第35話 空中バラ園の対決(前編)

金曜の午後3時過ぎ。

私は空中バラ園に向かった。

バラ園の入口は東西の二か所がある。

その西側の入口に向かう。

バラ園の巨大迷路に入った私は、中央広場が辛うじて見える場所まで移動した。

そこで私は夕陽を背に、バラの生垣に隠れるようにして身を潜めた。


やがて一人の人影がバラ園の迷路に入って来るのが見える。

最初に来たのはエドワードだ。

彼は何かに悩んでいるような表情で歩いて来る。


(アイツ、本心はまだ私かシャーロットかで悩んでいるな)


別にエドワードに気がある訳じゃないが、両天秤に掛けられているようで気分が悪い。


見張り台の一つにエドワードが入る。

中央広場が一番よく見える場所の見張り台だ。

そしてその場所からなら、いま私が潜んでいる場所も見えているはずだ。


次にやって来たのはガブリエルだ。

彼は固い表情をしている。

彼はアーチーと並んで、私を敵視している。

ここにやって来たのは『告解を受けた』という義務感からだろう。

そして「ここでルイーズの尻尾を捕まえて断罪する」という気持ちでいるのかもしれない。

彼も指定通り、エドワードと同じ見張り台に入った。


三番目にやって来たのはジョシュアだ。

彼は何やら手帳らしくものを見ながら歩いている。

彼も同じ見張り台に昇ると、満足したように手帳をパタンと閉じた。

なにか彼なりの答えが出たのだろうか。


四番目にやって来たのはハリーだ。

いつも陽気な彼だが、今日だけは若干緊張しているようだ。

先に待つ三人がいる展望台に入るが、何かを話している様子はない。

それぞれが距離を取ってバラ園の迷路を眺めている。


最後にやって来たのがアーチーだ。

彼は表情は硬いが、若干嬉しそうにも見える。

ここで私、つまりルイーズが『シャーロット殺害未遂事件の犯人』という証拠が掴めれば、私は学校を辞めて修道院行きになる。

もちろん修道女だから結婚なんて出来る訳がない。

アーチーは堂々とシャーロットにプロポーズする事が出来る。


(考えてみると、乙女ゲームの攻略対象ヒーローってクズ男揃いだな)


私は改めてそう思った。

確かに主役ヒロインの立場からすれば『自分を守ってくれる優しくて頼りになる男子たち』なのだろう。

だが他女性キャラから見れば『婚約者を見捨てる薄情な男』『底が浅いブリッ娘に騙されるパッパラパーな脳みそ』『惚れた女の言う通りに他女子を虐待するトンデモナイ男』って事になる。


(しかもみんなしてヒロインの気を引こうと、一人の女の欠点を粗探しするなんて、マジで浅ましいよ)


私は心の中で舌を出した。

この世界に来て、なんで私が『悪役令嬢に惹かれるか』がよく解った。

結局は乙女ゲーは、『かまってちゃん女子と、それを奪い合うクズ男の物語』だからだ。


やがて西側の入口から一人の儚げな雰囲気の少女がやって来た。

シャーロットだ。

ゲームのシナリオ通りなら、五人の男子たちはここで『シャーロット守護騎士団』を結成し、彼女に宣誓するのだ。

見張り台に五人が並んだ。

その中央にいるアーチーが叫ぶ。


「シャーロット。わざわざ来てくれてありがとう。今日は僕たちは大事な事を君に誓うために集まった」


それを聞いたシャーロットも声を張り上げる。


「いいえ、私の方こそ! 私のためにみんなが集まってくれるなんて、こんな嬉しい事はありません」


アーチーが満足気に頷いた。


「僕たちは君に危害を与えようとする者を許さない。君を迫害する存在から君を守る。僕達はそれを誓うためにここに集まった」


アーチーが右手を上げる。


「僕たち五人は、ここに『シャーロット守護騎士団』を結成しようと思う。君はそれを受け入れてくれるか?」


シャーロットが感激のあまり、涙をこらえながら口元を両手で覆った。


「そんな、私なんかのために、皆さんが……私にそんな価値なんてないのに」


「いや、シャーロット。あなたには十分にその価値がある」


そう言ったのはハリーだ。アーチーだけにいい所を取られたくないのだろう。


「あなたのその美しさ、これは外見だけではない。心根の美しさも含めて、真の高貴さを持つ女性として、あなたは守られなければならない!」


「その通りだ。シャーロット!」


三番目に声を上げたのはガブリエルだ。


「あなたは美しく愛らしいだけではなく、天使ように清らかで穢れのない心の持ち主だ。僕たちはそんなあなたに惹かれて集まった。君はみんなに希望を与えられる人なんだ!」


シャーロットは前屈みになった。

身体を震わせている。

おそらく泣いているのだろう。


(当然、演技だろうけどね)


彼女は身体を起こした。


「ありがとう、みなさん。私はみなさんの気持ちに……」


そこまでシャーロットが口にした時。


鋭い風切り音と共に、シャーロットは「あっ」と叫んで倒れた。

ほぼ同時に、中央広場の板塀に「バスッ」という鈍い音と共に一本の鉄製の矢が突き刺さった。


「「「「「シャーロット」」」」」


五人が一斉に叫んで、見張り台から駆け下りて来る。


「大丈夫か!」


アーチーが駆け寄って倒れたシャーロットを抱き起した。


「あ、あ……」


脅えたような表情でシャーロットがアーチーを見つめる。

他の四人もシャーロットを取り囲んで見つめた。

ハリーが素早く板塀に突き刺さった矢を引き抜いて持ってくる。


「ボウガンの矢か?」


ジョシュアが矢の先端を見つめる。


「触らない方がいい。矢の先端に茶色い物質が塗られている。おそらく毒だろう」


「そんな……」


シャーロットがイヤイヤをするように首を左右に振った。


「シャーロット。君はその矢を射た相手を見たのか?」


アーチーが尋ねる。

シャーロットは答えたくないように視線を逸らした。


「相手を見たんですね。誰だったんです!」


ガブリエルもシャーロットに尋ねた。

ジョシュアが後に続く。


「僕たちはこの事を決して許さない。正義の元に、必ず犯人を捕まえてみせる」


するとシャーロットは脅えた様子で答えた。


「一瞬ですが……生垣の影から……ルイーズさんが……」



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すみません。この続きは不定期になります。

しばらくお待ちいただけると幸いです。

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