第37話 エピローグ

私はリー先生の研究室にいた。

あまり陽が射さない感じの、薄暗い古びた感じの研究室。


(これでこの世界ともお別れね)


私は少し感傷的な気分になって辺りを見渡した。

部屋の中央には巨大な魔法陣、そして正面に大きな鏡が用意されていた。


「さぁ、準備が出来ましたよ」


リー先生が私に声をかける。

すると私の周囲にいた九人、アーチー・ガブリエル・ハリー・ジョシュア・エドワードの五人の攻略ヒーローと、

エルマ・アリス・サーラの三人のクラスメート、

そしてメイドのアンヌマリーがいた。


アーチーがまず最初に進み出た。


「ルイーズ、本当にすまなかった。僕は君に大変な無礼を働いてしまった。許して欲しい」


私はニッコリ笑って返事を返す。


「大丈夫よ。私自身はアナタに特別な感情を抱いていなかったから。それよりもシャーロットの罪が少しでも軽くなるよう、お願いするわね」


シャーロットの不幸な身の上話を聞いてしまった以上、彼女の極刑は避けて欲しいのだ。


「わかった。僕の騎士としての名誉に賭けて約束するよ」


すると大司教の息子であるガブリエルも前に出た。


「その点については僕も全力を尽くすよ。彼女はバヤンに操られていただけだと証言する」


私は頷いた。

実際、彼の言う通り、バヤンの短剣を破壊した後のシャーロットは、まさしく憑き物が落ちたように物静かになった。

彼女の恨みに、父親の怨念が入り込み、そこにバヤンの呪いが増幅させていたのだろう。


「僕は、聖職者としてだけではなく、人間としてまだまだ見る目がなかったようだ……」


ガブリエルはそう言って深く息を吐いた。


「じゃあこれからは、悪人と断罪された人の言い分にも耳を傾けてね。自分の正義を一度は疑った方がいいわ」


私がそう言うと、彼は神妙な顔を頷いた。

そこでお調子者のハリーが首を突っ込んだ。


「俺は最初からルイーズの事も信じていたよ。俺は全ての女に優しいからな」


「あら、私が知っているだけでも、アナタは嵐の海にルイーズを放り込んでいるんだけどね」


「マ、マジか、俺……」


彼はそう言って肩を落とす。

そんな様子が滑稽で私はクスクスと笑った。

続いて前に出たのはジョシュアだ。


「君は他の世界から来たんだってね。その世界の話を聞きたかった。僕ももっと君と言う人間をよく知るべきだった」


そう言ってくれるのは嬉しい。

この五人なら彼が一番私の好みだ。


「そうね。でも本物のルイーズが私の世界を経験しているわ。彼女から話を聞いてもいいんじゃないかしら」


彼は黙って頷く。

私はその後ろで居心地悪そうにしているエドワードに視線を向けた。


「エドワード。アナタはルイーズの幼馴染で従兄弟なんでしょ。もっと彼女を助けてあげると同時に、彼女の間違った所は厳しく指摘しなきゃ」


「そうだね……」


彼は小さな声でそう言った。

そんな彼に私は近づき、彼だけに聞こえるように言った。


「ルイーズが好きなら、時にはハッキリ言う事も必要でしょ」


彼は俯いたまま赤い顔をしていた。


「私はルイーズ様の事を信じていましたわ」とエルマ。


「私もです。私たち、親友でしたから」とアリス。


「私たちの事、本物のルイーズ様にもよろしく伝えて下さいね」とサーラ。


「ええ、ちゃんとアナタたちの事も伝えるわ」


そう私は笑顔で返した。

実際、ルイーズには彼女たち三人の事は伝えるつもりだ。

「風見鶏だから気を許すな」と。


みんなより離れた所に立っているのはメイドのアンヌマリーだ。

淋しそうな表情の彼女に、私は自分から近づいた。


「アンヌマリー、本当にありがとう。この世界でアナタとリー先生だけが、本当の意味で私の味方だった。アナタがいなかったら、私はきっとくじけていたと思う。アナタは私にとっても、本物のルイーズにとっても恩人だわ」


「そんな、ルイーズ様……もったいないお言葉です」


彼女はそう言って目頭を押さえた。


「私にとっては、アナタが主人であるルイーズ様でした。心からお仕え出来て良かったと思っています」


私も思わず涙が零れそうになる。


「本物のルイーズにも、アナタの真心は通じるから。よろしくお願いするわね」


そう言って彼女の手を握る。

そんな私を見ながら、リー先生が再び声を掛ける。


「お別れは済みましたか? もう向こうの世界でルイーズも待っているようですよ」


私はアンヌマリーの手を放すと、魔法陣の方に向かった。

最後にリー先生の前に立つ。


「リー先生。これまで本当にありがとうございました。リー先生のお力が無かったら、私はこの問題を解決する事ができなかった・・・」


すると先生はいつも通りの穏やかな表情で答える。


「いえいえ、私の方こそ貴重な体験をさせて貰いました。感謝しています」


「ちなみに最初に本物のルイーズを私の世界に送った偉大な魔法使いって……リー先生の事ですよね?」


彼は穏やかな笑顔のまま首を傾げる。


「さぁ、どうでしょうか?別の世界線の私は、次元転移魔法を完成させていたのかもしれませんね。この世界の私は、アナタが他世界から来たという事を聞くまで、確信を持てませんでしたが……」


「リー先生にお会いできた事は、私にとって一生の思い出になります」


「アナタにとっては、この世界の事は全て一生の思い出になると思いますよ。さ、魔法陣に入って」


リー先生に促され、私はもう一度頭を下げると魔法陣に入った。


「ラーリエム・アステ・ホーンコルド・リ・ムラリーム……」


リー先生が呪文を詠唱する。

すると鏡の中に『私の世界にいるルイーズ』の姿が映る。

昨夜の内に、鏡を通してルイーズには事件の解決を伝えてあった。

そしてこの先は殺される事も、タイムリープする事もないであろうと言う事も。


「……リュ・デーラ・スススラハート・ゼル・ギル・アーデ……」


リー先生の呪文が高くなった。

私の身体が浮き上がる気がする。

いや浮き上がったのは、私の意識だけか?

身体は元通り魔法陣の中にある。

私は鏡に吸い寄せられて行った。

鏡の向こうではルイーズがまったく同じ姿勢で、私に手を伸ばして……

私の手を彼女の手が触れた時、

私の意識は強力な渦に飲み込まれて行った。



こうして私は自分の世界に戻って来た。


異世界で悪役令嬢として過ごした期間は約半年になる。

現実の世界も同じだけの月日が流れていた。


(数年も過ごしている事にならなくて良かったな)


改めてそう思う。

約束通り、ルイーズは私に金運と会社での新しい立場を作ってくれていた。

金運の一つは、宝くじが当たった事。

当選したのが300万円なのは判断が微妙な所だ。

私としては300万円は大きいが、貴族のお嬢様だからもっとン千万単位のお金でもいいんじゃないか?


そして会社での新しい立場……これも微妙だった。

と言うのは、私は第二勢力のボスになっていたのだ。

つまり今までのボスグループとは対立するトップに……


(私の性格で務まるだろうか……)


不安は尽きないが、私にも悪役令嬢として過ごした半年間の経験がある。

それを活かして、この世界でも乗り切るしかないだろう。

大丈夫だ、なにしろ私は四大悪魔の一人『百の眼を持つ堕天使バヤン』の呪いを解き、彼女たちを破滅から救ったのだから。



そんな訳で私は今夜も、お気に入りの悪役令嬢のゲームをやろうとしていた。

だがふと、あの世界の事が気になる。

久しぶりに『フローラル公国の黒薔薇』を立ち上げてみようか?

私はパソコンのドライブにディスクを入れ、ゲームを立ち上げた。

すると・・・


モニターがパパッと二回点滅をし、同時の部屋の電気が落ちる。


「え、まさかこれって……」


暗い部屋の中でモニターだけが怪しく光る。

そしてモニターには主役ヒロインのシャーロットと悪役令嬢のルイーズが映っていたのだ。


「前回はルイーズだけだったし……これはただの停電か」


私がそう独り言を呟いた時だ。

モニターから明るい光が飛び出し、私の目の前に二人の美少女が立っていたのだ。

彼女たちは、悪役令嬢のルイーズと、主役ヒロインのシャーロット。


「え、なに? どういう事?」


私は叫びに近い声を上げると……


「お願い、助けて!加奈」


そうルイーズが叫んだ。


「な、なに、どういう事よ、一体? アナタは破滅エンドから救われたはずでしょ」


そうして私はシャーロットに目を向けた。


「それになんでシャーロットまで?」


シャーロットが両手を組み合わせて言った。


「ごめんなさい。いきなり私まで現れて……私がお願いできる立場じゃない事は解っています。でもこうしないと、アナタに説明できないと思って……」


「なにがあったの?」


驚きつつもそう聞いた私にルイーズが答える。


「私たちのケンフォード学園がピンチなの。全員が破滅するかもしれない。『百の声を聞く悪魔ボロン』のために」


「百の声を聞く悪魔ボロン?」


「そう。バヤンにも劣らない、恐ろしい悪魔なの。ソイツが現れたとしか思えない」

ルイーズに続いてシャーロットが説明する。


「バヤンは全ての人間の会話を聞く事が出来る。それ以外にも他の人に違う内容の話を吹き込む事が出来るの。それで私の事件が元で、レイトン・ケンフォード学園全体が『悪魔付き』のレッテルを張られてしまった」


再びルイーズが言葉を続ける。


「さらには別世界のアナタの存在まで疑問視されて……ともかく大変な状況なのよ!」


「「これを解決できるのは加奈しかいない!」」


ルイーズとシャーロットは二人揃って、そう言った。


「え、え、でも待って! いきなりそんな事を言われても、私……」


「ごめん!でも時間がないの」


ルイーズがそう言って私の右手を掴む。


「すみません。でも私たちの世界を救うためには、こうするしかないんです」


シャーロットが私の左手を掴んだ。


「ちょっと、待って、待って!」


「「いざ、私たちの世界へ!」」


二人がそう声を揃えると、私は激しい意識の渦に飲み込まれて行った。



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ここまで読んで頂いた方、本当にありがとうございました。

一か月の中断期間があった事をお詫びします。

また他の作品でお目にかかれる事を期待しております。

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悪役令嬢に転生したと思ったら、実はヒロインの方が腹黒だった! 震電みひろ @shinden_novel

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