第15話 怒った理由
試合後はその内容よりも、心春の怒った顔が頭から離れなくなってしまった柚木。
翌朝になってもそれは変わらずで、またも日課の稽古に身が入らなくなってしまい、頭を抱える。
何しろ心春が自分に対して怒った、そんな経験がなかったこともあり、思い出せば思い出すほど戸惑いは増し、困ったことにいくら考えても確固としたその理由がわからない。
「うーん……」
朝食の席でも腕組みをする始末で、この日はスパシスにも目が入らず、普段は朝からご飯をもりもりと食べるのだが今日はと言えば小食もいいところで……。
「いつも三杯はペロリなのに、最近の兄貴はほんと人間らしくなってるね。何か悩んでるのが萌々でもわかる」
「えっ、ああ……」
「ほらもう時間ギリギリだよ。おにぎりにしておくから学校に着いたらちゃんと食べてよね」
「お、おう……ありがと」
そんないつもとは違う兄の姿を見た萌々はなんだか嬉しそうな反応だった。
妹が手際よく大きく握ったおにぎりを持って柚木は立ち上がる。
「って、兄貴、兄貴、鞄忘れてるよ」
「あっ、ほんとだ……」
「大丈夫かな……行ってらっしゃい。マジで車に気を付けてよね」
「行ってきます……」
まるで幼児を見送るようなそんな視線を受け、それでも何も反論できぬまま玄関を出る。
電車内、そこからの通学路中は、理由がわからずともやはり心春が怒った意味を考えてしまう。
「やっぱあれだよな、制服って萌えるよな」
「……」
「小城さんの着こなしって個性があっていいと思わねーか? なんつーか男心をくすぐるみたいな」
「……えっ、心春がなんだって?」
「制服似合うよなって話だ」
「ああ……」
そんな柚木を見て悠斗はいつも通り一見何気ないような話を振っていた。
「空返事もいいとこだな」
「すまん……」
「謝るとこでもねーしよ。少しは剣道バカから成長したなと思ってんだぜ」
「……」
柚木が何も言えず、校舎が近づいてきたとき、
「おはよー、柚木」
「っ!」
いつも通りの明るさと元気を感じる心春の挨拶が後方から聞こえてくる。
てっきりまだ怒っていると思った柚木はその変わらない姿に戸惑ってしまう。
「真剣勝負だと本当の強さよくわかるね……ってどうしたのさ?」
「あっ、そ、その……悪い」
「えっ、ちょっと!」
何か言おうとしても、喉に引っかかったように掛ける言葉がすぐにはみつからず、あろうことか逃げるようにその場を去ってしまう。
教室に自分の席につけば、そのありえない自分の行動が認められなくて昨日と同様に机に突っ伏す。
「少しフォローしといたが、柚木よぉ、ありゃあねーだろ」
「ううっ」
少しするとあきれ顔で悠斗が近づいてきた。
「ときたまコミュ力ゼロになんのは要改善しねーとな」
「どうやって……?」
「……まあ少し昨日のことを自分で悩んで考えろ」
「……おう」
昨日と同じく助け船を出してくれようとしたのかもしれない。
だが考え直したように途中で言葉を引っ込めた。
柚木自身、自分で答えを見つけようと、そうすべきだと授業中も考え込む。
昨日の試合を何度も思い出し、どこが悪かったのか必死に思いをはせるが、結局行きつく答え、それは……。
「わからねえ……」
昼休みになり心春がやって来るかもと思えば教室にはいられず、何の気なしに北校舎にやってきていた。
図書館そばの空き教室に入り、窓から校庭を眺めていたら無意識にそんな言葉が出てしまう。
「わかりやすいくらいに悩んでんな……ほらよ」
「おっと……悠斗、お前よくここがわかったな」
購買でパンを買ってきた悠斗はその一つを柚木に放った。
「この前薄い本見るのにこの辺り来たろ。教室の側にはいねーだろうし、食堂なんかは小城さんが来るかもだからな」
「……面目ない」
「食えって。午後まで持たねーぞ」
「……」
おすそ分けしてくれた焼きそばパンにさえ噛り付かないでいると、
「たくっ……竹刀を交えて、小城さんが剣道を嫌いになってねえことが分かったから、なおのこと昨日の結果が気に入らねえんだろ?」
「ああ……」
「それに、小城さんに謝りたくても謝れなかったのは彼女が怒った理由がわからなかったからだろ。だから逃げてんだ」
「それは……ってか、お前よくそうぽんぽんわかるな……」
悠斗のいう通りだった。
そのいつになく真剣な目に見据えられ、あまりにも心を見透かされたようでちょっとドキッとする。
「付き合いなげーし、柚木はもちろん小城さんの気持ちもちょっとわかるからな……」
「それって、別の道を選んだからこそか……」
「そういうこった。昨日の試合を見る限り、その理由は全然違いそうだけどな……」
「どういうことだよ……?」
悠斗はなんで心春が剣を辞めたかの理由を知っているかのような発言で思わず柚木は前のめりになる。
そんな柚木を悠斗は手で制し、
「それは本人から聞いた方がいいだろ。俺に言えるのは、そっちじゃなくて、小城さんが怒った件についてだ。お前なあ考えろと言ったが、考えても理由がわからなかったんなら、ヒントくらいやる。こういうのはよ、当事者本人はなかなか気づきにくいこともあるしな、昨日の試合のこと思いだしても、頭に残ってんのはあんなはずじゃないんだって認めたくないって気持ちだろ。それが強すぎるから、だから肝心なとこがぼやけちまうんだ」
「そう、かもしれない……」
「何のために俺が近くで見てたと思ってんだよ。普段ならともかく小城さんとの試合を楽しみにしてた柚木が気づかなくても仕方ねえ。そこは気にしすぎんな。まあヒントを聞いて、それでもわからねえなら、どつくかもしれねえけど」
「お、おう……」
「いま、熱心になってるもの、一番に考えてる物を軽く見られたり、ぞんざいに扱われたら相手はどう思うよ? 真剣であれば真剣であるほどむっとするし、それが信頼してる人から言われたら尚更感情として表に出るのは当然だよな……?」
「あっ!」
その悠斗の話に、つっかえていたものがすうっと落ちたような気がした。
同時に、昨日自分で言い放った言葉が頭の中で蘇り、胸が締め付けられる。
「わかったみてーだな。ついでに言うなら、今朝のいつも通りの態度は、剣に真っ直ぐな馬鹿だってわかってるから、そんな柚木だからよ、たぶんちゃんと水に流してくれたんだ」
「っ!? 俺……」
「行って来い。あとで飯くらいおごれよ」
「おうよ。ありがとう」
悠斗に礼を言って、柚木は廊下に飛び出し駆け出した。
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