10.停戦 ♡ 密集 → デジャヴ

「とにもかくにも――」

 

 夜。宿屋【夜のヒバリ亭】の一室にて。

 窓から差し込む月明りに照らされて聖女が言った。

 

「これで1日は終わりましたわ」


 あの後も『魔王様に恋させちゃお♡』大作戦は続いた。

 

 ……が。

 

 聖女と淫魔(ときどき勇者)の度重なる〝色仕掛け〟に対しても。

 肝心の魔王はドキドキどころか、顔色すらほとんど変えることはなかったのだった。


「本日は休むことに致しましょう。朝になれば、きっと何かがよくなっていますわ」

「こくり」と言って淫魔は頷く。「……いったん、停戦」

「確かに、もうヘトヘトよ……肉体的にも、精神的にも」と勇者が肩を落とす。

「それでは皆さん、お疲れをお癒しくださいまし」

「おや、すみ」

「はいはい、おやすみ――って!」


 そこで勇者が我に返った。


「なんであんたたちまで、あたしの部屋に泊まる気満々なのよ⁉」


 ばっちりと夜の支度を整え、寝間着姿の聖女が答える。

 

「しょうがありませんわ。他に部屋が空いていないのですもの」

「その言い訳、魔王あいつのときと同じじゃない……!」

「心配はいらない――追加料金は、払う」と淫魔が言う。

「それもどこかで聞いたわよ!」

「あら、あらあらあら。先ほどから旦那様の名前が出てまいりますが、もしかすると勇者様は、旦那様とされたのですか?」

「うっ⁉ し、しかたなくよ。あたしは断ったんだけど、無理やりに……」

「それでも最終的に受け入れたのは、勇者様なのでしょう?」

「だ、だって! ……外に放り出すのも、かわいそうだったから」

「やっぱり、女狐」淫魔がぼそりと言った。「許嫁の私を差し置いて、魔王さまとシルルカを、ふたりきりにさせるわけにはいかない」

「うー……! もう、勝手にすれば!」


 勇者はふてくされるようにしてベッドに潜り込んだ。


「あ、そうだ。部屋を使うのはいいけど、あんたたちはソファで――って、もうベッドの上来てるし!」

「ちょっとクウルスさん、あまり押さないでくださいまし」

「せまい。モエネこそ、もっと向こう行って」

「ひゃあっ⁉ あんたたち、変なとこ触らないでよっ……!」


 などとわちゃわちゃしていると、魔王がドアを開けて寝室に入ってきた。


「ぬ? なんだ。貴様らも世話になることになったのか」

「家主のあたしはぜんぜん納得いってないけどね」勇者は唇を歪めて言う。

「ふむ。寝床が姦しい分には構わぬ。魔界ではいつも広大な部屋でひとりだったからな」

「あれ? 今ちょっとこの狭い寝室のこと馬鹿にした?」

「むしろ褒めたたえたいところだ。こういうのも、たまには良い」魔王はそこで仄かに口元を緩めた。「しかし余も今宵はいささか疲弊した。寝ることとしよう」

「旦那様っ! でしたら、どうぞこちらへ」聖女が自分の隣を指さした。

「魔王さまは、私の隣で――寝る」淫魔も自分の隣を指さした。

「ちょっと! ただでさえ狭いのに、あんたも入ってくるわけ⁉」


 勇者の抵抗むなしく、魔王はするりとベッドに潜り込んできた。


「ああっ。旦那様との――モエネは幸せにございますわ」

「魔王さま、もっとこっちに、きて――」


 聖女と淫魔の間に入って、ふたりに引っ張られるようにされる魔王。

 結果としてベッドの上の配置は、


 【淫魔。魔王。聖女。勇者。壁。】


 のようになり。


「ちょっと! 押さないでってば、む、むぐうううううっ⁉」


 勇者は端の壁で潰れてしまった。

 

(あ、あたしは部屋主なのにいいいいいいい)


 そんな心の叫びも、どこまでも自己中心的マイペースな3人の耳には届かない。


「ぷはあっ! ちょっと、いい加減に――」


 勇者はどうにか壁の隙間から這い出して。

 怒りの鉄槌を振り下ろそうとしたが……その手はぴたりと止まる。

 

(あ……)

 

 勇者だけじゃない、世界中のだれの目から見たって――

 聖女と淫魔のふたりは、最高に〝幸せそうな表情〟を浮かべていた。

 

「こうしてモエネの運命の方に出逢うことができて――本当に素晴らしい一日でしたわ」

「私も。魔王さまとは、もう会えないと思ってた。だから――また逢えて、うれしい」


 ふたりとも頬を朱に染めて。

 えくぼを作って口の端を緩めて。

 魔王と一緒にいるひとときを愛おしそうに噛み締めている。


「……ったく。しょうがないわね」と勇者は溜息交じりに言った。「あくまでも魔王が結婚相手を見つけるまでの間だけだからね⁉ 無事に婚約者が見つかったら、解散。あたしたちは、あくまで目的達成仲間ビジネスパートナーなんだからっ」


 みんなはこくりと頷いた。


「それじゃ、とっとと寝ちゃいましょう。これ以上は不毛だわ」

「はいっ。ですが……今夜モエネは、きっと興奮して眠れない気がします。旦那様もそうではありませんか?」


 そこで勇者はどこか勝ち誇ったように言う。


「ふふん、残念だったわね。添い寝したところで魔王がなのはあたしの時に実証済みよ。きっともうすっかり眠りに落ちて――」

「ぬう。なんだか眠れぬな……」

「って、なんで今日は起きてるのよーーー⁉」


 勇者は自分の時との違いに苛立ったように叫ぶ。


「あら。あらあらあら」モエネが微笑みを強めて言った。「もしかしますと、勇者様と寝床をともにされた際は、旦那様はすっかり眠られてしまったのでしょうか? 勇者様が放たれるは放置して」

「べ、べつに色香なんて放ってないし!」

「これでライバルがひとり減った。魔王さまは、シルルカが隣で寝てても――とくだん、気にならない」と淫魔も追撃をくわえてきた。

「うーーーーー……! やっぱりみんな出ていってーーーー!」


 勇者は顔を真っ赤にして叫んだが――

 やはりだれひとりとして、出ていく気配はないのだった。



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