第34話 シャーロット攻略作戦会議(その3)

次はガブリエルに接触をした。

ガブリエルは決まった時間に礼拝堂に行く。

私はそこを待ち伏せしていた。

日課の祈りが終わったガブリエルに声を掛ける。


「ガブリエル? 少し聞いて欲しい事があるんだけど」


ガブリエルは私を見た瞬間、嫌な顔した。

彼はアーチーと並んでルイーズに嫌悪感を頂いている攻略ヒーローだ。

エドワードやハリーとは根本的に違う。


「ルイーズ、僕は君と話す事は何もないよ」


ガブリエルは私の横を通り抜けて立ち去ろうとする。

私は素早くその手を掴んだ。


「待って、ガブリエル。あなたは神父見習いの立場よね? 確か司祭の叙階を受けているはず。だからアナタは私の告解を聞く義務があるはずよ」


私は五人の攻略ヒーローのスペックは全て頭に入っている。

伊達に十回も『フローラル公国の黒薔薇』のゲームをやっていない。

ガブリエルは困ったような顔をしたが、「わかったよ。君の告解を聞こう」と言って、礼拝堂脇にある告解室に向かった。

彼が聖職者の部屋、私が告解者の部屋に入る。


この狭い告解室なら、バヤンの目が入り込めばすぐに解る。

そしていくらバヤンの目とは言え、外からこの中を透視する事は出来ない。

バヤンの目は神出鬼没でどこにでも現れる事が出来るが、何かを透視する事はできないのだ。


「全能なる神の元に、ここに信徒の罪を許す事を認める」


ガブリエルがそう唱えた。


「私はここに真実と、私の犯す罪について述べます」


私は続けた。


「私は現在、身に覚えのない罪で他者から非難の目を向けられています。そしてその事は近い将来、私の生命すら危険に晒すほどの脅威となりつつあります」


ガブリエルが気色ばむ雰囲気があった。

きっと彼にすれば「シャーロットを命の危険に晒しているのはオマエだろ」って言いたいんだろうな。


「だから私は自分の無実を証明するため、これからある女性をおびき出します。その罪を告解したいのです」


「ある女性って?」


私はそれには答えずに先を続けた。


「彼女の周りには五人の男性がいます。いずれも彼女に心を寄せる人たちです。そして大きな力を持っています。将来、彼女と彼らが私の身に大きな禍いをもたらす事は、既に神ならご存じの通りです」


「なにをバカな!」


彼がイスから立ち上がる音がした。


「こんなバカげた告解なんて聞いた事がない! 付き合っていられない!」


「待ちなさい!」


私は鋭い言葉で彼を呼び止めた。


「告解の最中に聖職者が出ていく事は許されないわ。アナタは私が全てを打ち明けるまで、ここから出る事は出来ない!」


僅かに開いた小窓から、ガブリエルの動きが止まるのが見えた。


「座って、ガブリエル。私の告解は終わっていないわ」


彼が渋々イスに座り直した。私の告解が続く。


「私は自分の無実を証明するため、五人の男性たちにある場所に来てもらいたいと思っています。その場で『私に危害を与えられている』と主張する女性は、何らかの行動を起こすはずです」


「シャーロットが、何かの行動を起こすだって?」


「真実を明らかにする事は、私に疑いの目を向ける者の義務でもあると考えます。私はその場で有罪か、無罪かをハッキリと五人の男性に見極めて欲しいのです。もしそこで私の無罪が証明できなければ、私は学園を辞めて修道院に入る事を約束します」


ここまで言えば、ガブリエルは私の言う事を聞かざる得ないだろう。


「僕たちはどこに行けばいいんだ?」


ガブリエルが静かに尋ねた。予想通りだ。


「場所は空中バラ園。そこにある見張り台の一つに来て。日時は……そうね、今週金曜の午後三時半でどうかしら?」


彼が小さく呻くのが聞こえた。

彼らが金曜の午後四時に空中バラ園に集まっている事は、既にエドワードから聞いて来る。


「真実を明らかにするため、五人の男性は来てくれるでしょうか?」


ガブリエルはしばらく沈黙していた。


「五人全員が来るかは、僕にはわからない。だが僕だけは必ず行くと約束しよう。僕も君がそこまでの覚悟を決めて明らかにしようとする真実に興味がある」


「ありがとうございます。司祭様」


私は丁寧にお礼の言葉を述べた。

告解室を出た私は、やはり外に出たガブリエルを見た。


「告解室での事は、当然誰にもしゃべらないでしょうね?」


聖職者は告解室で聞いた事を誰にも漏らしてはならない決まりだ。

これを破れば厳しい罰が下された上、全ての権利をはく奪される。

そして宗教的にも永遠の地獄に落ちるとされている。


「当然だ。僕の口から告解室の中での事が語られる事はない」


そして彼は私を見つめた。


「だが僕は彼女にも何も言わないだけじゃなく、他の連中にも何も言わないんだぞ。それでもいいのか?」


「ええ、構わないわ。他の人には自分の口で言うつもりだから」


こうして難敵の一人、ガブリエルは土俵に引きずり出す事が出来た。

あとはアーチーとジョシュアか。



ジョシュアには図書室で接近した。

ジョシュアと二人きりになれる場所で、バヤンの目が入り込まないような狭い部屋はなかったのだ。

それに、ここまで来ればシャーロットにバレた所で構わない。

むしろ最後はシャーロットに「五人の攻略ヒーロー」が集まる事を知って貰わねばならない。

しかし書棚と書棚の狭い間でジョシュアに話したため、ここでもバヤンの目が近くに来る事はなかったはずだ。

そしてジョシュアは割りと公平な見方をする上、好奇心旺盛だ。

私が「濡れ衣を晴らしたい。その証明をしてみせる」と言うと、半信半疑ながら空中バラ園に来る事を承諾した。



そして最後に一番の難物、形式上はルイーズの婚約者であるアーチー・クラーク・ハートマンだ。

私はアーチーには正面から堂々とぶつかる事にした。

なにしろここまで来たら、私が五人と落ち合う事をシャーロットに知ってもらわねばならない。

全ての授業が終わった後、私はテキストをカバンに仕舞おうとしているアーチーに近づいた。


「アーチー、話があるんだけど?」


しかし彼は私を蔑んだように見ると、興味無さそうに答えた。


「悪いが、僕には君と話す事はない」


目にも、そして態度にも、私に対する嫌悪感が滲み出ている。

もっとも当然と言えば当然か。

彼は『フローラル公国の黒薔薇』に置いて第一のヒーロー。

メイン・ストーリーでシャーロットと結ばれ、ルイーズを破滅に追いやる張本人なのだから。


だから私もここは強気に迫る事にした。

「ダン」と机を叩いて、彼の動きを止める。


「レディが『話がある』って言っているのに、それも聞かない気? それがエールランドの紳士の態度なの?」


アーチーが眉を顰めた。

プライドの高い彼は、エールランドを侮辱されるようなマネは絶対に出来ないだろう。


「わかった、少しの時間で良ければ」


渋々そう言った彼に、私は言った。


「ここじゃあ話しにくいから、ついて来て」



私とアーチーは校舎と校舎を繋ぐ回廊までやって来た。

両側には何本もの柱がある。

この時間はこの回廊を通る人はほとんどいない。


「それで、話と言うのは?」


アーチーが面倒そうに、私を急かせる。

まぁここならいいだろう。

バヤンの目が見ているとしても、両側は回廊の壁があるし、円柱の影に入ればどちらの校舎側からも見る事は出来ない。

つまり千里眼で覗くためには、私の横の通路までバヤンの目を送り込まねばならない。

そしてその距離なら、私は用意にバヤンの視線に気づく事ができる。


「こっちに来て」


私はアーチーの腕を取って、強引に柱の影に引き込んだ。


「な、なんだ、なんなんだ?」


アーチーは少し赤い顔をして焦ったようだ。

私の強引さを、少し勘違いしたのだろうか?


「アーチー、あなた、シャーロットの事が好きなの?」


私の問いかけに、アーチーはさらに顔を赤らめた。


「なんでそんな事を聞くんだ」


「私はアナタの婚約者よ。そのアナタが誰かを気にしているとしたら、聞く権利はあるでしょ?」


するとアーチーは苦虫を噛み潰したような表情で、顔を逸らした。


「婚約者と言っても、互いの親同士が決めただけであって、ここに来るまで僕達は顔も合わせた事がなかった」


「それはアナタのお父様に言うのね。『僕はリッヒル国のシャーロット姫と恋に落ちた。だからルイーズ嬢との婚約は破棄したい』って」


彼は顔を背けたまま、さらに険しい顔をした。

私はさらに追い打ちをかける。


「なんなら私から、アナタのお父様と私の父に言ってもいいんだけど?」


アーチーが焦って私を振り返る。


「ま、待て。それは待ってくれ。いまそんな話を父上にされたら……」


「大変な事になるでしょうね。エールランドのハートマン公爵家としては、ライバル国のベルナール公爵家と親戚関係になる事は、両国の国王さえ期待している政略結婚だものね。まぁアナタがハートマン公爵の爵位を継ぐ事は絶対に無理でしょうね。いや、それどころかエールランド国王の不興を買って、ハートマン公爵の地位すら危うくなるかも……」


アーチーの顔が苦悶に歪む。

う~ん、美少年の苦しむ顔も中々オツなものだ。

って私、すっかりルイーズの性格に毒されてないか?

ま、いいや。


「それで私が邪魔だからって、シャーロットと手を組んで、ありもしない罪をデッチ上げて私を陥れようとするのは、ちょっと酷過ぎるんじゃない?」


「な、なにを言っているんだ。僕がシャーロットと組んで、君を落としれるだと!」


「そうじゃない。『私がシャーロットを殺そうとしている』なんて噂を流して、私を陥れようとしているわ」


「それは君が、シャーロットに対してあまりに酷い嫌がらせばかりするから!」


「それだけじゃない。この前は効果のない偽の呪いの人形まで私に持たせようとして、私を呪殺の犯人に仕立て上げようとした。あくどいにも程があるわ」


「偽の呪いの人形を使って君を陥れるだって? そんなバカな! 僕は絶対にそんな卑劣なマネはしない」


「本当かしら? 恋に目が眩んで、邪魔な婚約者を消すにはいい方法だって思ったんじゃない?」


私は少々芝居がかった感じで、横目で彼を見る。


「誓って本当だ。神に、そして僕の騎士の剣と誇りに賭けてもいい」


ここまで追い詰めれば大丈夫だろう。


「じゃあこれから言う事を良く聞いて。今度の金曜の午後三時半に、空中バラ園の見張り台に来て」


彼は意外そうな顔をした。もっと別の要求をされると思ったのだろう。


「それはいいが……そこで何をするんだ?」


「何もしなくていいわ。アナタたちはそこで起きる事を見ていてくれれば。私はそこで自分の無実を証明して見せる」


「君の無実だって? では逆に君がシャーロットに危害を及ぼしているのが事実だったら?」


「そうね。その時は学園を辞めて修道院にでも入るわ。アナタはシャーロットと堂々と結婚できるわよ」


アーチーはしばらく思案した後、決心したように口を開いた。


「わかった。君が指定した時間に、空中バラ園の見張り台に行くよ」


「絶対に守ってね。これが婚約者としての最後のお願いだから」


私がそう言うと、アーチーは強い意志を込めて頷いた。



最後の仕上げだ。

私は放課後、リー先生の研究室を訪ねた。

彼の研究室は魔法学校舎の一室にある。


「リー先生、失礼します」


声をかけながらドアをノックする。


「どうぞ、入って下さい」


私が部屋に入ると先生はいつも通り変化に乏しい笑顔で言った。


「今日は何の用件ですか?」


私は周囲に神経を張り巡らせた。

『バヤンの目』の気配は感じない。


「先生にあるお願いをしたいのです」


「どんなお願いですか?」


「私、または他の生徒の命にかかわるお願いです」


「それはまた、穏やかではありませんね」


先生は表情は崩さなかったが、微妙に身体を乗り出した。


五分後、私はリー先生の研究室を出た。

これで役者は揃った。

後は当日、ヒロインがどう動いてくれるかだ。



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この続きは明日朝8時過ぎに公開予定です。

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