第4話 腹黒公爵は諦めない

アレギス伯爵邸に疾風のように帰宅すると、急いで書斎へと飛び込んだ。お父様が、いつもここで仕事をしているからだ。




「お父様! リュディガー様と婚約破棄です。すぐに私は田舎の別邸へと引っ越します!」


「はぁ!? そんなわけないだろう。リュディガー殿との結婚式の準備は進んでいるんだぞ」


「のっぴきならぬ事情ができました!」


「何だそれは? くだらないことを言うんじゃない」


「くだらなくありません!」




呆れかえるお父様を目の前に、深呼吸をして落ち着こうとする。




「実は、お祖母様ももうお年ですし、心配で様子を見に行こうかと……」




身内を心配する情に訴えようと笑顔で嘘

をついた。




「お前はなにを言っているんだ?」


「ですから、結婚前にお祖母様の様子を見に行こうと思いまして、すぐに田舎の別邸へと行きますわ」


「お前の祖母である私の母上はすでに死んでいるだろう? 頭は大丈夫か?」




リュディガー様の魅了の魔法のせいで記憶があやふや!!


いきなり嘘がバレてしまい背中から冷や汗がでる。記憶に自信がないにもほどがある。


魔法に長けているリュディガー様の魅了だからか効果が強すぎる。




「ちなみにお前の祖父もすでに他界しているぞ。誰の様子を見に行くつもりだ?」




本当に誰の様子を見に行けばいいのでしょうね!?


呆れかえるお父様の前で、八方ふさがり感になりグッと拳を握りしめる。




「大体、婚約破棄すると言ったり、結婚前に他界している祖母の様子を見に行こうなどとわけのわからないことを言うものではないぞ。お前はリュディガー殿が好きでいつも彼を訪ねていたではないか……今日もリュディガー殿の邸でお茶していたはずだぞ」




そうですよ。全てはあの怖いリュディガー様の魅了の魔法のせいです。


お父様に全てをバラすべきなのか……でも、リュディガー様との結婚は一族みんなが応援している。この国でも有数の公爵家であり、誰もが縁を繋ぎたがっている。それどころかリュディガー様は王族の覚えもいい。いずれは殿下の側近になると言われているような容姿端麗、おまけに文武両道の完璧な方だ。完璧な魅了の魔法まで使いこなす無駄な魔法の才にも長けている。余計な設定をつけすぎですよ。




その彼に魅了の魔法をかけられていたなんて言っても、絶対にお父様が婚約破棄を申し込んでくれるとは思えない。信じてくれないかもしれない。




「あぁ、それと宮中の夜会の招待状がきているぞ。今回もリュディガー殿と行かれるのだろう? 彼は、クリスを大事にしているからな」




確かに邪険にはされなかったけど……魅了にかかっている間もマリアンナ様と腕を組んで出かけていたし、それを私は後ろからついて行く事もあった。




魅了にかかってなかったら、そんな惨めなことをしなかった。


そもそも、魅了にかかる前からマリアンナ様には近づきたくなかったのだ。それなのに、リュディガー様が彼女とお茶を一緒にしたりするから……フォーンハイト公爵邸を訪ねていた時に二人っきりでいた時は胸が傷んだのだ。ヒロインには敵わないし、断罪まっしぐらになる理由は私にはない。小説の世界であろうとも、今の私は自分の意志があって自分で考えて断罪にならないように避けて来たのに……それが、リュディガー様のせいで、いつの間にか断罪イベントは終わっていた。しかも、ヒロインがヒーローに捕縛されるという結末。




あの悲しかった気持ちは一体どこへ昇華すればいいのですか。




考えていると、書斎に執事が「フォーンハイト公爵様のお越しです」と言ってリュディガー様を招き入れた。


私は、血の気が引くと同時に逃げた。書斎には、反対側にも出入り口があるから逃げ場はあるのだ。




「クリス。どこに行くんだ? せっかく迎えに来たのに……」


「は、離してーー!」




逃げるよりも早くにリュディガー様に捕まってしまう。彼は背が高くて、お腹に手を回されて持ち上げられるとジタバタと足が浮いてしまっていた。それをお父様は、観察するように見ている。




「アレギス伯爵。今日はクリスを迎えに来ました」




バタバタとすることに疲れて、リュディガー様に抱えられたまま呼吸を整えようとしていると、彼は、とんでもないことを言い出した。




「迎え……ですか?」


「えぇ……またよからぬ者にクリスが狙われないように、我がフォーンハイト公爵邸で一緒に暮らそうと思います」




お願い! 反対してください! 


結婚前だからとか理由はたくさんありますでしょう!




抱えられたまま祈るように両手を握りしめて懇願の意を表す。でも、魅了の魔法にかかっていたことを知らないお父様は通じなかった。




「そうか。クリスもフォーンハイト公爵邸での暮らしを望むか……二人が納得しているなら野暮なことは聞かないでおこう。あの毒殺未遂事件から、リュディガー殿のおかげでクリスは元気でいられたのだからな」




違います! このお願いのポーズは断って! という現れです!!


一緒に暮らさせてください! というお願いではないし、毒殺未遂事件のことは先ほど知ったばかりです。元気だったのは魅了の魔法にかかっていたから、リュディガー様のことしか考えられなかったのですよ!




落ち着け。落ち着かないとこのリュディガー様には敵わない。


リュディガー様に捕まったまま、胸を抑えて動悸を抑えて話す。




「お父様、私はお祖母様の介護が……」


「だから、お前の祖母はすでに皆死んでいる。クリスが様子を見に行く必要のある親戚はいない」




嘘も方便はまったく利用できない。語尾を強めに呆れ顔でお父様に言われた。


もう誰でもいいから、私を呼んでほしい。


リュディガー様は、笑いをこらえるように喉を鳴らすと、お父様に感謝を告げる。




「あぁ、良かった。アレギス伯爵、感謝します。では、クリス。荷物をまとめようか?」


「……荷物の準備に、100年ほど待ってもらえますか?」


「……では、このまま行こうか?」


「やっぱりすぐに準備します……」




ちらりと見上げると、冷ややかな視線なのに笑顔で見下ろすリュディガー様の表情が怖い。私と一緒にいるために、お父様まで取り込むなんて……腹黒に見えてきた。やっぱり私では敵わない。




お父様は「リュディガー殿なら、クリスを任せても安心ですな」と笑うと、リュディガー様は「お任せください。これ以上ないほど大事にしますよ」と自信ありげに答えた。


目的のためなら手段も選ばない。どうやってこの人と離れるのか……わけのわからないまま、あっという間に荷物をまとめられて私はその日から、フォーンハイト公爵邸で暮らすことになってしまった。














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