第22話 百の眼を持つ堕天使バヤン(前編)

翌日、私はさっそく図書館に行き、昨夜ルイーズが言っていた『バヤン』について調べていた。

最近は私の評判があまりに悪いので、エルマ・アリズ・サーラの三人も、私から距離を取っている。

まったく現金なヤツラだ。

実際、ゲーム上でも革命が起こった時には、真っ先に私を裏切って革命軍に売った連中だしね。


もっとも色々と一人で調べたい事がある今の私には都合がいい。

私は図書館の棚を探した。


(バヤン……確か前に魔法体系学の授業に行く時、サーラが口にしていたような)


あの時は悪魔について話していたはずだ。

だが魔法学の棚には『バヤン』に関する本は無かった。

やっと見つけたのは『世界の伝承』という本からだ。

その中の『悪魔の階級について』という項目に、『バヤン』の名前があった。



--------------------

『悪魔の階級について』

悪魔にはその力の応じて5つのランクに分けられる。

もっとも下等なものは、妖魔、妖怪と呼ばれる。

次が低級魔族と呼ばれる種族で、知能はあるが魔力はそれほど強くない。

三番目が中級悪魔で、このレベルになると一般人ではまず勝つことはできず、それなりに修行を積んだ魔術師か聖職者しか対抗できない。

その上が上級悪魔で、彼らは悪魔界の上級貴族である。

寿命も何百年も生きているものが多く、彼らを殺す事は相当に困難である。

だが彼らの多くは氷地獄(コキュートス)に閉じ込められている。

最上位の悪魔は、この世界の全ての闇を支配すると言う。四大悪魔とも呼ばれる。

世界の闇、病の闇、そして人の心の闇を支配する。

『百の眼を持つ堕天使バヤン』『百の声を聞く悪魔ボロン』『百の声を放つ魔神ゲール』『百の鼻を持つ怪物ンギド』。

この四大悪魔は氷地獄の四方に厳重に封印されているが、彼らの見る夢だけでも、人間に大きな影響を与えると言う。

--------------------



「百の眼を持つ堕天使バヤン……」


私は思わず呟いた。何かが私のカンをプッシュしている。

私は図書室を管理している司書の所に行って尋ねた。


「すみません、堕天使バヤンについての詳しく書かれた資料はありませんか?」


しかし真っ白な髪と髭を長く伸ばした、それこそ百年くらい生きていそうな使者は、胡散臭そうに私を見た。


「堕天使バヤン? 百の眼を持つ堕天使バヤンか?」


「はい、その資料を探しています」


だが百歳ジジイ風の司書は、面倒そうに横を向いた。


「悪魔の資料はな、先生の許可がないと生徒には見せられん。帰れ、帰れ」


そう言って追い払うように手を振る。


(なんだ、このジジイ。なんでこんなに偉そうなんだ?)


そう思った時、私の背後から声がかかる。


「それならば私が許可しましょう。彼女に堕天使バヤンに関する資料を見せてやって下さい」


振り返ると、いつからそこに居たのか、実践魔法の教師・リー・リー・ハスウェル先生がいた。

先生は私と目が合うと、その中性的でクールな美貌でわずかに口を歪めた。

おそらく笑いかけたのだ。


「その代わり、君が何を調べようとしているのか、それを私に教えてくれませんか?」


司書の先生は不満そうな顔をしながら、私とリー先生を受付カウンター裏にある扉に案内した。


「悪魔に関する本はこの階段を降りた地下にある。閲覧はそこの閲覧テーブルで見てくれ。持ち出しはできないからな」


そう面倒臭そうに注意を述べながら、扉を開いた。

リー先生が先に立って階段を降りる。

私はその後ろからついていった。

この空間で二人でいて黙っているのも落ち着かないので、私は当たり障りのない事を聞いてみた。


「リー先生は図書館に何の御用でいらしたんですか?」


リー先生は微妙に顔を傾けると足を止めて左手を差し出した。


「これです」


左手の上には小さな蜘蛛が乗っている。


「蜘蛛?」


私が疑問の声を上げると、先生は小さく頷いた。


「はい。私はいま空間と精神に関する魔法の研究をしているのです」


「空間と精神……ですか?」


なんか難しそうな話だ。


「そうです。世界は一つではないのです。いくつもの並行する世界、別の時間軸の世界があるのです」


それは理解する。

だって私自身が別世界からこの世界にやって来たのだから。


「ですが我々の肉体は、この時間線や世界を飛び越える事は決してできません。我々の身体を構成する元素が、この世界に所属するものだからです」


「はぁ~」私はただ聞いている事しか出来なかった。


「ですが、精神は違います。精神は物質ではない。だから次元を飛び越えて別世界に行けるのではないか。情報は別の時間軸に送る事ができるのではないか。私はそう考えています」


なるほどね。どうやらその仮説は間違っていないだろう。


「でも、それと蜘蛛とどんな関係があるんですか?」


「いい質問です」


先生が嬉しそうな顔をした。

いつもの通り、表情の変化は少ないが。


「私の研究では、蜘蛛が任意の場所に巣を張った所で、そこで獲物がかかる確率は極めて少ないのです。もし蜘蛛が偶然に任せて巣を作っているなら、大半の蜘蛛は餓死してしまいます。だとしたら、今ほど世界中に蜘蛛が反映している理由が解らない」


私は黙って先生の話の先を待った。


「そこで私は考えました。『もしかして、蜘蛛は世界や時間線を跳躍して、知識を共有する事が出来るのではないか? 蜘蛛は未来を知っていて、そこに巣を作っているのではないか』とね」


「蜘蛛が世界を飛び越えて知識を共有している……」


「そこで私は、蜘蛛の精神を知りたいと思ったのです。もっとも人間が理解できるほどの知能を持つとすると、魔物であるジャイアント・スパイダーでなければなりません。ですがその前に、蜘蛛を操れるかどうか、この普通の蜘蛛で試してみたいのです。いきなりジャイアント・スパイダーで試してみて、操れなかったら大事ですから」


な、なんかやたら難しい話をされたけど、結論をまとめると「蜘蛛を操れる魔法を調べに来た」って事ね。



******************************************

この続きは、明日朝8時過ぎに公開予定です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る