい間柄だと思うが、空白期間も長いから友達が無難だろうと思う。
「あの、剣バカの兄貴がいつもお世話になっています」
「持ちつ持たれつの関係だよ、あたしたち」
「く、倉木君には以前に危ないところを助けてもらいました」
そういえばあのカラオケの時、涼子は一生懸命盛り上げていたのを思い出す。特にアニソンの時はテンション高かったような気はする。
危なかったはともかく不良ぽい数人から助けたのも事実だった。
「へえ……あの、それで、そのグッズって……」
「ふふふーん。これ、限定グッズの懐中時計みたい。文字盤に今日の日付入ってるみたいで良き」
「な、なんか渋くてカッコいいですよね。これ、上映後限定で売店の方で買えるんですよ」
「ふぁああ、欲しーい……兄貴、兄貴、これも買ってください」
「はい、はい」
「よーし、あたしらももう一度選んじゃう、みたいな」
「わ、私、ランダムのクリアファイルが気になってるの」
数分後――
「兄貴、あざます!」
「おう……」
2人に負けないくらいのグッズを購入し、満足顔の萌々。
モールを後にし、電車に乗るころにはすっかり心春たちと盛り上がっていた。
席に座り三人で並んで話をしている様は姉妹のようで、柚木は話に入るのを遠慮するくらいだ。
「あたしたち、月に一度はアニメ映画見に行くんだー」
「そうそう、映画館で見るアニメ映画は感動も迫力も凄いもんね。今日は心春ちゃんがいつも言ってた神崎さんが中継とはいえ生で見れて最高だった」
「月に一度……それ、恒例イベントみたいでいい、すっごくいいですね」
「でしょ。よかったら萌々ちゃんも次からも一緒しない?」
「わ、私も萌々さんなら緊張しないし、大丈夫なのでぜひっ」
心春は明確だったが、どうやら涼子も相当なアニメ好きなようで水を得た魚みたいに話をしていてほっこりする。
普段はグループでもそこまで話をしていたのを見ていなかったけど、今の光景を見ればどうやら話をするのは嫌いではないらしい。
「えっと……」
萌々は即断せずに真ん前に立っている柚木の方をチラッと見つめる。
「いいんじゃないのか……」
「でも……」
「萌々さん、ごめんなさい。言葉が足りてなかった。倉木君も、お兄さんも一緒に」
「あの、ぜひお願いします」
「じゃあ萌々ちゃんライン交換しよ」
「私たちだけのグループだから、何でも気軽にメッセージしてね」
「はいっ!」
「ほら、柚木も」
「お、おお……」
涼子のその言葉に安心したように、萌々は自分のスマホを出す。
交換するやり取りを見ながら、微笑む萌々を見て柚木は本当に来てよかったと思った。
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