エピローグ .新婚生活 ♡ 逃走 → ふたりの関係

「おお――これは旨そうだな」

「ほんとう? えへへ、作った甲斐があったわ」

 

 新しく建てた新居のキッチンで。

 

 料理用のエプロンをつけた勇者が、魔王が座っているテーブルに料理を運んでいた。


「あいにく勇者業で、まともな料理経験はなかったんだけど……せっかくのお嫁さんなんだもの。これから頑張っていくわね」

 

 と、勇者は腕まくりをしながら言った。


「ああ。余の楽しみが増えた」


 と、魔王が言った。


「あら、あらあら! こちらのお料理は本当に勇者様が作られたのですか?」


 と、同じくテーブルに座っていた聖女が言った。


「ん――にわかに、しんじられない」


 と、隣で淫魔も言った。


「ちょっと! あんたたち、失礼ね」


 勇者はぷくうと頬を膨らませてつづける。


「これでも一応、いろいろ練習したり調べたりしてがんばったんだからっ」

「さてさて、お味の方は――あら! 美味しいですわ!」


 と、料理を口に運んだ聖女が言った。


「ん――さいこう」


 と、淫魔も親指を立てて言った。

 

「ほ、ほんとっ? えへへ。せっかくのために作るんだもの。美味しいものを食べてもらいたいじゃない? って、え……?」

 

 そこで勇者は、ようやく気付いたようにして。

 

「ななななな! なんであんたたちふたりが、あたしたちの新居の食卓に普通にいるのよーーーー⁉」

 

 と叫びながら突っ込んだ。

 

「あら、なにかいけませんでしょうか」

「ん――べつに、いつもどおり」


 一方のふたりは焦った素振そぶりも見せず、ご飯を食べすすめている。

 

「そ、そんなわけないでしょ! だって、あたしとエデレットは――〝結婚〟をしたのよ!? なのに、その新婚生活にあんたたちふたりがいたらおかしいじゃない!」

 

 ぜえはあと息を切らして訴える勇者に対して。


「あら?」

 

 やはりふたりは、なんてことのないように言うのだった。

 

本妻ほんさいの役目こそシルルカさんに譲りはいたしましたが――まだ魔王様の〝第二夫人〟の座は空いておりますわ」


「……え?」

 

「ん――魔族の世界じゃ〝一夫多妻〟は、ふつう」

 

 とクウルスも補足するように言った。

 

「えええええええええ!?」

 

 勇者は叫びながら魔王の方を向く。

 

「ぬ――確かにそうだな。魔族には人間族のように〝一夫一妻〟であることの法的な制約はない」

「じゃ、じゃあ……あんたも、あたし以外にお嫁さんを――」

「いや。今はとくだん考えていない」


 しかし魔王は、その件についてはすぐに否定し、すこし恥ずかしそうにしてつづける。


ではあるが――シルルカのようにする相手が、そう簡単に余のもとへ現れるとも思わぬ」

「っ! そ、そうよね――」

 

 勇者はすこし安堵したような息を漏らしたが。

 聖女は言葉のニュアンスを見逃さず、間髪入れずに言った


「あらあらあら! 『そう簡単に現れない』ということは、魔王様をドキドキさえさせれば――モエネにもチャンスはあるということですわね?」


 勇者は眉間にしわを寄せて、抵抗するように言う。


「で、でもっ! 魔王はよくても……あたしたちは人間族なんだし? そんなに簡単に一夫多妻を許すわけにもいかないわっ」

「あら。それでは『あいだを取る』というのはいかがでしょう?」

「間を……?」

 

 聖女は頷いてから、魔王に向かって訊く。


「魔王様、ふだん〝魔族の王様〟というのは、どれくらいの数のお嫁さんを取るものなのでしょうか?」

「ぬ――そうだな。これという決まりはないが……最も好色こうしょくと呼ばれた代の魔王であれば、1000人の嫁がいたと聞くな」

「1000人!?」


 勇者が目を広げて叫んだ。


「なるほどですわね――それではあいだをとって〝500人〟の嫁までは許すことにいたしましょう」

「ちょっと待ちなさいよ! 色々規模感おかしいしでしょうがあああ!」と勇者はたまらず突っ込んだ。「そんな特殊な値で平均を取らないでちょうだい!」

「ん――これも種族ののちがい」


 と淫魔も冷静な声でなだめるように言った。


「うー……! そんなの納得できるわけないでしょうが!」

 

 などとドタバタしていると――

 

 がちゃり。

 部屋の扉が開かれた。


「え……? ミミラミさん!?」

 

 そこから姿を現したのは、例の結婚相談所マリアベイルの占術師だった。

 

「こんこーん!」

「だからノックの音、後から言っても手遅れだからね⁉」

「勇者っち! そんなこと言ってる場合ぢゃないよー!」

 

 占術師は慌てながら、ふところから水晶玉を取り出した。

 それはきらきらと紫色に発光している。

 

「あんねあんねー、さっき水晶玉のお導きがあって――魔王サマに、また【マッチング相手】が現れたんだよー」

「……え?」

「あら! つまりそれは魔王様と【結婚の相性が良いお方】ということでしょうか?」

 

 占術師はこくこくと頷いた。


「そういうことだよー。しかもしかも! ひとりぢゃないの」

「へ?」

「魔王サマと新しくマッチングした相手は――いるんだー☆」

 

 などと。

 どこまでもあっけらかんと言う占術師の言葉に。


「もー! なんなのよ、みんなして……!」

 

 勇者は地団駄を踏んだあと、魔王を振り向いた。

 

「魔王っ!」

「ぬ? どうした、勇者よ」

「うー……! こうなったらもう――わよっ!」

 

 そう言って勇者は、魔王の手を取って。

 勢いよくその場から走り去った。

 

「あら⁉ シルルカさん! 魔王様! どちらに行かれるのですかっ⁉」

 

 聖女が止める声も無視して。

 勇者は建物の外へと飛び出した。


「おい。シルルカよ」


 手を引っ張られながら、魔王が言った。


「逃げるといっても――どこへ行くのだ」

「うー……そんなの、決めてないわっ」


 勇者は首を振りながら言う。


「でも……〝ここじゃないどこか〟よっ!」

「ふ――そうか」


 魔王は短く息を吐くと。

 握っていた手に力を入れて。ぐいと引き寄せて。

 勇者のことを〝お姫様だっこ〟の形で抱えると――


 そのまま走り出した。


「きゃっ――エ、エデレット……?」

「他ならぬの望みだ。ともに駆けていこうではないか――ここではないどこかまで」

 

 そう言った魔王の表情は。

 どこまでもクールで魅力的な微笑みを浮かべていて――


(うー……やっぱり、好き)

 

 なんてことを。

 勇者はあらためて思うのだった。

 

「勇者様、魔王様ー! お待ちくださいましー!」

「ん――にがさ、ない」

 

 後ろからは、まだまだ魔王のことをふたりが追いかけてきていた。

 

「うー……! せっかく順風満帆じゅんぷうまんぱんな新婚生活を送れると思ったのにーーーー!」

 

 勇者は大きなため息をついて言った。

 

「これじゃ〝平穏な幸せ〟なんて、夢のまた夢じゃない……!」

 

 だけど。

 

 、とも勇者は心のどこかで思った。

 

 ――だって、あたしたちは。

 

 どこまでいっても。

 【勇者】と【魔王】なんていう。

 

 安定や常識といった概念からは、ほど遠い存在なんだから。


「それでもきっと。あんたとこうしてる限りは――」

 

 勇者はそこで、魔王の首に手を回して。

 

「ぬ――?」

 

 彼の頬に、優しく口を寄せた。


「きっと世界は〝平和〟でありつづけるわよねっ」

「ふ――ああ」


 魔王はほのかに赤く染まった片方の広角をあげて。

 言った。

 

「何せこの結婚は。余と貴様の間で結ばれた愛は。――かけがえのない〝ホンモノ〟であるからな」

 

「――うんっ」

 

 青い空。白い雲。明かい陽射し。

 そんなどこまでも平和的な空の下で。


 

「愛しているぞ。シルルカ」

「あたしもっ。これからもずっと、大好きよっ」


 

 勇者と魔王は。

 未来永劫の平和をおもいながら。


 



 ――お互いの愛を、優しく確かめあった。






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これにて本作【完結】です――!

ふたりの未来が愛と幸せで溢れることを、

作者としても祈っています。


最後までお読みいただき、

本当の本当の本当にありがとうございました……!

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魔王さま、婚活中! ~世界のために嫁を作れ~ ささき彼女!@受賞&コミカライズ決定✨ @tamaki_ta

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