37.見栄 ♡ 恋敵 → 祝福


 あたり一面に瓦礫がれきが転がる大地の一角いっかくにて。

 

 無事に着地の衝撃を和らげることに成功した(代わりに街をひとつ滅ぼした)魔王と勇者が、どこか照れくさそうに対峙していた。

 

「ねえ……本当にいいの?」

「ぬ――なにがだ」

 

 勇者は胸の前で指を絡ませるようにしてつづける。


「だってあんたのおかげで、人間族と魔族との対立をあおって世界を自分のものにしようとしてた悪の根源――枢機卿ゴンドレーは倒せたわけだし。だったらなにも、あたしたちがまでしなくても……これで世界はしばらくは平和になって。あんたの目的は、もう達成されちゃったんじゃないかって思って」

 

 勇者は視線を地面に落としながら、寂しげな声で言う。

 

 しかし魔王は。それを一笑いっしょうして。

 

「ふ――貴様も不思議なことを言うやつだな」

「え?」

「そもそもは貴様が申したことであろう――互いに愛し合った相手と結婚するのに、理由がいるのか?」

「……っ!」

 

 その言葉を聞いて。

 勇者は嬉しさを隠しきれないように口元を緩ませた。


「いけなく、ない――いけなくないわ」

 

 そこで周囲を強めの風が吹き抜けた。

 勇者はバランスを崩し、足もとをもつれさせた。

 

「きゃっ」


 倒れそうになったところを――

 魔王が紳士的に支える。

 

「大丈夫か」

「あ――だいじょうぶ。ありがとう」

「礼を言われるでもない。これからは〝自分ひとりのカラダ〟ではないのだからな」

「うん――」


 勇者は流れで頷いてしまったが、慌てて首を振る。


「って、それだとなんだか違う意味に聞こえない!?」

「ぬ? そうだろうか? 単に『シルルカのカラダが心配だ』というだけなのだが……〝違う意味〟とはどういうことだ?」

「うー……! し、知らないっ!」

 

 ぷい、っと勇者はそっぽを向いて言った。

 その頬はやはり、果実のように赤く染まっている。

 

「……あ」

 

 勇者はそこで思い出したように言った。

 

「そうだ。あたし、ひとつ謝らないといけないことがあって」

「ぬ?」

「あたし、嘘ついてたの。ほんとはあたし――恋愛経験が豊富なんてことはなくって。なんなら、今まで一度もなくって! あんたが――ハジメテなの」

 

 勇者は目を伏せてつづける。

 

「見栄を張って、ごめんなさい……だから。あんたに恋愛を教えることなんて、きっとはじめから無理なことだったんだわ」

 

 しかし魔王は。

 相変わらずきょとんとした表情を浮かべて。

 

「なぜそのようなことで謝るのだ」

 

 などと。

 珍しく爽やかな微笑みを浮かべて言ってくれたのだった。

 

「見栄を張る必要もとくだん無い。なにせ、恋愛がハジメテなのは――余と同じではないか」

 

 そんなセリフと破壊力抜群の微笑みに。

 やっぱりどうしたって、勇者の胸は高鳴るのだった。

 

「勇者様ー! 魔王様ー!」

 

 そんなふたりの元に。

 聖女と淫魔が遠くからやってきた。

 

「あ……モエネ、クウルス!」

 

 勇者は反射的に手をあげ挨拶をしようとしたが――

 そこで〝とあること〟に気付いて、こそこそと魔王の後ろに隠れた。

 

「ぬ――どうしたのだ、ふたりを前に隠れなどして」

「うー……だ、だって――!」

 

 勇者は歯切れ悪く答える。

 

「あたしたちは〝ホンモノの恋愛関係〟になって――それでまですることになって。あのふたりは……あ、あんたのことを、す……好き、だったのよ……? そんなの、どんな顔で会えばいいか――」

 

 勇者は指先を胸元で突き合わせ、気まずそうにしている。


「あら? 勇者様?」

 

 すると聖女と淫魔が近くで足を止めて。

 魔王の背中に隠れている勇者を不思議そうにみつめた。

 

「うー……えっと、その……、あのっ……」


 などと勇者がしていると。

 

 ふたりは。

 

「――おめでとうございますっ」

「ん――おめでと」

 

 と。

 笑顔で〝祝福の言葉〟をくれたのだった。

 

「……え?」

 

 状況が掴めず勇者は目を何度もまたたかせていると。

 聖女が答えてくれた。

 

「実は、その――おふたりの様子は模擬生活シミュレーションの時と同じように、通信魔法でモニタリングをさせていただいておりましたっ」

「え? え?」

「ん。ふたりの様子は――つつぬけ、だった」

「……えええええええ!?」

 

 そんな衝撃の告白に。

 勇者は驚愕に加えて、全身から冷や汗を流し始めた。


「ままままままま、待って! じゃあ、つまり……ふたりはあたしたちのやり取りを〝覗いてた〟ってこと?」


「ですわ!」「こくり」

 

「……ってことは! あたしが言った、あんな恥ずかしい台詞とかまで……? うーーーーーーっ……!」

 

 勇者は魔王とのやり取りを聞かれていた羞恥から、いよいよ全身を真っ赤に染めた。

 

「うふふふ。まさか勇者様が、あのように〝熱い想い〟を魔王様に抱えていらしたとは――」

「じょうねつてき、だった」

「や、やめてえ、言わないでえええええええ」

 

 勇者は手をぶんぶんと振り回しながら叫ぶ。

 

「あらあら。仮にもモエネたちから魔王様をになられたのですもの。これくらいのささやかな〝憂さ晴らし〟くらい、お付き合いされてくださいな」

 

 モエネがは爽やかな微笑みの中に、ほんの少しだけ〝黒い感情〟を垣間見えさせたが――きちんとふたりのことは祝福しているようだった。

 

「とにかく! 勇者様――どうか、モエネたちのぶんも『幸せ』になられてくださいな」

 

 聖女が手をぱんと合わせて、まとめるように言った。

 

「ん――魔王さまを不幸にしたら――ゆるさない」

 

 勇者はふたりの前に歩みよって、微かに涙ぐんだ声で言った。

 

「ふたりとも――ありがとう。約束するわっ! あたしたち、絶対にしあわせになるから――」

 

 聖女と淫魔は一瞬ふたりで視線を交わして。

 そのあと、穏やかに微笑んだ。

 


「ええ。応援していますわ――っ」



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