桃次郎

三百年にも渡る鬼の時代が終わり、この村は今や、人間による統治が行われていた。だがその実態は、支配者の首がすげ替えられただけにしかすぎない。初代の桃太郎の頃はまだ良かった。鬼の恐怖の記憶が残っていたからなにをしてもアレよりマシだと思えたし、鬼ヶ島からもたらされた財宝もあった。


情勢が変わったのは、初代の桃太郎が死んだ三年前からだ。鬼との戦いの古傷が悪化したと言われているが、用済みになったから消されたというのがスズメたちによってまことしやかに語られる噂である。その信憑性は不明だが、現実として、桃太郎は歴史から退場したことは変わらなかった。


その後の政権は桃太郎の後見人であったおじいさんが握ったが、桃太郎ほどのカリスマもなく、一年も持たずにその座から引きずり降ろされ、おばあさんともども村を追放される。そして幾人かの有象無象のあと、最終的に権力の椅子に座ったのは、自称、桃太郎の弟だという桃次郎という男であった。


この桃次郎、粗野ではあったが暴力の使い方を心得た男で、自分の部下に犬猿雉の称号を与え、自らの敵を鬼の残党軍の間諜と位置づけて次々に排除していったのである。度重なる権力闘争で疲弊した村はもはや誰もその暴走を止めることができず、ここに恐怖政治は完成したわけだ。


そんな日々が続く中、一人の勇敢な若者が、密命を帯びて村を出発した。彼が向かったのは、今は山奥に隠居した伝説の存在、犬の元である。犬、猿、雉、彼らはいまや伝説の存在であり、桃次郎を止められるのは彼らだけであると思われた。だが猿と雉はすでにこの世になく、犬を残すのみだった。


「いや、もう私は戦わない。帰りたまえ」それが犬の返事であった。「なぜです、あなたはあの桃太郎と共に戦った英雄なのでしょう」「そんなかつての英雄を担ぎだして、君たちは一体何をする気かね。また首をすげ替えるだけではないのか?」若者も、さすがにそこまで言われては言葉をなくす。


しかし、はいそうですかと村に帰るわけにもいかない。自分に期待してくれた者のためにも、今の世界を変えるためにも、桃次郎に対抗する旗印として犬の力が絶対に必要なのだ。だが、犬は決して首を縦には振らない。ならば若者に残された道は二つ。責任をとって自分が死ぬか、それとも……。


結局若者は、手土産と称したきびだんごを犬のもとに残し、そのまま立ち去っていった。犬にも彼の心情は理解できたが、もはや、誰かのために命をかけるなどできやしない。そんなことを考えながら、犬は自分の過去の中で、もっとも輝かしい思い出であった鬼ヶ島の戦いを思い出す。


その思い出とともに、犬はきびだんごを口にする。だが、その後に犬を待っていたのは、思い出ではなく最期の瞬間に見えるという走馬灯だった。こうなることをどこかで予想しつつも、犬はそのきびだんごを食べることを選んだのだ。英雄でいるには、少々長生きをしすぎた。


村に戻った若者は、英雄であった犬の死を報告する。こうして、過去の英雄は皆、いなくなった。

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