悪役令嬢に魅了の魔法をかけないでください! 断罪イベントを知らずに終わらせた公爵様は、悪役令嬢をとらえて離さない!

屋月 トム伽

第1話 そろそろ終わりにしようか?

「そろそろ終わりにしようか?」




クリスティーナ・アレギス伯爵令嬢、18歳。


いつも通り、リュディガー・フォーンハイト公爵様のお邸で婚約者としての日課のお茶会をしている時だった。


私は、急な発言にお茶を静かに置いて彼を見る。


いつもは、静かにお茶を飲んでいる婚約者の彼は、微笑みながらも神妙な顔つきになっていた。




銀髪に少し垂れ下がった切れ長の薄い碧眼の瞳。誰もが振り向く端整なお顔のリュディガー様と私は幼い頃から決められた婚約者で間違いない。




そのうえ彼は、公爵でありながらも魔法に優れた才能があり、魔法騎士団にも所属している人気者だった。私という婚約者がありながらも、他の家からの縁談の申し込みが絶えないほどだ。


他の女性と一緒にいることだってあるのも私は知っている。


その彼が、「終わりにしよう」と告げたのだ。




いつもいつも素っ気ない彼に、まとわりつくように追いかけまわしていた私は、その言葉で我に返った。




なんで、私はこの人をいつも追いかけまわしていたのかしら?




なぜかはわからないけど、急に冷めた気持ちになる。追いかけまわしていた熱を全く感じなくなっていたのだ。


私以外の人といる彼を縛り付ける理由も、それに耐える理由もないと、たった今気づいた。




私が18歳になると結婚する予定だった。一年前に公爵を継いだばかりの彼は、仕事などに忙しく、事故で他界されたお義父様たちの喪に服していた事もあり、すぐには結婚をしなかった。


そして、私が18歳になった現在。結婚を間近に控えていたけど、他に女性がいる方と結婚なんて有り得ない。そう思い始めると、婚約破棄してくれてラッキーのような気がする。


頭がまだハッキリしてないような霧がかった様子で立ち上がった。




「クリス? 聞いているのか?」


「聞いてます。婚約破棄ですよね? すぐにしましょう。書類はどこですか? サインをするペンは……」


「……クリス? 何の話かわかっているのか?」


「わかっていますよ。ですから、すぐに婚約破棄しましょう」




「ペンをお借りしますね」と言って立ち上がり、この部屋の机へとペンを取りに行くと、背筋がヒヤリとして鳥肌がたった。




「クリスティーナ」




机の前でペンを取ろうとすると、私はリュディガー様と机に挟まれ、彼の声が耳元で聞こえるほど近くて、どきりとした。




「俺は婚約破棄をすると一言でも言ったかな?」


「でも、終わりにしようと……」




背の高い彼に上目で振り向くと、怒った表情のリュディガー様が私の背後から見下ろしていた。




「それは、俺のことが好きではないということかな?」


「……そうかもしれません」


「そう……まだ、解くのは早かったようだな」


「あの……」




__解くのが早い?




なにを言っているのか分からずに、困惑してしまう。むしろ、怖い。こんな怪しい迫力のある人だとは知らず、なにを怒らせたのか必死で考えていた。


こんなにリュディガー様から私に近づくことすらなかったのだ。いつもは、私が彼の腕に絡まっていっているぐらいだったのに……。




今思えば、なんであんなに「リュディガー様、リュディガー様」と彼を追いかけまわしていたのか……。




その彼が、今にも覆いかぶさって来そうなほど身体が密着してくるから必死で抵抗した。




「わ、私っ、帰ります! 婚約破棄のことをお父様に話さないと……っ! 結婚式の中止もすぐにいたしませんと……!」


「そんな必要はない」


「でも、結婚式が……リュディガー様は、いつも他の女性といたではありませんか!?」


「あれは苦痛だった。よからぬ動きをしている女に近づいていたのだから……だが、クリスティーナが嫉妬してくれるあの顔は可愛かったね」




慌てる私と違い、彼の冷ややかな空気が張り詰めたかと思うと、リュディガー様の顎が私の肩になだれ込み、理由のわからない緊張が走った。




「二度はかからない魔法なのに……どうしてくれんるだ?」


「ま、魔法……?」


「せっかく、クリスティーナを誰にも取られないように魅了の魔法をかけていたのに……解いた途端に俺から離れようとするとは……」


「魅了!?」




一体いつから!?




では、私が「リュディガー様、リュディガー様」と追いかけまわしていたのは……。




わなわなと震える唇が塞がらずに、間抜けな表情で固まる。それを愛おしそうに彼が頬を撫でてくるけど、怪しい笑みが怖くてびくりと身体全体が強張る。笑顔だけど、絶対に怒っている。




「わ、私っ、帰ります!!」


「帰さないよ」




「ひっ……」と声にならない悲鳴が漏れる。怖い雰囲気を隠さずに眉根を釣り上げて、黒い笑顔で私を見据える。




「新しい魔法を考えないとね……」




次は私に何の魔法をかけるつもりなのか。怖くて聞けない。




だんだんと、頭のモヤが晴れるように思い出した。


この世界は、なんとかっていう小説の世界で、私はヒロインを虐めて最後には断罪される悪役令嬢だ。




幼い頃から前世の記憶があり、断罪を避ける為にヒーローである私の婚約者リュディガー様と離れようと決めて田舎に引っ込もうとしていたのだ。




それなのに!


私に魅了の魔法をかけていたですって!?




なんでそんなことをするの!?


かけるならヒロインにかけてください!!




「リュ、リュディガー様。いつから私に魅了の魔法を?」


「一年ぐらい前だな。クリスティーナが婚約破棄をしようとしていたから……」




バレてましたか。


魅了の魔法にかかる前は、必死でお父様を説得して婚約破棄を企んでいた。とにかく、リュディガー様とヒロインから離れるために田舎への引っ越しを企んでいたのだ。










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