35.想い ♡ 告白 → 結ばれて


 文字通り空が割れるほどの爆発があった。

 

 その原因は魔王による魔法――【■■■■■■】などという。

 言葉にできない詠唱とともに放たれた黒い衝撃。


 それは巨大な飛空挺を木っ端みじんに破壊して。

 聖獣化した枢機卿をはじめとした聖兵たちの一団を、完膚無かんぷなきまでに壊滅に追いやった。


「きゃああああああ――つ!」

 

 しかし当然。

 乗っていた船が空で爆発すれば――あとはしかないわけで。

 

 勇者は重力のままに高空を落下していった。


「落ち、ちゃうっ――あれ?」

 

 目をつむり恐怖に耐えていた身体を――ふわり。

 だれかが抱き留めてくれる感触があった。

 

「あ……

「ぬ――ようやく触れることができた」

 

 魔王は勇者の存在を確かめるように、背中に回した手に力をこめたあと。

 ほのかに口角をあげて言った。


「助けにきたぞ。勇者よ」

「……っ!」

 

 その仕草が。言葉が。

 勇者の胸をくすぐって、どきりと心臓を高鳴らせた。

 頬を赤くさせ目を背けつつも、勇者は言う。


「ありがとうでも、あんたって、飛べるの……?」


 魔王は首を横に振った。


「あいにく、余は飛行魔法のたぐいは使えぬ」

「だ、だったら――!」


 地面に向かって〝落下していく〟という状況は変わらない。

 それでも。

 魔王は余裕ある表情で、勇者を落ち着かせるように言った。


「ひとりで落ちるよりは――こうしてふたりで身を寄せ合っていた方が、いくらかましであろう」

「うー……ましとか、そういう問題じゃない気もするけど……」


 勇者はすこし困惑したが。

 どこまでも平常心で変わらない魔王の様子にあてられて、妙に納得してしまったのだった。


「でも、そうね。そうかもしれないわ」


 勇者はいわゆる〝お姫さまだっこ〟の状態にある。

 空を落ち行く中で、勇者は魔王の顔を見上げた。

 

「…………」


 至近距離に魔王の瞳がある。

 空虚な宝石のような瞳。吸い込まれそうな瞳。

 

「……な、なによ。そんなに見つめてきて」

「ぬ――いや。やはり間違いない、と思ってな」

「間違いない?」

 

 魔王はこくりと小さく頷いてから。

 珍しくどこか照れるようにして――

 目を空に泳がせてから。

 

「ああ――間違いない」

 

 もう一度繰り返して。

 小さく息を吸って。吐いて。

 

 言った。

 

「どうやら余は――貴様のことがなようだ」


「……え?」

 

 勇者は目をぱちくりとまたたかせて。

 

「はあああああああああっ!?」

 

 信じられないように驚愕した。

 

「ど、どういう、ことよ……っ」

「どうもこうもない――勇者よ。余は貴様のことが、好きだ」

 

 今度は魔王は勇者の瞳をまっすぐに見抜いて。

 はっきりとそう言い切った。


「っ!?」

 

 唐突のことで勇者の頭は回らない。

 それでもどうにか状況を整理するとしたら。


 聖教会を利用し、自らの野望を企んでいた枢機卿を。 

 劇的かつ圧倒的な実力をもって討伐とうばつし。

 空から落ち行く中で――

 

 勇者は魔王から〝告白〟をされたらしい。


「今回のことではっきりした」


 と魔王はつづける。


「あの大男から執拗しつように攻撃を受けたときも――貴様さえ助かるならば、別に余は死んでも構わないと思った。命をかけるくらいには――貴様のことが好きだ。それじゃ、足りないか?」

「そ、そんなのっ!」

 

 勇者は頬を染めて唇を震わせている。


「足りなく、なんか……あるわけないわ」

 

 命をかけてまで好きだ――そんな最上級の愛の告白に対して。

 勇者の胸はどきどきと高鳴っていく。

 

 魔王はそこでもうひとつ思い出したように言った。

 

「それに――貴様がいなければ、余はうまく眠ることができない」

「え?」

 

 魔王と最初にベッドをともにしたときのことを思い出す。

 勇者とふたりきりの時は、彼はすぐに眠りに落ちていた。

 すこやかに。無防備に。なんの躊躇いもなく。

 

 勇者はそれを『自分のことを〝異性〟として気にされていない』と。

 すこし嫉妬めいた感情も抱えていたのだが――


 魔王の場合は、それは〝逆〟であったらしい。

 

 隣にいるのが勇者だからこそ。

 

 魔王はありのままの自分を。

 魔王という立場だからこそ見せることのできなかった〝素〟を見せて。

 心から安らいで眠ることができたのだと――


「思えばあんなにも心穏やかに眠れたのはがはじめてだ」

 

 魔王は思い出すようにして、頬をかすかに緩ませる。


「これから貴様と一緒に、。余はそう思った――それでは駄目か?」

 

「……え?」


「貴様の〝返事〟を聞いているのだ――シルルカ」

 

 名前を呼ばれた勇者は目を見開いた。

 

 魔王の【告白】は――やっぱり魔王らしく、どこか傲慢ごうまんにも聞こえたけれど。

 

 きっとそんな告白を受ける前から。

 勇者の答えはもう――決まっていたのだった。

 

「ば……ばっかじゃないの!? 命をかけて、あたしのことを救ってくれた人のこと――好きにならないわけが、ないじゃないっ……!」

 

「ぬ――ということは、」


「言わなくても察しなさいよっ」


 勇者は。

 きゅうと目をつむって。

 

「あ、あたしだって――、よっ……!」


 そう返した。

 

「いつかあんたは『自分の心に嘘をつきたくない』って言ってたわよね? だからあたしだって、正直に言ってやるわよ! あたし、いつからか、あんたのこと考えるたび――胸が高鳴ってた。ドキドキするようになってた」

 

 勇者は頬の熱を高めながらつづける。


「でも、いいの。だってそもそも――勇者が魔王にドキドキするのは、本能的に当たり前なんだもの」

 

 本能的に、と勇者は言った。

 最初に魔王と出逢った時は本能的に『嫌い』だったけれど。

 

 そこから共にる時間を過ごすうちに――

 今ではそのキモチは『嫌い』の対極に位置するようになっていた。


「あんたは確かに魔王だけど。こうして命も構わずあたしのことを助けにきてくれたんだもの。あたしにとっては――王子様、よ。だからっ!」


 勇者はそこでまとめるように語気を強めて。

 

「あたしは、そんなあんたのことが。エデレットが――好き」

 

 顔を真っ赤にしながら、告白を返した。


「ねえ。言われたとおりにをしたわよ。これで満足?」

「――ああ」

 

 と魔王はまさしく満足したように微笑んだ。


「……でも」と勇者はそこで不安げな表情を浮かべて言う。「未だに信じられないわ。あんた、本当にあたしのこと好きなの……?」

「ぬ? なぜそのようなことを聞くのだ」


 魔王はぴくんと眉を跳ねさせて尋ねる。

 

「だって……あれだけ鈍感で唐変木とうへんぼくだった魔王だもの。それがいきなり、あたしのことを好きになってくれるなんて……。あたしへの好きって、本当にホンモノかどうか――きゃっ」

 

 その言葉の途中で。

 魔王は勇者の顔をきゅうと抱え込むようにし、自らの胸元に押しつけた。


「聞こえるか?」


 言われなくてもすぐに分かった。

 どくん、どくん、どくん、どくん――

 魔王の心臓は、激しく高く鳴っている。


 ――あたしと同じだ。


 なんてことを勇者は思った。


「あいにく余の心臓は――シルルカと身体を触れあわせてから、ずっとこの調子だ」

「……っ!」

「だからこそ断言しよう。余のシルルカに対する気持ちは。余にとってのハジメテの恋心は――徹底的にホンモノだ」

 

「うー……!」

 

 シルルカは耳までを果実のように真っ赤にさせながら、『ばか』と小さく呟いて。


「で、でも――うれしい、わよ。すきなひとと、お互いにホンモノの恋ができて」


 勇者の言葉は、激しく吹いた風音にかき消される。

 

「うん? なにか言ったか?」

「……うー。好きって言ったのよっ! あたしだって、本当に大好きっ!」


 叫んだ拍子に顔をあげる。

 目の前には魔王の瞳があった。

 

「……あ」

 

 目が合う。瞳の中にはお互いの顔が映っている。

 

 一瞬にも、途方もない時間にも思える時間が流れたあとに――

 

 ふたりはどちらからともなく、お互いに唇を触れあわせた。


「「…………」」

 

 唇を離す。

 心臓の高鳴りはいっそう激しく打ち鳴らされ止まることはない。

 

 そして魔王は。


「――シルルカ」

 

 なんてことのないように。

 勇者に向かって。

 

「な、なによっ?」

 

 やっぱりどうしたって非常識的に。

 

「――結婚しよう」

 

 などと。


「っ!」


 言ったのだった。

 

「うー……! ……ったく」

 

 勇者は最初は目を見開き驚いていたけれど。

 

 やがてひとつ息を吐いて言った。


「やっぱりあんたは無茶苦茶ね。今までの常識にとらわれない、規格外な魔王。魔王らしくない魔王。だけど――そういうところだって、今は好きよ。あたしの

 

 勇者は魔王の首に手を回して。

 ぎゅうと抱きしめる力を強める。


「エデレット――」

「シルルカ――」


 こうして落ち行く空で。

 【魔王】と【勇者】という――どこまでも相反するはずの存在どうしが。

 

 お互いに誤魔化しようがないくらいに心臓をばくばくと高鳴らせながら。


 ホンモノの愛のもとで。

 ふたつののもとで――

 

 


 たったひとつに結ばれた。



 


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